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召喚


「ロックベル・プライム、貴様にはこの学園を退学してもらう」


 成績を何とかして上げようと特訓をしていたロックに、その教師の言葉が重くのしかかった。


 魔導士とはこの世界における英雄である。

 人を襲う魔物を狩り、世に平穏をもたらす者。


 数多くの魔導士を輩出し、どの国にも属さず学園領域のみで一つの国を束ねるだけの実力者を有する魔導士育成として名高いグランクロイツ魔導学園。

 爆発にでも巻き込まれたかのような纏まりのない黒の天然パーマに、体格こそいいものの同学年からみても低めの身長、無表情でいても睨んでいると誤解されがちな鋭い目。


 最強の魔導士を夢見る少年、ロックベル・プライムもその生徒の一人であった。


 幼くして両親を魔物に殺された彼は、自身も危ういところを通りかかった魔導士に救われ、彼に憧れて魔導士を目指した。

 死に物狂いで体を鍛え上げ、実際に魔物と戦い、百名の生徒募集に対し千人集まる受験倍率十倍の厳しい門を超えることができた。

 しかしその容姿から入学早々問題児だと根も葉もない噂が立つのは容易だった上、実際ロックは問題児だったのである。


 入学してから僅か一週間。

 史上初の最低成績でなんとか合格して入学し安堵したのも束の間、ロックには魔法を使う才能がまるで見られなかったのだ。

 順調に学習し成長を遂げる他の生徒に対し、発動の兆しを全く見せないロックの魔法。


 入学前から魔法を使える者しかいなかったこの世界において、ロックはまさに悪い意味で有名だ。

 必死に魔法を使えるようにと魔法特訓ばかりしていたせいか、ただでさえ苦手だった学問は致命的な程遅れている。

 入学時点での成績が最下位だっただけでも後れを取っているのに、取り戻すどころか取り残される一方だった。

 担任教師であるシュバイツは親身になっていろいろ教えてくれいたが、学年主任教師であるサーカムには入学早々目の敵にされた。


 そして今日、ロックは自身を嫌っているサーカムに裏庭でとうとうそう告げられた。


「な、入学してからまだ一週間じゃん! 頑張って挽回する! だから退学だけはやめてくれ!」


「そもそもあの成績でも伸び代があるからと入学が許可されたのだ。だが入学してから一週間、貴様の成績は悪化する一方。シュバイツはお前を大事にしているようだが、俺が担当する学年にお前のような厄介者は必要ない!」


 サーカム自身、相当な実力を持つ魔導士である。

 その実力を見込まれたが為に学年主任教師に選ばれているのだ。

 だがそのことに誇りを持つ一方、実力の見込めない生徒に対しては不快感を示し、それを隠そうともしない傲慢な性格だった。


「入学してから一週間も経つというのに、使い魔一匹手に入れられないなどこの学園始まって以来の事だ。私が担当する学年でこんな出来損ないの生徒を持つ屈辱がわかるか?貴様に対する評価がそのまま私の評価にもつながるのだ、出来損ないに私の評価まで下げられてたまるか!」


 この世界に存在する魔物は多種多様である。

 魔物の世界はまさに弱肉強食であり、弱い魔物は強いものに従う習性がある。

 その習性から実力よりも弱い魔物を倒すことで、魔物が望んで使い魔になる場合があった。

 もっとも魔導士たるもの使い魔の一匹や二匹いて当然であるのだが、なぜかロックには最弱魔物であるスライムさえも使い魔になろうとしなかった。

 圧倒的な筋力を持って叩きのめしても、弱っているところを親身になりながら協力しようと話しかけても結果は変わらなかった。


「使い魔は、その、今頑張って何とかしようとしてる。きっと近いうちにできる、いや、してみせる」


「ほう、貴様の言う近いうちとはいつだ? 一か月後か、それとも一年か? 才能のない輩を育てる無駄な労力は我が学園にはないのだ。そんな輩を育てるなら、さっさと切り捨てて才能のある人材をあてがうのが筋というものだろう?」


 サーカムの挑発する問いかけに、ロックは黙ってぐっと堪えるしかなかった。

 反論しようにも、自分が実力不足であることはロック自身がよく理解していたのだ。

 魔法が使えなければ使い魔すら従わすこともできない。そんな状態で魔導士を名乗れるはずがなかった。

 必死になっても出来ない自身の不甲斐なさに悔しく歯を食いしばるが、黙り込んだロックを恰好の獲物だと見ていたサーカムは畳みかけるように続けた。


「今夜中だ。日付が変わるまでに使い魔をつけろ」


 無理であることがわかりきっている発言に、ロックベルは絶望した。

 既に昼を過ぎ時計の針は午後三時を回っている。日付が変わるまであと九時間しかなかった。

 下級生が訓練に使う低級魔物がいる森に行くにしても三十分ほどではあるが、回復ポーションなどの準備は必要だし、何よりこの一週間ロック自身が何度も通って使い魔をつけようとしては失敗しているのだ。

 冷や汗をかきながら焦るロックはなんとか方法を考えるも、頭の中は退学の文字がぐるぐると回りまともに思考が働かない。

 そんなロックを見下して、ようやく厄介者が消えてくれるとサーカムはフンと鼻を鳴らす。


「さっさと帰り支度をすることだ。貴様の入学自体が間違いだったのだ。私の人生における最大の欠点だろう。貴様が使い魔を付けられることは決してない、それこそ《願い石》でも使わない限りな」


 そう吐き捨てると、サーカムはこれ以上ロックのいる場になど用はないとさっさと立ち去った。

 絶望に打ちひしがれるロックだが、何気なく呟いたサーカムの最後の言葉が頭に響いていた。


『《願い石》でも使わない限りな』


 それはロックが今から森に訪れて使い魔を従えるよりもずっと不可能なことであり、だからこそサーカムは口にしたのだろう。


 グランクロイツ魔導学園には、教師という名目で魔導士の実力者が相当数所属している。

 その影響もあり、他国では扱えそうにない危険な魔法道具も多数厳重に保管されている。


 《願い石》もそのうちの一つだった。


 どんな願いでもたちどころに叶えてくれる石。

 たとえば金銀財宝、国家転覆、復讐による一族暗殺、新たなる世界の支配者。

 血で血を洗うような争いしかもたらさなかったその石は、争いの種にしかならないと判断した先々代の学園陣によって、学園の奥深くに最も厳重に保管されていると、入学前から風の噂で耳にしていた。


 もしそれを使うとするならば校則は軽く五十は破ることになるし、生徒は立ち入り禁止とされている厳重な警備を掻い潜り、見張りの目を誤魔化さなければならない。


 なにより魔導士としての倫理観に欠ける。


「このままじゃどうせ退学、か」


 しかし幼いころからずっと抱いていた夢を、そう簡単に手放すことはロックにはできなかった。

 自身を救ったあの魔導士も卒業したというこの学園で、なにがなんでもその術を学びたかったのだ。

 悪いことだというのは十分理解している。

 こんな方法で退学を免れたとして、胸を張って魔導士だと名乗れるのか。

 だが魔法が使えないことに焦っていたタイミングで退学を突き付けられて追い詰められたロックは、そんな破滅的な思考回路に簡単に陥ってしまった。


 魔法道具が保管されている保管区画を木々の間から伺う。

 立ち入り禁止の為人気自体は普段からないが、こうしてしっかり観察した事もなかった。

 入り口に見張りはいなかった。

 生徒たちの自主性に任せているというのだろうか、それともそもそも入り口に見張りを立てる必要性がないのか

 。困惑しながらもロックは周りを見渡し、そっとの入り口から中に侵入する。

 大理石で囲まれた四角い廊下は、見渡す限りすべて大理石で建てられており、不用意に歩けばコツコツと足音が異様に大きく響く。

 巡回がいないとも限らないと考えたロックは、足元に意識を向けて出来うる限りそこから音を消した。

 侵入しても脱出できないようにする為だろうか、まるで迷路の中を通っている感覚だった。

 ぐねぐねと曲がりくねった廊下は、歩いているだけで不安になる。


 しかし歩けど歩けども巡回には遭遇しない。

 しかもここまで防御系の魔法が何一つ発動していなかった。

 入り口付近であるため、警備自体は薄いのだろうか。

 だとするなら警備が厳重そうな場所に《願い石》があるのだろうか。

 そんなことを考えている間にも、どんどんその足は先に進んでいる。

 全く捕まる危険を感じないその状況に、ロックは不安に駆られていった。


「いやなんでだよ、おっかしいだろ。なんでこんな警備ガッバガバなんだよ」


 現在位置は保管区画の地下深く、ロックベルはあっという間に保管区画の中枢までたどり着いてしまっている。

 途中まで警備の厳重そうな場所を探してうろついていたが、どこを探しても人気もなく警備自体が見当たらないため情報が入ってこなかった。

 結果手当たり次第に扉を開いて廊下を適当に選んでは進んでいるのだが、ここに至るまで障害はなにもなく平穏そのものだった。

 まるで勝手に入って盗んでくださいと言わんばかりの現状に、盗みに入っているはずのロックが困惑している。


「誘われてんのか、なんかの罠なのか? いやそれでもここまで入り込ませるメリット見当たんねぇし」


 扉の先にあった展示室と思われる部屋に保管された、呪われた装備に魔法がかかった金銀財宝。

 一つでも盗んで売り渡せばそれこそ一生遊んで暮らせるのだろう、何なら国家間の戦争も簡単に起こせそうな数々の品。

 まるで博物館の展示物のように台座に設置された魔法道具を眺め、目と鼻の先ほどの近さまで簡単にたどり着けてしまった状況に、戦々恐々として疑心暗鬼に陥る。


 だがここまでたどり着けたのだから、ひょっとすると目的の魔法道具も手に入るのではないか。

 あっさりと入れたことによる不安は、足を進めるたびに期待に膨らみ、それに塗り替えられていった。


「えーと、確か《願い石》は一番危険な品として区画されてるって噂だったっけ」


 引き返して廊下に戻った後、更に奥に進んで現れた扉の中から適当に選びそっと開いて中を覗く。

 おそらくかなり深部にまで足を踏み込んでいるのだろう。

 見慣れない豪華な室内構造に戸惑いつつも、奥に進むうちに一番怪しそうな大きな黒く重い扉を見つける。

 頑丈に鎖で幾重にも塞がれた分厚い鉄の扉は、描かれた魔法陣から強力な魔法によって封印されているように見えた。


「解除魔法なんて使えねぇし、やっぱ無理だったか」


「おい! お前そこで何をしている!」


 背後から焦ったような鋭い声が聞こえ、とうとう見つかったと悟る。

 むしろ見つかるのが遅すぎるだろう、侵入者でありながら相当心配していただけになぜかほっとしてしまう。

 入ってきた扉から、巡回だろうか衛兵魔術師が鎧をガチャつかせながら走ってくる。

 この部屋の出入口となる扉は衛兵が入ってきた扉のみであるため逃げるすべはない。

 とりあえず時間稼ぎのために隠れようと近場の台座の影に身を伏せると、ちょうど目の前にきたその表示に目が入り飛び上がった。


”《願い石》”


「ここかよ!?」


 あの鎖のついた扉の中にあるのだろうと勝手に思い込んで諦めていた。

 それがまさかこんな簡単に取れる場所に置いているだろうと誰が予測できただろうか。

 呆然としていると護衛魔術師が警報を鳴らしたのか、サイレンのような音に、数を増やした衛兵が目前まで迫っていた。

 捕まって退学になってもどうせ退学を言い渡されていたロックには大差はない。

 ならせめて後悔はしたくなかった。

 ガラスの覆いを外して目的の物に手を伸ばす。背後まで迫っていた護衛に捕まる前に、躊躇いなくロックは願い石を掴んで叫んだ。


「”世界最強の魔導士になるために、この世で一番強い魔力持ちを使い魔にしたい”!!!」


 願いを聞き届けたと言わんばかりに、《願い石》は突如淡い光を帯びて急激に輝き始めた。

 衛兵が一斉にロックにとびかかって石から引き離そうとするものの、手にへばりつくかのようにがっちりとくっついている。

 あまりの眩しさにロックは目をつむり、周りの衛兵たちもロックを押さえていたが、その手を離して目をかばい、陣を組んで武器を構え警戒する。


「ふぇ? あー、よく寝たぁ」


 徐々に光が収まってきたとき、ロックの手の中にあった石は姿かたちなく消えていた。

 そしてその石と入れ替わるかのように、少女が一人、大あくびをしながら体を伸ばしていたのだった。

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