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侵入

 ジェイドの出身であるフォスター家は、貴族を君主とするナハム公国の子爵家だった。ジェイドはそこの次男にあたる。

 愛妾との間に生まれた次男であるジェイドだが、正妻との間に生まれた長男よりも出来が良かった。

 幼い頃はそれがよくわかっておらず、事ある毎に長男よりも優秀な成績を収めて家族に認められようと努力していた。

 正式な後継者である長男よりも愛妾との間に生まれた次男が優秀であることを喜ぶ貴族などいるわけもなく、ジェイドが優秀な成績を収めれば収めるほど家族の心は離れていった。


 ジェイドが今の使い魔であるサラマンダーと遭遇したのはそんな時だった。

 たまたま庭で弱っていたトカゲを見つけて、部屋で手当でもしようと連れて行った際、火のついた暖炉に入り込んで回復し、その時初めてサラマンダーであることに気づいた。

 初めて遭遇した魔物にジェイドは戸惑ったが、家族のだれにも向けられたことがなかった感謝の瞳にすぐに打ち解け、使い魔契約を結んだのだった。


 フォスター家は魔法に対しては崇拝する一方、魔物に対しては嫌悪していた。使い魔も例外でないため、そのことが知られればジェイドは折檻される。

 その為サラマンダーを使い魔にしていることは、学園に入るまで徹底して秘匿していた。

 立場上家族に相手にされていなかったジェイドがグランクロイツ魔導学園に入ることに関しては、厄介者がいなくなるとして家族から歓迎されている。

 ジェイドが何事にもあえて本気を出していなかったのはそんな家庭環境の影響からだった。


 そんなフォスター家がどれほどまでに魔物を憎んでいるかについてよく知っているジェイドは、目の前の建物に描かれた自分の家の家紋と、魔物の増殖に関わっているかもしれないという疑惑に、どうしても接点を見つけることが出来なかった。

 魔物を退治するための施設を作るならいざ知らず、どうして増やすための施設など作るのだろうか。


「大丈夫か?」


 ロックは混乱しているジェイドに声をかける。いつもの飄々とした雰囲気のない彼の様子を見て不安を感じた。

 ジェイドはしばらく動揺していたものの、ロックの声にハッとしたようで、少し深呼吸をした後ロックとアリアナの方に向き直った。


「あぁ、ちょっと混乱したけどもう大丈夫だ。俺の家の家紋が使われてるとなると、俺も当事者になるし、中に入ることには問題ない」


「ひょっとしてなにか心当たりとかありませんの?」


「いや、うちはどっちかというと魔物を毛嫌いしてるほうだったから、増やすなんてこと逆に考えられなくて混乱したんだ」


 ジェイドはいつもの調子に戻ったようで、首をかしげながら答える。フォスター家に関して当事者でもわからないとなると、わざと使われて濡れ衣を着せようとしている可能性も捨てきれない。


 とりあえず今はその件に関する詮索は保留にして、どこから入れるのかと入り口を探すことにした。

 建物の周りには見張りはいないようだった。認識できないように建物自体を透明にするような魔法がかけてあったのだから、見張りがいれば逆に怪しまれるだろう、いなくて正解だ。

 とりあえず外周をグルリと一周する。ロック達が訪れた教会よりも一回り大きいくらいで、何かの工場のような外見だ。

 ロック達が歩いていた方向とは逆側、林の方に面した場所に出入りできそうな扉を見つける。

 扉は錠前で封鎖されている様子だったが、ロックが軽く剣を振り下ろすとガチャリと破壊されて草むらに落とされる。


「入れそうだな」


 そっと扉を薄く開き、中に見張りはいないかと探りを入れてみる。

 石床と外装と同じようなレンガの壁で出来た廊下が続いており、明かりはついておらずその先は薄暗い。先に行くまではわからないが、見える範囲には見張りはいないようだった。

 確認したロックが二人に合図を送り、三人は一列に並んでそっと中に入った。

 ロックを先頭にアリアナとジェイドの順だ。息を殺し足音を消して、いつでも退却の指示が出せるように扉をうっすらと開けたまま中を進んでいく。


 しばらくすると両側の壁に扉をそれぞれ発見した。

 鍵は掛かっていない様子で、ロックが前方を見張りつつ、アリアナは向かって右側の扉、ジェイドが左側の扉にそれぞれ耳を当てて中の音を探るが、特に何も聞こえない様子だった。慎重に一つずつ扉を開いて中を確認する。

 アリアナがいた側の部屋は本棚があり、魔法や魔物に関する教本が並んでいた。床に乱雑に散らばっている紙はどれもこれも何かを観察して使い方を書き記してある、

 資料のような書類であることがわかる。使用されている羊皮紙は一般的に流通していたものだが、インク瓶の方を見てジェイドは顔をしかめた。


「うちで取り寄せてる限定のやつだ。間違えようがない」


 まだ偽物の疑いも拭い切れないが、フォスター家でしか使用していないインクが使われているとなると、可能性はかなり低くなってくる。

 貴族は自分たちが記入した事を証明するために、それぞれが判別できるように専用のインクを使う場合があるとロックはこの場でアリアナに説明を受けた。

 それを使っていることは、ここは間違いなくフォスター家が所有している建物ということになるのだ。

 何を観察していたかは気になるが、どす黒い闇だの、霞のような靄のようなものだのと抽象的な内容が多すぎて、それが一体何かまでは判別がつかないため、とりあえずこの部屋は後回しにして、今度はジェイド側の部屋へと移動する。

 ジェイド側の部屋は、誰かが寝室代わりに使っているようで、ベッドと衣装棚、それから机と椅子が置かれているようだった。


「うん、親父が普段使っている服だ。間違いない」


 貴族が来ているような服と、ここに来るまでに身を隠すためか、長めの目立たないローブのようなものが衣装棚に入っているのをジェイドが確認した。

 どうやら偽物の件は完全に払拭されてしまったようだ。


「大丈夫ですか? 本当にジェイド様のお父様がこの件に関わっていたとなれば、家が潰れるだけでは済みませんよ」


「いいよ、俺は元々必要されてなかったし、さっさと出てけと言わんばかりに学園に突っ込まれたんだ。むしろ俺が逆に証人になってもいいくらいかな」


 アリアナが心配そうに声をかけるが、ジェイドは逆になにか吹っ切れた様子で服をしまった。

 一通り部屋の中を調べた後、先ほどの廊下に戻る。ロックが部屋を出る時、ジェイドの方に少し目を向けたが、建物に入ってきた時よりもずっとしっかりした表情をしている。きっともう大丈夫だろう。


 廊下に戻ってさらに先に進むと、突き当りに扉がある場所にたどり着いた。こちらも錠前が付いているが、今は外れているため、入ることは可能のように見える。

 後ろの二人を振り返り、手で中に入ることを伝える。二人がゆっくりと頷いたので、扉の錠前を音もなく外して、ゆっくりとその扉を開く。

 中は残りの建物全て使ったような、広々とした空間だった。入ってきた扉側は階段の踊り場くらいの広さで、その先には下に続く階段になっているため、部屋の中からは扉の方は見えない構造になっている。

 部屋の中は松明に薄暗く不気味に照らされている。音をたてないように注意しながら中に入り、階段の方へと足を進めて慎重にその先に目をやる。

 警備として雇っている騎士だろうか、一人が廊下に続く階段に背を向け、一人はその部屋の壁に三つほど作られた穴の横に待機し、三人が部屋の中央に向かって武器を抜いて警戒している様子で立っている。

 その傍には、ジェイドと同じ緑の髪をした、貴族の服を着た中年の男性が立っている。おそらくジェイドの父親だろう。

 彼は部屋の中央に向かって、まるで神に祈るような動きを見せている。背後から眺めている形になるため、その表情がどういったものなのかはわからない。


 そしてロック達が部屋の中央に目を向けると、そこには大きな真っ黒の闇、小型のダークホールのようなものが渦を巻いて空中に浮かんでいる。

 しばらく注意深く様子を見ていると、その闇の塊から、スライムが二十匹ほど弾けるように湧き出し、騎士たちの誘導で、壁についた穴から外に解き放たれていた。

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