8.王都ファルシア城下町
門をくぐり抜けると、そこには半円形の広場のような所が広がっていた。円の縁には泊まることだけを考えて作られてそうな宿や仕事を受けるための集会所のような建物など、旅人が利用するための施設が並んでいる。
辺りには沢山の人々が行き交っており、その半数近くが傍らに魔族を置いている。俺たちのように⋯⋯と言っていいのかは分からないが、仲が良さそうな者たちはほとんど見かけない。その魔族たちが俺たちを恨めしそうに睨んでいる錯覚さえ覚えてくる。
⋯⋯うん、錯覚だ。きっと街行く人々を眺め回しているだけさ。
広場の中心辺りまで歩いていき、先行して歩いていたフレイがそこで足を止めた。
「ジャスティはこれからどうするんだい?」
ああそうか、こいつはこいつで目的を持ってこの街まで来たんだもんな。ここで別れることになって当たり前だ。
「さっきの男が言っていた通り、こいつの服を買ってやろうと思う。そしたら俺にでもできそうな仕事を探す」
お前の方はどうなんだと聞き返すと、フレイははにかむように返事を返した。
「兄さんのあとを追ってみるつもり。色々と話したいこともあるし⋯⋯、グリーンフォーゲルの事とかね」
確かフレイの兄は魔導研究会に属しているって話だったな。モンスターについても研究の一環として調べたりしているらしいし、人を襲うことなんてほとんど無い奴らが俺たちを襲ってきたことは話す価値があるのかもしれない。
「そうか、じゃあここでお別れだな」
「そうだね。とりあえずはお別れ」
二人でお別れと言い交わすと、俺たちは固い握手をした。フレイの隣でそれを見守っていたノエルは、あからさまに寂しそうな顔をしている。
斜めに下がっている肩に手を乗せると、下の方を見つめていた視線が俺へと向いた。
「生きていりゃ必ずどこかでまた会える。それに、ひとまずは俺もフレイもこの町にいるんだ。案外またすぐ会えるさ」
そう言ってやると細くなっていた目が段々といつもの様子に戻ってきた。
「はいっ」と小さく返事をすると、肩から俺の手を両手で降ろして隣の主人に顔を向ける。
「ご主人様、行きましょうか。ご主人様のお兄さんの所に!」
フレイはコクリと頷き、それじゃあねとこちらに掌を振った。
「さよならは言いません。また会いましょうね!ジャスティさん、シルヴィさん!」
こちらへブンブンと大きく手を振り、二人揃って背を向けると街の奥へと歩き出していった。
奥には少し大きめのお城が見えており、改めてこの大陸の中枢部に着いたことを感じ取る。魔道研究会は様々な大陸にいるが、グリーン大陸の本拠地はあの城の近くにあるらしい。二人はそこに向かったんだろうな。
さてと、俺たちも行動を始めなきゃだな。
「行くぞシルヴィ――と言いたいところだが、生憎服屋の場所が分からないんだよなぁ」
服屋でも探して買ってやれとは言われたけど、この広い街を闇雲に探し回るのもなんだかな。
「どうしますか?この服じゃ着替えないとマズイらしいですよ?」
「うーん⋯⋯」
場所を調べるには⋯⋯、やっぱり誰かに聞くのが一番手っ取り早いよな。
誰にしようかなーと。
キョロキョロ辺りを見回してみると、旅人が行き来する中一際目立つ翡翠色の髪の女性が目に止まった。
俺と同じぐらいの身長で顔や体つきなどを見る感じ俺よりも幾分か年上だろうか。
集会所の壁にもたれかかりながら旅人たちを観察しているようだ。服装は旅をするには些か軽装すぎる気がするし、風貌から見てもこの街に住み込んでいる人に違いないだろう。あの人なら詳しそうだ。
シルヴィの手を引き、その人のところへと向かっていく。
あちらもこちらに気づいたようだが、楽な姿勢を変えたりはしなかった。
「ちょっといいか?聞きたいことがあるんだが」
その女性の鋭い眼光がシルヴィを睨みつける。握った手が少しだけ強く握り返された感じがする。これもこの服装のせいなのだろうか。
「魔族用の服を売っている店を知らないか?この街に来たのは初めてで場所が分からないんだ」
要件を聞くと女性は壁から背中を離し、快く話し出してくれた。
「魔族が着る服なら、あの端にある道を歩いていけば簡単に見つかると思うわ」
顔はこちらに向いていたが、視線はちらちらとシルヴィに向いている。そんなにシルヴィが気になるのか⋯⋯?
「それじゃあ私からも質問。その子は野良でいいのかしら?」
ドキリとした。実際のところ分からないのだ。
確かに俺はシルヴィを使い魔として拾った。しかしそれで一般的には野良を辞めたことになるのか、野良のままなのか、それが分からない。
返す言葉を迷いながらも俺はなんとか短く端的に否定の返事を返した。
「ま、そーよねぇ。別段ビクビクしている様子もないし、野良ではないよねぇ」
はぁーっと深くため息を吐く彼女、いかにも残念そうだ。それでもまだ諦めてないと言わんばかりにずいっとシルヴィに顔を近づけた。
「ひっ⋯⋯!?」
案の定後ろに体を反らせて嫌そうにしている。それ以上しつこく近づこうとはしていなかったので何も言えなかった。
「あなた達、リース?リリース?」
「えっ?」
不意に彼女の口から謎の言葉が発せられた。
リース?リリース?その二つの言葉は言われたことも無いし聞いたことも無い。このまま考え込んでても時間の無駄だし、言葉の意味を聞いてみるか。
「悪い、聞き覚えがない。どういう意味なんだ?」
「⋯⋯ああ、ド田舎から来たのね。ならしょうがないわ」
一瞬間が空き、言葉を選ぶように話す。なんで選んだ結果がその言葉なんだよ。
でもド田舎なのは本当のことだし何も言い返せないのが腹立たしい。
「去年ぐらいかしら。どこかの誰かが言い出した名称らしいんだけど、それが何故だか世界中に広まっちゃったのよね」
どこかの誰かがって⋯⋯何者なんだそいつは。世界中に広まったっていうのに田舎に住んでいたがために知らなかったなんて、やっぱり田舎すぎるのも考えものだよな。
「それで、リースとリリースってのはとういう意味なんだよ?」
「二つとも召喚士と使い魔の関係の事を指すの。違いは使い魔を自分で召喚したかどうか。自分で召喚した者と一緒ならリース、取引や拾ったりした場合はリリース」
⋯⋯なるほど。つまりフレイとノエルはリースで、俺とシルヴィはリリースという訳だ。
「なら俺たちはリリースだな。こいつはベゴニアで拾ったんだ。無理やりじゃないぜ?合意の上でだ」
な?と横から彼女に問うと、女性の目を見つめたままコクコクと頷いていた。
しかしどうしてそんな事を聞いたのだろう。要するにはシルヴィが野良を経験したかどうかを知りたがってたという事だとは思うが⋯⋯。
「ふふっ」
不意にクスリと笑われた。俺がなにかしただろうか?
「ごめんなさい、自己紹介もしないで色々と聞いちゃって。私はエメラ・ジュエル、この集会所のマスターよ」
集会所のマスター?マスターっていうと⋯⋯この建物を仕切っている人の事かな。
⋯⋯って、結構凄い人だったんだな。
この街のことだから沢山の人が訪れるだろうしその人々を捌いてきたのだろうし。
「自己紹介どーも。俺はジャスティス、こっちはシルヴィだ。それで、なんで俺たちにリースかリリースかを聞いたのかが気になっているんだが、教えて貰ってもいいか?」
自己紹介を返し、純粋な興味をぶつけてみた。マスターだし仕事関連だったら教えてもらえないのだろうかと内心ドキドキしていたが、「別にいっか」とボソリと呟いたのが聞こえた事でその不安はあっさりと消えた。
「実はね、昨日とある召喚士の下から使い魔が逃げ出したらしいのよ。それを探してくれって依頼が入って、それでね」
使い魔が主人から逃げ出したのか。それなら野良になっているわけだから野良を探していたという訳だ。
「自分から逃げ出した⋯⋯?ご主人様がいない魔族は満足に生きることすらできないんですよね?」
ここにはいないが、野良となってしまった魔族を心配するようにシルヴィは俺に問いかけた。その内容は俺がシルヴィを使い魔にするために言った内容だった。
理由は色々あると思うが⋯⋯そうだな⋯⋯。
「主人が嫌な人だったっていう理由が一番多いわね。奴隷として扱われるのが嫌で逃げたりとか、基本的には主人に原因があることが多いわ。中には見識が無くて野良が辛いって知らないまま野良になる子もいる」
「⋯⋯そうですか」
言葉を選んでいるうちにエメラが分かりやすく語ってくれた。
更に野良の辛いところを聞いてシルヴィは情けなく肩を落としている。かわいそうな話だが、残念ながらこれが現実だ。助けてあげたくても、どこにいるのかも分からないし俺たちにはそんな余裕もない。
「俺たちにはどうする事もできない話だ。さ、行こうぜシルヴィ」
「⋯⋯はい」
肩をポンと叩いて元気を出させようとするが、正直俺自身も良い顔をできていた自信はなかった。
笑えていたから笑顔を返してくれたのか、悲しい顔をしていて慰めようとして笑ってくれたのか、俺には分からないがほっとする自分がどこかにいた。
「私はいつでもここにいるわ。手持ち無沙汰になったら仕事を紹介してあげるから、いつでも来なさい」
ニコッと笑うエメラさんの顔を見てシルヴィは更に元気になったようだった。「はい!」と明るく返事を返している。
「ああ、気が向いたら来る」
行くのか行かないのか分からない返事をして俺は集会所に背を向けた。
思っていたよりも話してしまったけれど、ようやく服を買いに行ける。確か教えて貰った道はあっちだったな。
「どんな服にするか、なんとなくは決めとけよ?時間をかけ過ぎないようにな」
「そうですね。うーん⋯⋯」
服を買って着替えさせたら早速エメラのところに行ってみよう。今の手持ちもあんまり多いとは言えないし、な。
設定が増え続ける⋯⋯
増やす前に書けってんだよなこんちくしょー