原因
ロック達がこっそりと様子を見ている目の前で、ブラックホールのようなものからスライムが大量に次々と湧き出て、それを騎士たちがいそいそと小さな穴へと誘導していく。
あの穴はどこに繋がっているのだろうか、もし外にそのまま繋がっているのだとすれば、最近の魔物の大量発生は、魔王の命令などではなく、ここにいる人間が起こしていることになる。そこまで考えて、ロックは困惑気味に首を傾げた。
ジェイドの話では、フォスター家は魔物が嫌いであり、撲滅を歌うような思想を持っているはず。彼が嘘を言っているようにも見えなかったことから、部屋の中心にいる中年の貴族の考えがまるで読めなかった。いったい何を考えて、何の目的でこんなことをしているのだろうか。
そこまで考えたところで、今は違うと首を振る。今考えるべきはフォスター家当主の思惑ではない。今も目の前で大量の魔物が放出され続けているこの現状をどうするかだ。
このまま退出して、シュバイツ先生たちの到着を待つべきだろうか、しかしそれまでの間にどれだけの魔物が放出されるかわからない。時間が経つほど不利な状況になる。
もし先生たちの到着が遅れて、大量の魔物があふれるような状況になってしまったら。ひょっとすると魔物の対応に追われて中に入れないかもしれないし、下手をしたらここにいるフォスター家や騎士たちに逃げられる可能性も出てくる。
たとえ身内のジェイドが証人になったとしても、逃げられてしまっては嘘をつかれてはぐらかされてしまうだろう。相手は貴族だ、事件を揉み消すための金を持っている。そうなると言い逃れできない状況で捕まえるしかない。
現行犯するしかないと悟ったロックは二人に確認しようと振り返って小声で話しかけた。
「現状からこのまま放置すんのはヤバいと思う。出来れば先生たちを待っときたいんだけど、その間にもっと数が増えたらこの中に入れないかもだし。貴族が相手だから現行犯にしないと逃げられる可能性が高いと思うんだが、どう思う?」
「私たちで彼らをどうにかすると?」
「騎士が相手ならまだ勝算はあるだろ?」
この世界の騎士の強さは魔導士よりずっと下だ。多種多様な魔法を駆使して戦う魔導士と、剣を振るうだけの騎士とでは明らかに戦い方に差がつく。その為魔法をうまく扱えなかったり、そもそもの魔力が少なかったり、戦闘に向かない魔法を持つものが騎士を目指すというのが常だった。要するに魔法で戦えばこちらの方にまだ分ある状態だ。
問題はフォスター家当主だ。ジェイドの父親ともなると、魔法が使える可能性が少なくない。現にこの建物を隠していたのも魔法による効果だろう。かなり広範囲を透明化する魔法を使っていたのだ。実力的にかなり上の部類に入るかもしれない。
そう思ってジェイドの方を向くと、考えを読んだのか頷いた。
「親父は結構出来る方だよ。まぁ、その分武器が扱えないのが幸いかな」
「となると確実にあいつはなんとかしねぇと。あのままじゃスライムが増える一方だ」
話している間にも目の前のスライムは溢れかえっている。騎士を倒そうとしても、そのスライムを向けられてしまっては明らかに不利だ。
運のいいことに、ロック達のいる方向に全員背を向けているので、ギリギリまで気付かれる可能性は低い。しかし階下に騎士が一人いるため、彼を何とかしようとすれば距離的に音に気づいて此方を向かれる可能性が高い。そうなれば確実に気付かれる。
ロックは思考を巡らして、貴族を無力化する方法を考え、二人に話した。
「じゃあ、それでいけるか?」
「問題ありませんわ」
「スピード命だね。あとで親父殴らせてもらえる?」
二人からの改善点を受け入れて修正する。ジェイドがウキウキとアリアナに物騒な提案をしているが、彼女もなんの躊躇もなく笑顔で頷いていた。
それぞれが配置について目線を合わせ――ロックの合図で作戦を開始した。
まずアリアナがお得意の氷魔法で、階段を伝い地面を瞬時に凍らせる。パキパキと音をたてながら、厚みのある氷が部屋に立っている人間の足の自由を奪った。騎士たちが驚いて声を上げた瞬間、氷柱が飛んで部屋中央の貴族の首から下をすべて氷漬けにし、男の悲鳴があがる。
次にロックとジェイドが階段上から素早く滑り降り、ロックが増殖の止まった残りのスライムに向かっていく。誘導が止まり、アリアナの氷魔法を逃れたスライムは、行き場を失い近場の騎士を捕食しようと飛び掛かっていた。上から氷を滑った勢いで、スライムが騎士にたどり着くより早く上から剣を振り下ろす。数匹まとめて切り落とされてスライムは水音を上げて氷の上に潰れ、間髪入れずにロックはそのまま剣を振るい続け、残ったスライムを片端から切り落としていった。
一方のジェイドは、騎士が暴れて氷から逃れようともがいている背後に回り込み、彼の武器であるハルバードを反対に持ち棒の部分で騎士たちを殴っていく。氷によって動きを制限されているものの、鎧を纏い剣を握る騎士であることは変わりない。危険を回避するため素早く死角に回り込んで、人間の急所を何度も殴り動けなくする。痛みに呻き屈みこんで動けなくなったところを見計らい、空気魔法の突風で吹き飛ばし、アリアナの近くに飛ばして動けないように氷魔法で拘束していく。
ロックが残り全てのスライムを切り倒し、ほぼ同時にアリアナとジェイドが最後の騎士を氷漬けにした。
「おっし、こんなもんか。やってみるもんだな」
「ロックベルがこんないい作戦思いつくなんて、意外ですわね」
「訓練もこれ、試してみるか」
「あの魔物は地力が違いますわ。破られるだけかと」
ロック達がするのはあくまで逃げられないようにするための拘束と、魔物の増殖を防ぐまで。それ以上は無闇に手を出しても悪化しかねないと判断し、あとはシュバイツたちの到着を待つことにする。
作戦が上手くいったことで軽口をたたいてみるも、アリアナの冷静な反論によりあっけなく却下された。
「父上、一体何をなさっているんですか?」
ジェイドの声に二人は振り返った。いつの間にか彼は父親であるフォスター当主の近くへ移動していた。いつものヘラヘラした笑顔で気楽な感じで質問している。
「ジェイド! お前は、お前の兄だけでなく、この私までも陥れるつもりか!」
「魔導士学校の生徒としては見過ごせないんでね。魔物を嫌うフォスター家の信念はどこ行ったんですか、なんで魔物を増やすなんて馬鹿な真似したんです」
「天命を受けた父を陥れるか、お前の未来は破滅しか残らぬぞ!」
ジェイドは怪訝な表情をしながら「天命?」と首を傾げた。
アリアナとロックも顔を見合わせ、騎士たちが抜け出せないように氷の厚さをさらに増やしてから、ジェイドに近づいて行った。
「天からの声を授かったのだ。魔物が危険であると知らしめろと! 魔物を増やせばその危険性を誰もが認識するであろう、魔物を増やし、そして危険だと声を上げろと!」
「魔物の危険性を訴えるために魔物を増殖させていたと? そんなの本末転倒じゃありませんか」
「天の声はこれが第一歩だとおっしゃった。そしてその為に必要な力を与えるとも!」
そう言ってフォスター当主は空中に浮いたままのブラックホールに必死に首を向けようとしている。フォスター当主が祈る姿勢をやめたせいか、そこからはスライムはもう生まれてきてはいなかった。
フォスター当主は、天からの声をきいて、さらにこの謎のブラックホールを手に入れたようだ。それによって天命を受けたと信じて疑わない。その声をそこから聞いたとでも言わんばかりの、どこか一点のみを見つめているようなその表情は、常軌を逸していた。
ジェイドはそれ以上話をしても通じないと判断したのだろうか、真正面から拳を思いっきり食らわせる。全力の一撃を避けることも許されずに受けたフォスター当主は鼻血を滴らせながら気絶していた。
「あぁもう、何が天からの声だ。そんなの魔法に決まってるだろうに。騙されたとも考えないでなんとも迷惑な親父だ」
「大丈夫か?」
「あぁうん。昔から色々殴りたいことはあったけど、身分が邪魔して殴れなかったんだ。ありがたいね、せいせいしたよ」
ジェイドは晴れ晴れとした表情でにっこりと笑った。
あとはシュバイツ達の到着を待つだけだとロックが言おうと口を開いた時、轟音とともに地面が揺れた。
気が付いたときにはロックの体は吹き飛ばされていた。どちらが地面かわからないほどに体が激しく回転し、三半規管が次第に機能しなくなる。右も左もわからない状態で、さらに体には砕けたレンガが雨霰のように降り注ぎ、何とか体をかばおうと必死に手で体をかばう。
意識を失うまいと衝撃と格闘すること数十秒、ロックは自分が瓦礫に埋もれていることに気付いた。重い瓦礫をどけようともがいていると、遥か上の方から大きなバサリという羽音とともに、軽快な男の声が響いてきた。
「こっこかー? 勝手にスライム増やして戦争の口実作ろうとしてる人間の根城は……って制圧されてるじゃん!?」
真っ黒の短い髪に、大きな牛のような角が二本生えている。腰からは漆黒の鳥のような翼を左右にそれぞれ三枚。褐色の肌に黄色い瞳、瞳孔は縦に鋭く、人間が本来白目の部分は逆に黒く染まっている。
二本の牙をチラリと覗かせながら、現状を把握したその男、魔王は驚愕の表情を浮かべた。