協力者
翌日の午後、聖は山田鈴子に電話を架けた。
「にいちゃん、丁度いい。今近くにおるんや。来たらどう?」
<山田動物霊園>に来ているという。
「どっちから、行こうか?」
車で県道から行くか、
山道をあるいて行くか、
迷いを口に出したら、シロが短く吠えた。
そして、まとわりつく。
「そっか、一緒に行きたいよな」
近くに新しい施設が出来たのだ。
シロも行きたいに違いない。
いや、もしかしたら
シロは山を自由に走っているから、行ったことがあるのかも。
シロに先導され森を歩く。
どこかで木立は途切れ、(霊園にするために伐採しただろう)
見た事の無い風景が現れると予測して。
ところが、行けども行けども、森は普通の森のままだった。
そして
何と、吉村紀一朗の小屋があった。
赤茶の屋根、
白い壁、
緑のドアの、
可愛らしい家が木立の間にはっきり見える。
「とり壊してないの? なんでそのまま?」
シロに言う。
シロは(違う)と言いたげに首を傾ける。
近付くと小屋はそのままでは無かった。
屋根と壁は同じ色だが塗り替えられていた。
そして、小屋の裏にトイレと焼却炉。
緑のドアには「山田動物霊園事務所」と札がかかっていた。
「リフォームして事務所にした、って事?」
聖は驚きすぎて大きな声。
声は<山びこ>になって拡散する。
「橋が高く付いたからな、立派な事務所は、儲けてからや」
鈴子が事務所の中から出てきた。
聖の大きな独り言が聞こえたらしい。
オレンジ色のスーツ。
白いハイヒールは汚れていない。
此処まで車で来たらしい。
「橋? あ、そうか新しい橋が出来たんですね」
ベンツが通れる幅の立派な橋に違いない。
<イノシシ男事件>の殺害現場として有名になった赤い橋は、そのまま使えない、
と鈴子は言う。
(この小屋も充分忌まわしいと思うけど)
と、思ったが黙っていた。
<首斬り紀一朗>の話はタブーだった。
小屋の中は見違えるほど綺麗になっていた。
受付のカウンターと、応接セット。
どれも木製で一部にタイルがはめ込まれており、
おしゃれなカフェのような雰囲気だ。
鈴子は一人だった。
もちろん、守護霊は連れている。カウンターの端に肘をついて、まったりしている。
「なんで岩切山ホテルに決めたか知りたい、やったな?」
どうして?
と、鈴子は聞かなかった。
19人の死を予知した、あの青ざめた様子が別人だったかのように、
事務的な口調だった。
「土地の売買の関係で、吉村さんの連絡先が判っていて、あの人に親睦会のプランを話し、どこがいいか聞いた」
「吉村さん、なんだ」
日程も、吉村の都合に合わせたという。
「隣組の皆さんは皆自由業やろ。吉村さんは非常勤か嘱託で週に3日仕事にいってはる。それで吉村さんの都合に合わせた」
「成る程」
事実は単純だった。
そして自然な成り行きだった。
岩切山ホテルは老舗だから、年寄り達に受けがいい。
吉村のチョイスは不自然では無い。
日程を決めるときも、娘の同窓会が頭にあって、
どうせなら同じ日がいいと思うのも自然だ。
吉村加世をバスに乗せない為に
誰かが日程を操作したのではなかった。
「確か、そう言ってた、うちの総務の子が」
言いながらも、鈴子は書類を眺め、時計を気にしている。
誰かと打ち合わせがあるに違いない。
「済みません、忙しいときに。またオープンしたら、来ます」
聖は軽く頭をさげた。
すると、鈴子が、
「待って、偶然やねんけど、」
と呟く。
「偶然?」
「そう。総務のヤノさんな、あの、バス事故で友達が二人死んだと言ってた。高校の友達なんやて」
「……そう、なんですか」
この偶然が、何故か心に引っかかった。
「どう思う? 大阪市内の会社に勤めている人が、奈良の中学出身の二人と同じ高校。凄い偶然って程でも無いけど」
その夜、マユに、聞いた。
まだ九時なのに、気がつけば隣に居た。
「何て名前の人?」
マユは興味を示している。
「ヤノって言ってた。どんな字書くのか聞いてない」
「女の人?」
「総務だから、そうじゃないのかな」
山田工務店には行った事がある。
ヤノは、あの時の派手な感じの事務員かなと、思う。
「ねえ、吉村さんに電話して聞いてみたら?」
今すぐに、というように、パソコンのキーボードの横に置いてあるスマホを指差す。
「えっ? 吉村さんに、俺が、何を聞くの?」
「ヤノさんが山田社長に報告した通りかどうか確認するの」
ヤノは友達の、<同窓会>を知っていたかも知れない。
桜井穂乃華が殺されたのも、
吉村加世だけは関係ないことも、
……つまり、桜井美穂の復讐の協力者の可能性があると。
「有り得なくは無い、か。……けど、俺自信ない。吉村さんになんて切り出したらいいのかな。絶対変に思われるよ」
「そうね」
マユは少し考えて悪戯っぽく笑う。
聖は嫌な予感がする。
「こういうのはどう? 聖がヤノさんを気に入ってる事にするの。電話で話したらしいけど、彼女の電話番号知りたいんですが、山田社長には聞きにくいんで、間に入ってくれませんか、って」
「へっ?」
「うまくいけば、聖はヤノさんに合えるし、一石二鳥でしょ」
「そうなの?」
聖は、マユのプランはとうてい受け入れられない。
大事故から日も浅いのに、吉村に<女の子>の話をするなんて、軽薄な奴だと馬鹿にされるでは無いか。
でも、あっさり嫌だと言えない。
「あ、無理。……だって俺、吉村さんの電話番号知らない」
本当だった。
うまい逃げ道があって良かった。
だがマユは引き下がらない。
「多分、刑事さんなら知ってるでしょ?」
と、またスマホを指差す。
仕方なく、結月薫に電話をかける。
出るなと、祈りながら。
「おう、セイか」
すぐに出た。
「突然で悪いけど、吉村さんの電話番号、知ってる? ……しらないよな」
知らん、と言って切って欲しい。
ところが
「知ってるよ。すぐラインで送る」
と言って切った。
「これで電話できるわね」
マユがにっこり笑う。
「そ、そうです。山田工務店の電話かけてきたヤノさんです。あの人の連絡先が知りたいって、カオルがね、一目惚れ、っていうか、超タイプっていうか……」
と、とっさにマユのプランを変更していた。
「へーえ、そうなんだ」
吉村は不審がらなかった。
「分からないもんだね。あのカオル君がねえ」
と妙に話に乗ってきた。
「吉村さんが、岩切山ホテルに、娘さんの同窓会の日が都合いいって、何か、そんなやり取りしたって山田社長に聞いたから」
肝心の事をさりげなく聞いた。
「ああ、そうそう。確か候補を3つあげて、選んで欲しいって。京都嵐山の料亭と、神戸の高級中華料理、と、岩切山ホテル」
聞いた瞬間、
聖の背中に冷たい物が走る。
京都や神戸は、老人達には遠すぎる。
岩切山ホテルを選ばせる為の3択じゃないのか?
「日程もね、あの日と、随分、先の日だったので、先の予定はわからないし、あの日は娘も岩切山ホテルで同窓会だから、丁度良いと思いましてね」
これは、2択。
<あの日>を吉村が選ぶ確率は高い。
マユの推理は当たっていたのか。
「ああ、でも、ヤノさんと話したのはそれだけですよ。カオル君には悪いけど、残念ながら、お役に立てない」
と、ちょっと笑っている。
「そうですよね。済みませんでした。ヘンな電話して」
謝って電話を切ろうとした。
すると吉村が、ぽつりと、最後に言った。
「彼の、プライベートの電話番号は知らないと、言っといて下さい」