6.野良魔族ひろいました
「こんな朝っぱらからとんだ災難だったな」
俺はシルヴィを連れて、村の入口、及び出口の近くまで歩くと地面に腰を下ろした。
「でもジャスティスさんが来てくれたから大丈夫でした。凄くかっこよかったです⋯⋯」
そう微笑みかける彼女に対し、俺は顔の前で手をヒラヒラと横に振った。
「よせよ、強い者が弱い者を助ける。俺に助けられる力があったから助けたんだ。そこに人間とか魔族とか関係ない、当たり前のことをしただけだから」
そう、助けられる力があるのに助けない。気に入らないから見殺しにする。
挙句の果てには魔族だからと危険な目に合わせるなんて、そんなの⋯⋯クズ中のクズだ。
勿論さっきの奴らは俺達が戦っている最中に逃げ出してしまっており、近くに姿はない。
探しに行って説教垂れてやるのもいいが、時間と体力を無駄にするだけな気がするし、放っておくのが吉だろうな。
「それよりも、だ」
シルヴィがここに来たのは人間に暴言を浴びせられる為ではなく、モンスターに襲われる為でもないはずだ。
彼女の目を見つめると、一瞬視線を下へと外したもののすぐにこちらを見つめ返した。
「分かってます。でも、本当に良いんですか?さっきの通り、私は戦いなんてできませんし⋯⋯ご迷惑をかけるだけです」
そう言ってシルヴィは肩と、耳と尻尾を更に落としてしまった。
「迷惑だなんて、気にするなよ。大事なのは着いてきたいかどうかだ」
諭す様に優しく問いかけるが、彼女は肩を震わせ始めた。
「ジャスティスさんが気にしなくても、私が気にするんです!こんな行く宛もない私を拾ってくれるっていうのに、私は役に立つどころかご迷惑をかけるだけ⋯⋯そんなの嫌なんです」
震えた声だったが、どこか怒りを感じさせるようだった。自分自身に怒りを向けているような感じ。
だからといってこいつをここに置いていくなんて⋯⋯俺にはできない。
「迷惑をかける自分が嫌だからなんて、そんなの俺が嫌だ。こうなりゃお前の意思なんて関係ない、今日からお前は俺の使い魔だ」
膝に手をつき腰を上げると、目を丸くしているシルヴィの頭にポンと手を乗せた。
「本当に迷惑になってたら、俺が迷惑だって言うから。だから心配すんな、な?」
半ば強引的に事を進めてしまったが、大丈夫だったのだろうか。
彼女は頭に乗った俺の手を掴み自身の胸の前まで持っていくと、冷たい両手でぎゅっと握った。
驚いた俺だったが、彼女の言葉で俺は更に驚いてしまった。
「⋯⋯はい、ありがとうございます⋯⋯!」
嫌だ嫌だと言っていたから、強引に連れていこうとする俺にありがとうと言うとは思ってもいなかった。
「じゃ、改めて⋯⋯。これからよろしくな、シルヴィ」
「はいっ!よろしくお願いします、ジャスティスさん!」
さっきまで震えていた彼女の声はすっかり元気な声に戻っていた。何はともあれよかった。
「ジャスティさーん!ご主人様見つかりましたー!」
話がついたところでタイミングよくノエルが帰ってきた。フレイも一緒の様だな。
きっと不意に現れた謎の少女にフレイは目を丸くするだろうな。シルヴィは人見知り気味っぽいし、俺がしっかり紹介してやらないと。
―――――――――――――――――
「――という訳で、今日から俺の使い魔をさせることにしたんだ」
昨日シルヴィと会って、ここでまた会う約束をしたこと、そして使い魔にすることにしたこと。
その理由をフレイとノエルにしっかりと説明した。
「あの⋯⋯」
俺の横でずっと俺とノエルの顔を見ていたシルヴィが、フレイの顔を見て声を出した。
「あなたがノエルさんのご主人様ですか?」
「えっと、そうだよ。僕も自己紹介するね」
フレイもシルヴィの事を見つめ返すが、シルヴィは視線を逸らさずにしっかり話を聞こうとしていた。
「僕はフレイ。フレイ・ソディカル。君が言った通り、ノエルの主人をさせてもらっている。ね、ノエル?」
フレイがノエルの顔を見ると、ノエルは「はい!」と気持ちの良い返事を返した。
「お二人は仲良しなんですね」
シルヴィはちょっぴり羨ましそうに呟き、こちらを覗き込んだ。
「でもノエルは昨日呼ばれたばかりなんだぞ?不思議だよなぁ、来たばっかりであんなに懐いてるのは初めて見たぜ」
他人事の様に言ったけど、そんな俺も今日から使い魔を持つんだよな。
だが、フレイは召喚士で俺は召喚士ではない。当たり前だが、その時点で何か主として負けてる気がする。
と言っても、召喚士ではないにも関わらず使い魔を持っているというのは別段特別という訳では無い⋯⋯筈だ。
野良魔族をあの手この手で捕まえて奴隷として売りさばく集団がいるって話を耳にした事がある。
そこで野良魔族を買って自分の使い魔にしてしまえば召喚士で無くとも使い魔を持つことができる。
「⋯⋯んっ、んー?」
気づくと、シルヴィがすんすんと鼻を鳴らして辺りの匂いを嗅いでいた。
「どうしたんだ?」
「んー⋯⋯?」
最初はキョロキョロしていたシルヴィだったが、不意に一点を注視し始めた。
それはフレイが背負っていた鞄だった。そこに何があるというのだ。
「あっ、シルヴィさんもですか?やっぱり気のせいじゃないですよね?」
ノエルもその匂いを感づいていたらしく、シルヴィと同様に鼻を鳴らし始めた。
「どれどれ⋯⋯」
二人の真似をする様に俺も鼻を鳴らして匂いを嗅いでみる。
くんくん、すんすん。
⋯⋯いや、特に気になる匂いなんて無いぞ?こいつらには何が匂ってるのだろうか。
「やっぱり二人には分かっちゃうんだね。いいよ、ちょっと待ってて」
そう言うとフレイは鞄を体の前へと持ち直す。
その最中も、魔族二人は目をキラキラと輝かせながらその鞄を目で追い続けていた。
がさごそと鞄の中を漁っていたフレイだったが、何かを掴むと突っ込んでいた手をおもむろに抜き出した。
「じゃーん!」
嬉しそうに抜き出したその手には、紙に包まれたパンが握られていた。
「わぁ!パン!」
これまた嬉しそうにシルヴィが声を上げる。
二人が感じ取っていた匂いはフレイが隠し持っていたパンの匂いだったみたいだ。
いざパンを外に出されれば俺にでも分かる、結構美味しそうな匂いだって。
二人共犬っぽい耳と尻尾を持っているし、耳もそうだが鼻も良かったりって事なのか?
「そのパン何処で買ってきたんだ?」
俺は朝食はちゃんと取ったし別段そのパンに興味は無いのだが、だからって何処で手に入れた物なのかぐらい知っておかないとなんだか怖い。
「普通にパン屋さんだよ。美味しそうだったから買ってきちゃった」
買ってきちゃったじゃないよ、もう。
と言っても、俺は一人で食べたから皆が朝食を取ったかどうかなんて知らないんだよな。
シルヴィは勿論、ノエルの今でもかぶりつきたそうな目、そしてパンを買ってきてしまったフレイ。
⋯⋯恐らく俺以外誰一人として飯を食べていない。
「何やってんだお前ら、飯食ってないのかよ」
「そうなんだよ、ノエルがわたわたしてて無理矢理僕のことを起こすから食べてる時間が無かったんだ」
フレイの顔は割かし困った顔だった。そして、ノエルの顔はもっと困った顔をしていた。
「ボクが悪いんですか!?本当だったらご主人様にはもっと早く起きてもらって、ジャスティさんと三人で朝ご飯を食べる筈だったんですよ!?」
声を荒らげて話すノエル。
嬉しいことを言ってくれているが、俺はそんな話は聞かされていないぞ。
「⋯⋯⋯⋯」
そんなくだらない会話をしていた二人を横目にシルヴィの様子を見てみると、キラキラしていた顔はいつの間にか俯き気味になってしまっていた。
俺はフレイ達に背中を向けてシルヴィにその理由を訊いてみることにした。
「今度はどうしたんだ?美味そうなパンだぞ、嬉しくないのか?」
目線を合わせるために中腰になって尋ねてみると、俺の近くでボソボソと話しだした。
「出会ったばかりの見ず知らずの私なんかが食べる物なんて無いんじゃないのかな⋯⋯って思って」
なんだ、そんなこと気にしてたのか。
フレイは魔族に嫌な感情を持ったりはしていないし、そんな心配はないはず。
「なぁフレイ、因みに何個買ったんだ?」
そして優しそうなフレイの事だから、自分の分にノエルの分、そして俺の分。合計三つ買ってきていると俺は睨んでいる。
「三つだよ。僕達の分とジャスティの分」
ほら、やっぱりその通りだった。
正直なところ、俺は飯を食ったし要らないんだよな。
「あっ、そうか。シルヴィが来たから三つじゃ足りないな⋯⋯。今からもう一つ買ってくる?」
使うのは勿論自分の金だろうに、ちょっと優しすぎじゃないか。
「あぁ待て待て、俺は既に飯は食ったんだよ。だから俺の分はシルヴィに食わせてやってくれ」
「えっ?」
シルヴィはキョトンとしてこちらを見つめ、パンを見つめ、またこちらを見つめ。貰っていいのか確認しているようだった。
「⋯⋯良いんですか?私なんかが食べさせて貰っちゃって」
勿論だ。昨日の夜も何も食べずに今日を迎えたんだろう、お腹が空いてて当然だ。寧ろそれで倒れられたりでもしたら俺が困る。
ただ⋯⋯今の一言が俺の中で引っかかってしまった。
「やるよ、と言いたいところだが――、一つ約束をしてくれ」
「約束⋯⋯?」
「自分を貶すな。私なんか、なんて言うな。お前は俺の使い魔として、パートナーとして、胸を張っていればいいんだ」
シルヴィは俺の言葉で呆気に取られてしまっていたが、段々と嬉しそうに頬が緩んでいく。
「⋯⋯っ、はい!」
そして――ガブリ。
「はぁぁぁ⋯⋯!美味しいです⋯⋯!」
口の中にパンを入れたまま頬の緩みは最高にまで達していた。
なんとも気の抜けた可愛らしい笑顔を見せるシルヴィ。このままゆっくり食べさせてやりたいところだが、そうもしてられない。
「さてと、そろそろ行くぞ。パンなら別に歩きながらでも食えるだろ?」
俺はシルヴィと、美味しそうに黙々とパンを食べ続けていたもう二人に呼びかけると、返事も聞かぬままに目的地へと足を動かし始めた。
「わっ、待ってください〜!」
両手でパンを握りしめたままこちらの側まで走ってくるシルヴィ。
俺のすぐ隣を歩きだすと、彼女は俺の顔を見てにこやかに笑った。
「ずっと一緒ですよ、ご主人様!」
ご主人様、か。
うん、悪くない響きだ。
「ああ、ずっと一緒だ」
真っ白な髪で、垂れた耳が生えた頭を軽く撫でる。
野良魔族を少しだけ経験してしまった彼女だったが、もう二度とそんな経験はさせはしない。
そんな想いを胸に秘め、初めての使い魔を連れて俺は、俺達は王都ファルシアを目指して旅を再開した。
実はノエルくんの怪我の事忘れてたんだよね
このまま忘れたフリしとこ