7.ファルシア城下町正門前
ベゴニアを出て一時間ぐらいだろうか、グリーン大陸最大の都市、王都ファルシアの入口がすぐそこに見えていた。
「わぁ⋯⋯、さっきの街よりも全然大きさが違います」
街は城塞で囲まれており、今いる道はまっすぐと街の入口の正門まで伸びている。シルヴィはその平面で硬そうな壁を端から端まで眺めていた。
「本当ですね!ソーサルにはこんな街ありませんでしたし、少し興奮しちゃいますよ」
ノエルもシルヴィと同じように、嬉しそうに街を眺めている。
そんな二人をやれやれといった顔でフレイは後ろから眺めていた。
「僕は何回も来たことがあるから驚かないけど、確かにベゴニアに比べると大きさが桁違いだよね」
フレイの言う通り、この街はベゴニアの数倍はあるだろう大きさを見せつけてくれていた。
「ジャスティは来たことあるのかい?」
「んあ?俺?」
不意にフレイは俺にこの街に来たことがあるのかと尋ねてきた。
昨日も言ったが、俺は田舎から来た田舎者。こんな都市に来ることなんてまず無い。
オーディナルにたまーに行く程度だった。
「無いぜ。俺も今日が初めてだ」
「因みにどうしてそんな遠くから来ようと思ったの?ただの観光⋯⋯だったらシルヴィを拾ったりなんかしないだろうし」
そう言えばまだ言ってなかったか。
「理由?簡単だよ、田舎に居たくなかっただけだ。だから王都に来たんだ」
王都ならなにかしら良い仕事ぐらいあるだろうし、田舎で暮らすよりも良い生活ができそうだ。
「それじゃあジャスティ達はここに住むの?」
「⋯⋯あー」
そうだな、どうしようか。
と言うものの、この街に縛られ続けるのも面白くはないが、だからと言って別の街に行ったとして暮らしていけなくなってしまったら本末転倒だし。
「多分そうなるのかもな。金を貯めて旅行してみるのもいいかもしれないけど、それは実際に貯まってみないと分からない」
やっぱり危険に晒されるくらいならゆっくり平穏に暮らしたいところだよな。
しかし、この街では一つ引っかかるところもある。
グリーン大陸は緑豊かで過ごしやすい場所だ。しかし、人の心は別。グリーン大陸の住民は魔族をよく思っていない連中も少なからずいるのだ。
できるならば、シルヴィが安心して過ごせるような所に住ませてやりたいよな。
「おいコラ!野良がこの街に何の用だ?」
「は、離してくださいっ」
シルヴィの声と、男の声だ。
声の方を注視すると、シルヴィが街の衛兵と思わしき大柄な男に腕を掴まれていた。
「何するんですか!」
近くにいたノエルがその男を敵と見なしてキッと睨みつける。
しかし男は魔族など怖くもなんともないといった雰囲気でシルヴィの腕を掴み続けている。
「ん――っ!ん――っ!」
足を踏ん張って地面に跡をつけながら、必死に男の手を引き剥がそうとしている。
そんなシルヴィをそのままにはしておけず、俺はそこに駆け出した。
「そいつは野良じゃないぞ!俺の使い魔だ!」
駆けながらそう吐きつけると、男はその言葉を聞いてシルヴィの腕を縛り続けていた手を離した。
「ご主人様!」
解放されたシルヴィは一目散にこちらに駆け寄ってきた。
掴まれていた箇所を見てみると――あぁ、やっぱり痕がついちゃったじゃないか。
ノエルはシルヴィが解放された後も睨み続けていたが、フレイの呼ぶ声で我に返り、こちらに戻ってきた。
「お前らがそいつらの主人か?」
男はこちらに歩いてくると、首をこちらに向けたまま魔族二人を指差した。
「そうだけど、なんだよ」
やや攻撃的に聞き返すが、そこから返ってきた答えは思っていたものとは少し違っていた。
「この街ではあまり魔族だけで歩かせたりしない方がいい。野良を邪険にしてる奴らもいるからな」
変な難癖やいちゃもんをつけられるのかと思っていたが、その内容は魔族を思っての言葉だった。
続いて、男はシルヴィを見つめて話し続けた。
「それに、こんな格好させてたら間違いなく野良だと思われるぞ。とりあえず服屋でも探して買ってやるんだな」
確かに、迂闊だったかもしれない。
改めてシルヴィの格好を見てみると、その服装は貧乏で貧相な暮らしをしていそうなイメージを持たせる薄汚れた布でできた衣服。
街に入ったら第一に服屋を探してなにかそれらしい服を買ってやろう。いつ暴漢に絡まれるかわからないし、それまでは傍にいてあげないと。
「ご忠告どーも。行くぞお前ら!」
若干イヤミ気味に男に感謝の言葉を告げると、俺たちはその横を通り過ぎた。
シルヴィは俺を男の間に入れるように歩いているし、やはり怖かったのだろうか。
魔族だから嫌な目に会う、なんてことあっちゃいけないんだ。俺の使い魔にしたからにはそんな目にはできれば会わせたくない。
「大丈夫だったか、シルヴィ?」
腕についた痕はそんなに大したものではなかったが、まぁ人として訊いておいた方が良いだろうと思って尋ねた。
「はい、平気ですよ」
にこやかにシルヴィは返事を返してくれた。この優しそうな顔を失わせてはいけないな、うん。
「魔族だからって、あんなのって!」
プンプンといった様子でシルヴィの横を歩いているノエル。もっともな発言をする彼の両肩にフレイが後ろから手を乗せた。
「魔族は魔族でも、主人のいない魔族がそういう扱いを受けるんだ。一般的には野良と呼ばれていて昔から虐げられてきているんだ」
そのままフレイは野良魔族について語り始めた。ノエルは終始プンスカと怒っていたが、二度目となるその説明にシルヴィは握りこぶしを作って聞いていた。
魔族は昔から、生活の道具として使われてきた。フレイのその話を聞いてノエルは口をつぐんでしまった。
ノエルの言いたいことは理解できる。魔族だからって酷い扱いを受けるだなんてそんなのおかしいに決まってる。しかし、昔からの風習として続いてきてしまったモノを俺たちがいくら騒いだって覆らすことはできないんだ。
この大陸の王様であるファルシア国王が声を上げるか、大陸の人々が一丸となって国に立ち向かわない限りこの現実が変わることはない。
だがどちらも夢のまた夢だろう。街に住む人々もお城に住む王様も、魔族に助けられて――いや、魔族を使って楽をして生きているんだ。そんな楽ができる「道具」を捨てるなんてそんな考えを持つ人間なんてひと握り。
二人には気の毒だけど、どうしようもない事なんだ。
「ごめん、僕のせいで暗くなっちゃったね。僕もジャスティも魔族を下になんて見てないから安心して。そうだよね、ジャスティ?」
暗く重くなってしまったその話を終わらせるように明るい方向へとフレイは持っていった。
確認するように俺に向けて問う彼に、俺は「ああ」とコクリと頷いた。
街の入口から中の方をびくびくと見つめていた不安に満ちたシルヴィの目も心なしか落ち着いた気がする。
シルヴィはこの世界に呼ばれて二日目なのにも関わらず、野良魔族として認識されて酷い扱いを受けた。ベゴニアの東口で人間達に追い出されていたのもそうだし、きっと昨日俺と出会う前にも何かしら受けているのだろう。
ノエルはフレイに呼び出されてから一度も離れてはいないだろうし、まだ嫌な目にあったりはしていないはず。できればそのまま不幸な目には合わせないでやってほしい。
⋯⋯人の心配をしている余裕はないよな。俺も気をつけなくちゃ。
「ノエルは僕が守るから、安心して、ね?」
「はい、ご主人様!頼りにしてますよ!」
気づけばそちらのペアはいつの間にか明るく笑いあっている。
隣を歩くシルヴィもその様子に気づいたのか、こちらの顔を覗き小さな笑みを浮かべた。
「俺もあいつと同じ気持ちだ、だから心配すんな」
彼女は不安を押し殺し精一杯笑ってみせていた。その不安を少しでも取り除いてあげようと、俺はにこやかに笑った。
今はまだ小さな笑みかもしれない。だけどそんなの直ぐにでも終わらせてやるさ。
そう決意を胸に秘め、俺たち四人は王都ファルシアの門をくぐり抜けた。
まず設定を考えるじゃん?
んで書いてくじゃん?
そうすると何が起きるか分かりますか?
設定を作中でどこまで明かしたのか分からなくなるんですよねーッ!!