3.偶然の出会い
俺は街に入ってすぐ左に伸びたまっすぐな道を歩いていた。
川の流れる音が聞こえる。街の北に沿うように流れる川で武器に付着した血を洗い流すために向かっている。
とぼとぼ歩きながら、俺は街の雰囲気を眺めていた。
今歩いているのは街の端なだけあって街灯などもなく、明かりといえば街の中心の方から溢れてくる淡い光だけだ。
明るすぎる所は好きではない。俺が住んでいた村、プーア村には小さな街灯が一つ二つ程度しかなかった。だからどっちかっていうと暗い所の方が俺は好きなんだ。
手に持った三つの武器を見つめる。
少し重みのある剣に、細身で軽い剣に、小さな短剣。
俺の剣以外は少々頼りなさげだが、フレイは召喚士、使い魔であるノエルが傍にいる。
使い魔⋯⋯か。俺も昔は召喚士を目指したことがあったな。
魔力の成長は十五歳で止まると言われている。使い魔を使役して一緒に戦う召喚士の話を聞いて、あの時は必死に勉強したもんだ。
召喚士になれるだけの知識は手に入れた。でも魔力が足りなかった。
母親や友達に止められて、俺は使い魔を召喚することを諦めたんだ。
諦めはしたが、俺だって自分の使い魔が欲しいという気持ちは変わらない。だからだろうか、自分の使い魔でもないのに、健気で可愛らしい笑顔を見せるあの子を守ってやりたくなる。
とは言っても彼らがファルシアに着いてから何をするのかはまだ分からない。彼らとの旅はファルシアがゴールとなるだろう。とても短い旅だな。
川の音が近くなってきた。顔を上げると、二人を助ける前に剣を洗った川と同じ川が見えた。
河原に続く階段を降りると、川のそばまで近づいた。
辺りは先程よりも暗くなり、水と一緒に川を流れる涼しい風が吹き抜ける。
さてと、さっさと洗って宿に向かうか。腹も減ったし、何より歩きすぎて疲れた。
武器を地面に置き、腰を下ろす。自分の剣を手に取ると、鞘から抜いた。
うわっ、思ってたより汚くなったな。
流れるように使える細身の剣とは違い、力強く斬り払うように使う武器だ。
この汚さはきっと力任せに叩き斬った時の影響だろうか。もう少し戦い方を考えた方がいいかもしれないな。
⋯⋯よし、こんなもんでいいかな。
川の水で綺麗になった剣を、これまた川の水で綺麗にした鞘にしまう。
自分の武器を置いて次の武器を手に持つ。
これはフレイの武器だな。細い剣だ。
鞘から抜いてみると、血は刀身の真ん中から先にかけて集中している。
流れるように斬るには根本では斬りづらい。よって剣の先で斬るようにするのが良いらしい。俺にはちょっと向かないかな⋯⋯。
⋯⋯よし、それじゃあ次だ。
さっきと同じように剣を鞘にしまうと、俺は次の武器を手にした。
なんとも短い短剣だ。剣を持ったことがない人でも振る分には充分だろう。
ただし戦うとなると別だ。
短剣の良いところは、見た目通りの軽さ。俺の剣と違って器用に素早く斬ることができるだろう。
逆にその見た目通り、刀身の短さが最大の弱点だ。短いとそれだけ敵に腕や体を近づけなくてはならない。
近づいて斬る前にこちらが攻撃されてしまうなんて、笑えない冗談だ。
それに⋯⋯。
俺は短剣を鞘から抜いた。
その短剣は鍔や柄まで赤く、黒くなっていた。
手が汚れやすいんだ。斬る部分と持つ部分が近いからな。
短剣を川へと突っ込み、ゴシゴシとタオルで擦り始める。柄は念入りに擦り、血の色を落としていく。
⋯⋯ふぅ。これが一番時間がかかったかもな。
鞘にしまって、他の二つも拾い上げる。
あそこが広場に続く道かな?
振り返り、幾つかある道に目を向けると一際大きく、明るい光が漏れ出す道があった。おそらくそれがそうだろう。
階段を登り、道に入ろうとすると一人の少女とすれ違った。
少し俯き気味で顔は見えなかったが、白い綺麗な髪をしていて、身分が低い者が着ていそうな布でできた汚れた服を着ていた。そして見間違えでなければ頭の上には人のものでは無い耳が生えていた。
俺は振り返って彼女を見つめた。
衣服の裾からは垂れ下がった長い尻尾が姿を見せていた。やっぱり魔族だったか。
でもこんな時間にあんなに汚れた服を着て、川に何の用があるのだろうか?
武器は持っていなかったし、俺の用事とは違うことは明らかだ。
少し、気になるな。
少女は階段を降りて川へと近づいていく。俺はそれを階段の上から眺めていた。
俺の今の行動は変質者か?ストーカーか?
こんなことをしているんだから否定はできないな⋯⋯。
少女は川の側まで近づくと地面に膝をつけて頭を下げた。
ここからじゃ何をやってるのか分からないな。
魔族だし、近づいてもいいよな?な?
誰に聞くわけでもなく自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、俺は少女の下に行くために階段を降り始めた。
頭を下げたままだった少女だが、顔を上げたと思ったら口元を腕で拭いだした。
⋯⋯川の水を飲んでいるのか?水を飲むぐらいなら宿かどこかで頼めばいいのに。
それに、さっきからこいつの主人が見当たらない。こいつ一人だけで川に水を飲みに来るなんておかしな話だし、もしかして⋯⋯。
いや、決めつけるのはまだ早いな。ちょっと話を聞いてみるか。
俺は少女の後ろに立った。水を飲んでいる最中のようで頭を下げている。
飲んでいる最中に声をかけるのは悪いかと思い、顔を上げて口を拭うのを待ってから声をかけた。
「おい、何やってんだ?」
「きゃあっ!!」
俺の声に驚いたのか、声を上げて飛び跳ねてしまった。
「だ、だれですか⋯⋯?」
びくびくした様子で振り返る少女。
こりゃ階段の方で戻ってくるまで待ってればよかったかな。
「俺はジャスティス。ジャスティス・マルドゥークだ。別に怪しくないから安心してくれ。お前は?」
名前を聞き返すものの、少女は首を横に振ってしまった。
「知らない人に名前を教えちゃダメだってお母さんに言われてるから⋯⋯ごめんなさい」
なるほど、見知らぬ人には名乗るなと教わっているのか。しっかりした母親なんだな。
「それで、そのジャスティスさんが私に何の用ですか?」
「だから、何をしてるのかを聞いたんだ」
少女は少しだけ俯いてしまった。やはり言いたくないか。
「⋯⋯お水を飲みに来たんです。ただそれだけですから」
本当に水を飲むためなだけだったようだ。
「へぇ。ところで、お前の主人はどこにいるんだ?使い魔を一人で歩かせるなんて世間知らずもいいところだ」
水はもういいらしく、少女は俯いたまま階段の方へと歩いていき、腰をかけた。この様子、ほっとけないな。
「分かりません。今日呼ばれたと思ったら、少しだけ会話した後この街の近くに飛ばされて⋯⋯」
飛ばされて⋯⋯?もしかして転移魔法か!?
転移魔法を使うにはかなりの魔力と技量、そして素質が必要だ。召喚してなおそれだけの魔法が扱えるとなると、こいつの主人は強い力の持ち主なのかもしれない。
「人間さん達は私を冷たい目で見たり、声をかけてみれば罵声を浴びせられたり⋯⋯。私が何をしたって言うんですか⋯⋯?」
今にも泣きだしそうな震えた声で俺に問いかける少女。
落ち着かせるために背中を撫でてやろうと手を伸ばしたが、たった今彼女が言った言葉を思い出し、手を止めた。
この言葉を言ってしまえば完全に人間不信に陥ってしまうかもしれない。
だけど、この世界に来たからには人間達のことは知っておいて貰わなければならないだろう。
「主人を持たない魔族は野良魔族と呼ばれるんだ。こっちの世界では魔族は基本的には人間の奴隷のような扱いをされている」
「奴隷⋯⋯?」
奴隷という言葉が正しかったのかどうかは分からない。ペットや友達として呼ぶ人間もいる。
だが、実際に奴隷として働かせていたり、戦争の道具として使われていたりするのも事実だ。
「だから、魔族が一人で歩いていると人間達は野良魔族だと思う。野良魔族は悪さをすると思われているから人間達は一人で歩く魔族に冷たいんだ」
「私っ、悪さなんてしません!」
「お前がしなくてもしてきた奴らがいるんだよ。主人がいなくなり、生きていけなくなった魔族が盗み等の悪さを働く」
俺は彼女に寄り添えるぐらい近づくと、すぐ隣に腰をかけた。
「でもそれは、主人がいなくなると生きていけなくなってしまうこの世界が悪いんだ。悪いのは魔族じゃない、人間なんだ」
彼女は驚いた顔で俺を見た。人間なのに人間の味方をしていないから驚いたのか?でも実際悪いのは人間だ。
「悪さをする人間だっているはずなのに、同族だからか人間は人間を敵視したりはあまりしない。そんなの不公平だ、俺は許せない」
不遇な目にあってしまった彼女を見ていられず、紺色に染まった空を見上げた。
「そんなこと言ったって俺も人間だ。お前には憎い存在に見えるかもしれない」
彼女を救うとしたら、俺にできるのは傍にいてあげることぐらいだ。
人間の傍にいれば野良魔族だとは思われない。そうすれば不遇な目にもあわずに済む。
「なぁ、俺の使い魔にならないか?」
「えっ?」
この子を救うにはこれしかない。野良魔族は悪さをしてなんとか生き延びるか、追放されてモンスターに殺されるか。大体はこの二択だ。
「使い魔⋯⋯ですか?」
突然の言葉に困惑しているようだった。会ったばかりの見知らぬ男に俺の物になれと言われたようなものだ、無理もないだろう。
「ああ。これから先、人間無しで生き延びるには悪さをして逃げながら生きるか、不当な給料で働かされながら貧しく生きるか。この二択だ。どちらを選んでも仲間は殆どいないだろう」
盗みを働けば勿論捕まり、ボロボロになりながらキツイ労働をさせられるのがオチだ。
働こうにも、一日生き延びるので精一杯な給料を貰いながら貧乏生活。ただし歩いているだけで冷たい目で見られ、酷い時には暴力にあったりもする。
「でも人間といれば、人間の使い魔になれば、少なくともまともに街を、世界を歩けるはずだ」
彼女の目は泳いでおり、オドオドとしていた。
少しでも考えてくれればいいのだが⋯⋯。
「こんなクソみたいな世界で⋯⋯悪いな」
「ジャスティスさんが謝る必要なんかっ!」
彼女は声を上げると、俺の手を両手で掴んだ。
急な行動に俺は唖然としてしまい、その沈黙の後、「あっ!」と彼女は俺の手を離してそっぽを向いてしまった。
「その、ジャスティスさんは何も悪くないですから⋯⋯」
その言葉だけでもありがたい。
「ありがとう。それでどうする?俺についてくるか?」
肝心なのはそこだ。答えを聞くまで俺はここを動けない。
彼女は再び下を向いてしまった。ハッキリと嫌だと言わないところを見るに、悩んでいるのだろうか。
「⋯⋯少し時間を下さい、お願いします」
よし、悩んでくれるているようだ。
「分かった。明日の朝、俺は街の東から街を出る。返事はそこで聞かせてくれ」
「えっと、お日様が昇る方ですよね?分かりました」
お日様が昇る方⋯⋯東で合ってるな。ソーサルでも太陽は東から昇るみたいだ。
「ああ。それじゃあ、あー⋯⋯えーっと⋯⋯」
名前を呼ぼうとして、ずっと名前を聞いていなかったことを思い出した。知らない人には名乗るなと言われてたんだったな。
「シルヴィです。ジャスティスさん」
俺が困っているのを見て、彼女は微かに笑い、自己紹介をしてくれた。
「名乗らないんじゃなかったのか?」
茶化すように言うと、シルヴィは大袈裟なぐらいに首を横に振った。
「なんだか、ジャスティスさんなら大丈夫かなって!」
見知らぬ男を信用してしまうなんて、やっぱりこいつはほっとけないな。
だけど、正直嬉しい。少し、いや、けっこう嬉しい。
「ありがとな。じゃあまた明日会おうな、シルヴィ」
「はい!また明日!」
頭をポンと叩くと、シルヴィは少しだけ口を開けて笑った。
この様子なら恐らく明日、来てくれるだろう。楽しみだ。
俺は立ち上がると、階段を登って広場への通りの前まで歩き、振り返った。
彼女の背中は落ち込んで丸くなっていた今までとは打って変わり、未来を明るく生きようとしているかのようなまっすぐな背中に変わっていた。
夜空にはポツポツと幾つかの星々が輝いており、その凛々しくなった背中をこちらへ向けて、彼女はその夜空を眺めていた。
人の魅力とかどう書けばいいのか分からないよォ
難しいよォ!!!