職敵
「魔王の命令により魔物の動きが活発化してきているらしい」
講習前の朝礼時、シュバイツによる報告だった。学園内にいることが多いため、外の様子はあまりよくわからない。だが将来世界を守る立場となる魔導士には、時として講習だけでなく外に出て魔物を狩る必要性が出てくる。
しかし学生の本分は勉強であり、未熟な者を無闇に討伐隊として外に出すわけにもいかない。そうなる場合はよっぽどの非常事態と宣言されたときのみだ。
「まぁそういうわけだから、しばらく講師が不足しがちになってしまうかもしれないが、鍛錬は怠らないように」
討伐隊に教師が派遣されるため、人手が足りなくなるかもしれないし、ひょっとすると講習が休みになるかもしれないという通達だ。
魔物とて生き物であり生まれるものであるため、近場や危険な魔物が出て討伐隊が組まれることは珍しくはないのだが。
「それは、討伐が長期に渡る可能性があるかもしれないということですか?」
口を開いたのはノーマン・シュワロフスキー。プラチナブロンドをオールバックにしスラリと整った顔をした伯爵家の男だ。ロックベルが知っている数少ない同級生の一人である。
なぜなら入学当初から庶民であることと成績最下位であることを見下して事あるごとに嘲笑ってきていたからだ。
「あくまで可能性であって、現時点では断言できない。その時が来たら知らせるが、今は気にしないでくれ」
シュバイツがそう返し、ノーマンはわかりましたと手を下す。そしていつものように講習が始まった。
「ロックベル・プライム! 貴様庶民でありながら最近調子に乗ってるんじゃないのか?」
午前の講義が終わり、昼食を取ろうと教材をまとめている所にノーマンの大きな声がかかった。
下端のように同学年を二人背後に携えてロックの前にやってきた彼は、いつものようにニタニタと薄ら笑いを浮かべている。
「この学園は身分の差は関係ないぞ」
「そのようだな、お前のような能無しでさえ慈悲で入学できてしまう。父上が称賛した学園も落ちぶれたもので悲しいものだ」
いつもの指摘をする。魔法を扱うのにこの世界では身分は関係なかったため、学園はより優秀な魔力保持者を入学対象に選ぶ。
そのため各国の貴族だけでなく、身分の低い平民も普通に入学することができた。ロックもこの制度により入学が出来た上、金銭もある程度は補助金が出るため入学金に困ることもない。
「その上泥棒を退学にもしないで放置しているくらいだ。これは父上に報告して状況の改善を申し入れなければならないな」
「グランクロイツではどの国の貴族からも干渉は受けませんわよ、シュワロフスキー様」
いつからいたのだろうか、アリアナがノーマンの横に並んで威嚇するように言い放つ。身分による差はないとはいえ、次期伯爵となるこの男と対等に話せるものは少ない。
公爵家の長女であるアリアナはそんな数少ない人間のうちの一人だ。
「あなたもですわよ、そんな卑しい庶民と行動を共にしていては、そのうち何を強請られるかわかったものではありません。スカーレット嬢」
「貴族たるもの庶民に振る舞うのは義務ですわ、当然のことをしているまでです」
ノーマンの言い分に真正面から言い返すアリアナ。最近この男が絡んでくるたびにアリアナが立ちはだかって尽く言い争っている。
一度どうしてそこまで言い合うのかと聞いてみると「友人が目の前で貶されて言い返さない訳ないでしょう」と言われた上に、「なぜあなたも言い返さないのですか」と言われたままのロックに矛先が向いてそのまま一時間弱説教された。
しかしノーマンが指摘していることはロックから見てもの正論であったため、言い返すことが中々できないのだ。
嫌味ったらしく目の前に居座り大声で吹聴されることは癪に障るが、自分が庶民の生まれであることも、成績最下位であることも、泥棒であることも、その泥棒がなぜか退学になっていないことも、まごうことなき真実であるのだから。
バチバチと火花が散るような二人の剣幕を眺めていると、ノーマンが気に入らないとばかりに舌打ちをしてロックの座るイスを蹴った。
「うぉっと」
しかし最近鍛え方が厳しいためか、条件反射のようにロックはそのままくるりと体を回転させて受け身を取る流れで立ち上がった。
そんなロックの動きに一瞬目を見張ったものの、気に入らないとばかりに思い切り睨みつけた後、連れ立っている二人にボソリと声をかけてノーマンは立ち去っていき、下端二人も置いていかれまいと慌ててその後を追いかける。
「今日は短かったな」
いつからか背後から様子を見ていたジェイドが指摘した。毎日絡まれるわけではないのだが、絡まれるたびに結構長い時間ノーマンに拘束されている気がするのは確かだ。
「ロックベル! あなたまた言われっぱなしで!」
「いやだって事実述べられてるだけで言い返せねぇし」
「あなたがそんな様子だからつけあがるのですよ、あのシュワロフスキー家は!」
貴族社会というものはどうにも色々あるらしい。アリアナとローマンはそれぞれ別の国の貴族ではあるのだが、社交界などによりお互い面識がある様子だった。
「そういえば新しい噂聞いたか? 魔物討伐の為に近々遠征があるって」
「教師たちが遠征に行ってるってことだろ?」
「いや、なんでも雑魚魔物が増えてるだけらしく、ちょうどいいから生徒にも遠征させるだとかなんとか」
「あら、そうなのですか?」
ノーマンが去ってから食堂へ向かい、昼食を食べている所だった。ジェイドがどこかから仕入れてきた噂話にロックとアリアナが耳を傾ける。
「討伐って、普通二年になってからじゃねぇの? 早くね?」
魔導士を目指す優秀な生徒だとしても、無闇に危険にさらすわけにはいかないという理由から、実戦経験である討伐隊への参加は、入学して一年が経過してからになる。その頃には魔物や戦い方の知識も一通り学び終えていると判断されてのことだ。
「あくまで教師同伴らしい。新入生だから、戦闘へは不参加。教師たちが戦っている所を見て、現場がどういうものなのかを実際に経験してみるそうだよ」
「そういうことですか、それでしたら確かに危険は伴わないでしょうが……」
「動けないっつうのは逆にもどかしいな」
入学前から魔物との戦闘を経験している生徒は少なくない。そんな彼らにただ見ていろというのは、中々に難しいのだ。そしてマリーの特訓を受けていたアリアナとロックもその中に当てはまる。
しかしそんな彼らのもやもやした心内など露ほども知らぬまま、学園側から今日の午後講習は教師に同伴して魔物討伐の見学をする旨が伝えられた。教師一人に対して生徒が五人ほどのグループで行動する。
ロックの班を確認すると担当教師はシュバイツに、アリアナとジェイドの他、あろうことかノーマンと下端の一人が組み分けられ、それぞれ集合時に不満そうな顔をしていた。
「はいはい、行く前から険悪な様子になるんじゃない。魔導士になった後、依頼で他の魔導士と協力を余儀なくされる場合もある。その時に気に入らない相手とも組む可能性も少なくはない。そういうときでも対処できるように訓練しなければ意味はないぞ」
どうやら今回はそれも汲まれているらしく、他の班を見てもなにやら険悪な雰囲気のところが少なくない。
あくまで見学であるからこそ、こういう訓練に向いているのだろうか。
「とりあえず目的地は北側の森林近くの草原だ。再三忠告するが、君たちは戦闘に参加しないように。そして森には決して入らないように」
学園の北側には、深い森林が広がっている。最近魔物が多いと報告されるのはここだ。
そしてこの森を抜けると、どの人間国からの干渉も受け付けない、魔王なるものが支配している魔物の国が存在しているらしい。魔王から森から外に出た魔物に対する処置は人間に任せるとの宣言があるため、森から外に出た分に関しては倒しても問題ない。
それぞれ装備や魔法薬などの準備を済ませて、討伐見学へと向かうのであった。