依頼
受付で依頼を受けたロック達のパーティは、学園から一番近い教会の依頼主のところに向かっている。
依頼主の方には学園から魔法で連絡が入るため、その後の動きはスムーズになる。
学園から西側のナハム公国にある、国から一番遠く学園から一番近い町。学園との交易は盛んであるため、ナハム側からも重要視されている町の一つだ。
教会は町の外れにあった。ロック達がたどり着くと、依頼主である教会の神父が、お待ちしておりましたと恭しく礼をして挨拶してくる。
リーダーを任されたロックがここは挨拶して話をするべきだと、後ろからアリアナに背中を押された。緊張しながらも、受け答えする。
「我々のような教会の者にも手を差し伸べてくれる魔導士生徒がいらっしゃると、心より感謝しております」
「いえ、魔導士としては当然です」
「薬草を採りに行くのは、ここで育った孤児の一人です。今準備させていますので、もうしばらくしたら、あぁ来ました」
神父がまだかと確認するように背後に目をやると、ロック達と同い年くらいの少女が籠を持って走り寄ってきた。
プラチナブロンドを波打たせた肩までいかないほどのショート。青空を思わせる様な淡い水色の大きな瞳。陶器のように白い肌は、まるで今にも壊れそうな儚い人形のよう。白いフリルのついたふんわりとしたワンピースを来ている。
ロックが少女の姿に完全に釘付けになっている間に、彼女は神父と軽い会話を済ませて、ロック達のパーティに向けて、太陽のような笑顔を向ける。
その瞬間、ロックは顔面が爆発したように一気に熱を感じた。
「私たちのような依頼を受けてくださり、ありがとうございます! 道中はよろしくお願いしますね」
「えぇ、私たちが責任をもってお供させていただきますわ」
木偶人形と化したロックの代わりにアリアナが応える。ジェイドがロックの目の前で何度も手を振ってもビクともしない。ヨハンと一緒になってニヤニヤしながら少女に向かって弁明する。
「ごめんね、僕たちのリーダーは君の可憐さに釘付けのご様子だ」
「だだだだだ誰が釘付けだこら!」
ジェイドの言葉にようやくハッとして反論するも、顔の熱はずっとひかなかった。
少女はロックの方をちらりと見た後、ジェイドの言葉に「か、可憐だなんて」と顔を赤らめて俯き、それがまたロックを釘付けにした。
このままではいけないと思ったロックは、勢い良く両手で自分の頬を叩いた。予想以上の音が出たためその場にいた全員が面食らうも、目をつぶったまま頭を振る。
(落ち着け、今は依頼に集中だ! 私情を挟んでいいもんじゃない!)
大きく深呼吸をして、目を開けた時には、いつもの調子に戻っていた。両頬はまだジンジンと痛むが無視する。
ロックは今マリーが実体化していないことに大いに感謝していた。
「よし、薬草採取の間の護衛だったな、行くか!」
「は、はい! 薬草がある場所はあっちです」
ロックに促され、慌てて少女は道を案内しようと歩き始めた。彼女と並んで歩いている間、ロックは後ろからヒソヒソと囁き合っている声を聴いたが無視した。
少女の名前はクロエ。両親とともにこの町で過ごしていたが、流行り病により二人とも亡くなったため、そのまま孤児として教会に引き取られた。
教会内での孤児では一番の年長者に当たるため、率先して教会の仕事を手伝っているという。この薬草採取も彼女が自ら進んで頼み依頼したそうだ。
薬草採取の護衛依頼を出すのはこれが初めてではない。薬草が不足気味になる冬場は、風邪をひく子どもが多くいるためよく依頼を出すそうだが、受けてもらえることはなく、結局食料面を工面して薬の方にお金を回していたそうだ。
薬草採取場所には魔物がよく徘徊しているため、一般人でしかない教会の人間だけでは採取に行くことが出来ない。
今は春だが、その前の冬に子どもたちの間で風邪が流行り、工面して手に入れた薬もあっという間になくなったという。
まだ治りきっていない子どもも多数いるので、せめて薬草だけでも欲しかったところに、依頼を受けてもらえる話が舞い込んだのだった。
「ですので、受けていただいたという話を聞いたときは、本当にうれしくて、心から感謝したんです」
「まだ薬草が取れたわけじゃないし、油断は禁物だぞ」
クロエが嬉しそうに話しているのを聞いていると、ロックもつられて笑顔になった。
他のメンバーは一定の距離を開けて付いてきているので、会話には入ってこない。振り返ってみるが、一応話は聞いている様子だった。
しばらく人気のない道を歩いていると、草原のような開けた場所にたどり着いた。奥の方には背の高い草が生い茂っており、その向こうには林があるのが見える。
草原の方に目を向けてみると、ロックも何度かとったことのある薬草が茂っているのが見えた。
「結構あるな、あんまりここには来ないのか」
「町から近いけどあんまりこっちには来なくて。でも、いつもよりずっと多いような?」
そう言いながら薬草の採取を開始する。一応護衛をしながらも、パーティメンバーもそれを手伝い始めた。
アリアナはこういった作業は初めてのようでかなりおぼつかない。ジェイドは貴族出身なのになぜか土仕事に慣れている様子、何回かやっているうちに要領を掴んだようだ。ヨハンは植物に疎いようで、薬草の判別から手を焼いている。
ロックは教会にいた頃、訓練を名目にした外出を度々行っており、その都度薬草採取を必ず言いつけられていた。その為この中で誰よりも薬草採取に慣れていた。
判別を一瞬で見極め、次々と薬草と刈り取っていくその手際の良さに、メンバー全員が驚愕した。
「ま、とりあえずこんなもんか」
午後三時を過ぎたあたりから始めた依頼、時間はそれほど経ってはいないが日が傾きかけていた。
クロエが持ってきた藁の籠には溢れんばかりの薬草が詰め込まれていた。半分以上ロックが集めた分であり、残り半分ほどが他のメンバーとクロエの集めた分だ。
「ロック薬草採取得意なのか。知らなかった」
「教会にいたころ訓練しに行くついでにっていっつも言いつけられててよ」
しゃがみっぱなしで作業していて固まった体をほぐすように背を伸ばしてロックに、ジェイドが感心するように語り掛ける。ロックのいた教会では、薬草に関して不足になることはないくらいだった。
いつもの倍以上の量を短時間で収穫できたことに、クロエは感激してロックに何度もお礼を言う。
「好感度相当高くなったんじゃない?」
「頼れる男性の魅力を伝える手段としてはかなりいい方法をとりましたわね?」
「なんだよお前らさっきから気持ちわりぃぞ」
教会への帰路についたとき、ジェイドとヨハンはニヤニヤしながら、アリアナはクスクス笑いながら話している。相変わらず距離を取られていたため、何を言っているかまではロックには聞き取れなかったが、ずっと聞こえないように話をされると落ち着かなかった。
依頼の経過は順調に見えていたが、日が暮れてきたせいか、とうとう魔物とエンカウントした。
スライムが二体で比較的簡単だが、ロックは急に嫌な予感がした。近くに雑木林はあったが、そこから飛び出してきたようには見えなかった。
空気中の魔力が充満した際に魔物が生まれる時もあるが、その場合でも空中から光を放ちながら生まれてくる。
しかしこのスライムは何もないところから突然現れた。その現れ方にロックは疑問を持ったのだ。
「ヨハン! 危険だから使い魔出して先にクロエを教会まで送り届けろ」
「えっ、わ、わかった!」
ロックの指示に従い、ヨハンは弓を構えて使い魔を呼び出す。
ワーグが数体現れ、その一匹に薬草入りの籠を抱えたクロエを乗せた後、ヨハンも後ろに乗って足早に駆け出した。
「ロック、どうした。ただのスライムだろ? せっかく戦っていいとこ見せようってタイミングで」
「いや、ちょっとおかしい。マリー! 聞こえてんなら出てこい!」
ロックの命令により、数時間ずっと姿をくらませていた使い魔が空中にふわりと現れた。
マリーはスライムが出てきた方向をちらりと眺めて、にやりと笑う。
「ほう、観察眼は多少養われたか」
「やっぱなんかあんのか。取っ払って見えるようにしてくれ!」
命令した瞬間にスライムがロックに飛び掛かってくるのを、剣を振り払って切り倒す。スライムはあっという間に切り倒された。
マリーが少し上昇して右手をかざし、その手から何かを照らし出すように光が溢れる。
突如として目の前にレンガ造りの大きな建物が現れた。赤いレンガで建てられたそれには、貴族が建てたことを証明する家紋が掘られている。造りからして、建てられてからそんなに経っていないようで真新しかった。
アリアナとジェイドは突如として現れたその大きな建物に驚き声を上げる。
ロックは厄介事が起きていると確信した。
依頼に当たるため学園側からこのあたりの地理について簡単に説明を受けている。魔物の森の近くであり、本来ならどの貴族もこの土地を所有していない。
魔法で建物を隠し、スライムが出てきたことを考えれば、絶対何か隠している。
「マリー、学園にこのこと報告してきてくれ。シュバイツ先生がいい。その間、ちょっと中を確認してみる」
「あら、入っちゃうの。別にいいけど。じゃあ飛んで時間稼いでおくわねー」
マリーが学園の方向に向かって遥か上空を飛び去って行くのを確認しながら、ロックはアリアナとジェイドに向き直る。
ここから先は依頼の範囲外だ。同じパーティを組む以上、二人がどうしたいか確認しておかなければならない。
「最近の魔物大量発生と何か関係があるとお考えですね」
「あぁ。一応こっそり入って中を見てみるくらいにしておこうと思うんだが、二人はどう思う?」
「私もそれでいいと思いますわ。私たちは未熟ですもの。戦闘は極力避けて、危険だと判断次第即時離脱して撤退するのがいいと思います」
「そうだな、その方法で……ジェイド?」
いつもなら面倒だと愚痴をこぼしているジェイドが、今は全く無言であることにロックが気付いて彼に視線を向ける。
ジェイドは建物に掘られた貴族の家紋を凝視したまま固まっている。
「うちの……」
「うん?」
「俺の家の、フォスター家の家紋だ、これは」
ジェイドが固まったまま、真っ青な顔で掘られた家紋を指さしていた。