皆殺しのチャンス
桜井穂乃華の写真について
マユの見立ては正しかった。
綺麗すぎる写真は、<市政だより>の表紙を飾った物だった。
穂乃華が亡くなった翌月の1月号だ。
表紙全部載っている画像が出てきたのですぐに判った。
「それにしても、どうして、この写真がこんなに話題になっているんだろう」
「それは、……多分、穂乃華ちゃんが、可愛いからでしょ」
「成る程、……顔面偏差値70、神レベル、なんだ。こっちの<死の直前の写真>と、閲覧数が桁違いだ」
19人の犠牲者が岩切山ホテルで撮った、最後の集合写真をマユに見せる。
「あら? 20人、居るわ」
写真には吉村加世も写っていた。
「生き残ったカヨさんが入ってるからね」
聖は、指差して教える。
「岩切北中学3年1組女子会、って書いてあるね」
マユは集合写真の前列中央のプラカードの文字を追う。
そして、視線は揺れ、ゆっくり立ち上がった。
「どうしたの?」
聖は、推理が始まったらしいに様子に戸惑う。
集合写真の何が気にかかったのか、見当もつかない。
「穂乃華ちゃんのね、写真が撮られた時の状況を、想像してみたの。市の中学で恒例の登山の写真にしようと、まず決まったのでしょうね。そして現場に取材に行く」
「……そんな感じだろうね。市民に配布する月刊誌の表紙だから、現場で撮った写真の中から選ぶんだろうな」
「そうよね。小学校の運動会、幼稚園児の芋掘り……イベントが一目で分かる写真。つまり、数人で何かをしている写真、でいいのよ」
登山の写真なら、山を登っている集団の写真でも良かったのだ。
「表紙が一人っていうのは、何かの賞を取った人とか、最高年齢の人とか……」
言われてみれば、話題性の無い中学生少女のアップが表紙は珍しいかも、と思う。
「現場で、凄い美少女を見つけて、この子を表紙にしようって、なったのかしら?」
あり得る、と聖は頷く。
でも、それが何?
たいした事じゃない。
こんなに可愛い。誰も文句は言わないだろう。
「文句は言えない、よね。自分たちの中から、一人可愛い子を選んで、大人達が連れて行く。その子が写真を撮られている間、ただ待っている。寒い山の上で」
マユは、穂乃華以外の3年1組の女子が、現場に居たと想定した。
「面白くはないだろうな……写真を撮った後、下山中に転倒して死んだ。3年1組の女子が撮影を待って一緒に山を下りた……面白くない気分の腹いせに、誰かが突き飛ばしたとか?」
マユがそう推理したなら、飛躍しすぎだと思う。
「同窓会、出席率が良すぎるわ。20人って、ほぼ全員よね。しかも男子抜き」
不自然だと、マユは言う。
3年1組女子の、<強い結束>を感じると。
「通っていた中学は岩切山ホテルに近そうね。……同窓会に、このホテルを使う確率は高かったかも」
マユは19人で穂乃華を事故に見せかけ殺した可能性が有ると言う。
桜井美穂は、その事実を知っている。
岩切山ホテルに入り込んで、同窓会で遭遇するチャンスを待ったと。
「有り得ないよ。確かにあのホテルで同窓会は、確率は高い。でも他の無数にある会場より、ちょっと高い位だよ。それに運転手で入っても、彼女たちに当たるかどうかわからない。桜井美穂が、彼女たちに会ったのは、偶然だよ」
事故が殺人であったとしても、計画性は無いと、刑事の薫も言っていた。
「確率は低くても、唯一、確実に全員殺せるチャンスじゃない? たとえば、一人づつ殺していくのは不可能でしょ。皆殺しが目的として、他に女の人が一人で確実にやれる方法があるかしら?」
「全員、皆殺し……」
聖は、19人皆で穂乃華を殺したとは考えられない。
「同窓会の出席率が高いのは、ただ仲良しだからじゃないの。バスに乗り込む前、楽しそうに喋っていたよ」
彼女たちの<最後の写真>を拡大する。
無残な死を目撃した。
直後の運命を知らない、笑顔は痛々しい。
「仲よさそうじゃないか。似たようなファッションだし(吉村加世以外)、ほら、ネイルアート皆、している(吉村加世以外)……それも片手だけ。流行なのかな。皆、片手だけ」
最後の言葉に、
マユは、
「えっ?」
と大きな声を出した。
そして聖の後ろに立つ。
両手を聖の肩に。
ふわりと、感触がある。
長い髪が、頬に触れるのも感じる。
唇が、いま耳に触れた。
「セイ、片手だけって、今言ったよね」
生者のような強い響きの声だ。
「……うん」
聖の返事は小さい。
マユに圧倒されている。
マユの何に圧倒されているのか、言葉に出来ないけれど。
「片手だけ、ネイルアートしている。皆、片手だけ。……セイには、そう見えるのね」