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死の直前の写真

「腹減った」

と薫が言う。

「……そう言えば、昼は御馳走だったけど、そのあとはサンドイッチしか食べてないか」

聖もビールだけでは物足りない感じがしてきた。

(おつまみのチーズは薫が全部食べてしまった)

「俺なんか、サンドイッチも食べてないねんで……可哀想やろ?」

と顎を作業室に向ける。

「オムライスが無性に食べたい」

と我が儘も言う。


「うん」

聖は作業室に行く。

薫はずっと事故現場で働いていた。

そのうえ吉村親娘を此処まで連れてきた。

疲れ切っているうえに空腹では、

確かに可哀想だ。


「オムライス……冷凍ご飯と、挽肉とタマネギと卵かな」

独り言を言いながら冷凍庫をまさぐる。


「マスター、ミンチないですよ。代用はエビがオススメかな」

と声は<昴>だ。

作業所に居着いている少年の幽霊。

彼は剥製造りに、取り憑かれている。

こんな風に剥製作業中以外に出てくるのは珍しい。


「マスター何かあったんでしょ? 夜中に料理って事は、お友達の刑事さんが、こんな時間に居るんだ。きっと、また事件ですよね?」

嬉々としている。

「事件っていうか、今のところは事故だけど」

「事故ですか。それって人が死んだんですか?」

「うん、若い女の人が19人。バスの事故」

「19人、って大事故じゃないですか」


喋ってしまって後悔する。

うるさく聞いてくるだろうと。

昴は好奇心旺盛で退屈しているだろうから。

でも、少年はそれ以上突っ込んでこない。

「卵はね、バターとチーズを細切れしたのと絡めて軽く焼くんですよ、」

と話題を変えた。



「おお、なんて美味いオムライスや」

薫は感動していた。

確かに美味い。

昴はどこでこのレシピを学んだかと考える。

そして、家で作って貰ったのかと気付く。

聖が知らない<母の味>だった。


「事故じゃ無いかもって、言ったよね。あれは操作ミスじゃないって事?」

薫に聞いてみた。

刑事は満足そうに食後の一服、タバコを吸っている。

「普通では考えられないミスや。そんで自分だけ脱出してる。何らかの疾患が原因の操作ミスではないやろ」

運転手、桜井美穂は故意にバスを転落させたのか?

「最初に、バスがバックしたのは、まだ、間違いとして、あり得る範囲や。……しかし、さらに後ろへ急発進した。柵を破って一旦車は停まった。ところが三回目のバックや。何でやと、現場に居た誰もが思った。桜井美穂は、アクセルを踏み込んで、直ぐさま、窓から飛び出したしたんや。だから、命が助かった」

「窓から、なんだ」

バスのドアはスライド式のが一つだけ。

転落直前に、そこに犠牲者達が群がった。


「……アクセルを左足で踏みながら窓から身を乗り出してたかも知れないんや」

もしそうなら、駐車場に居た誰かが見たのでは無いか?

自分は、見ていない。

運転席側の窓が視界に入った記憶が無い……。

どうしてか?

崖は、ホテル正面から見て右側で、

バスは駐車場の出入り口近くに停められていた。

玄関前に居た人達から見て、右側の一番遠いスペースだ。

ドアが開いて、犠牲者達が乗り込むのを見た、それぞれが席に座るのも。

つまりバスの左側面しか見ていない事を思い出す。


「あんな、運転手が脱出したポイントは、駐車場からも、前の道路からも車体の右側面の前が、死角になるんや」

「そうなんだ。……偶然かな?」

「分からんな。脱出の瞬間を目撃できたのは、バスに乗っていた女の子たちだけや」


聖は、桜井美穂がしゃがみ込んでいた姿を思い出す。

頭を垂れ、すすり泣いていたと。

重大事故を引き起こしたショックで立つことも出来ない、

そんな風に見えた。


事故では無いのか?

では何故19人殺した?

死んだ娘の同級生を、

どんな恨みで殺した?

そして

19人殺せる状況は、偶然か?


翌日には、運転手の供述がニュースに出た。

「死んだ娘の同級生に思いがけなく出会って、動揺しました。それで操作を誤って……その事で、もっと動揺して、パニックになってしまいました。自分が何をしたか覚えていません」


桜井穂乃華の顔写真がネット上に出回った。


徐々に

桜井美穂のプロフィールが明かされると、同情の声も沸いてきた。


学校という職場から去ったのは、

娘と同じ年頃の子供達を見るのが辛いのと、

悲しい、辛い心ではピアノを奏でられなかった。

……とても音楽教師は務まらない。

 

鬱病で通院し、薬を飲んでいた時期もあったという。


「バスの運転手になったのは何故?」

マユが、聞く。


久しぶりに工房に現れた。

毎晩、会いたいと祈ったおかげかも……と、聖は思う。


一気に喋ったバス事故の話に、

マユは興味を示した。


「小さい頃の夢だって。男子みたいだな。トラックでも良かったらしい。大きな車の運転手に憧れていたらしい」

「運転手と、同級生の出会いは偶然としか考えられない。……ねえ、松本清張の短編小説に、こんな話があるのよ。バスガイドがね、元恋人と偶然会うの。新しい恋人と観光バスに乗ってくるの。バスは山道の細いカーブにさしかかる。ガードレールの無い道だからバスガイドは降りて誘導するの。笛で知らせるのよ。その時にね、魔が差すの。元恋人への憎悪と嫉妬、死ねばいいと思っちゃう……それでね、ストップの合図するつもりが、オーライ、って合図してしまった」

「バスは転落するよね」

「そう。崖から転落。乗客全員死亡よね。怖い話でしょ。なんか、思い出しちゃったの。娘さんは事故死、同級生を恨む理由は無い。でも大人になった同級生達を見てしまって……どうして娘だけ、って悲しい辛い感情が湧いてきても不思議ではないんだし……」


……強い殺意を持ち続けていたのではない。

……見たくない、会いたくない人たちに過ぎなかった。


「思いがけない出会いに動揺してパニックになって……今ならこの子達を殺せると、潜在意識の中にあった悪魔の声が聞こえてきたのかな」

 立証は難しいが、殺意はあったのではないか。

 だが、計画的な殺人ではないと、マユも推理する。


「穂乃華ちゃん、可愛いわね。これは亡くなる直前の写真かな」

 哀れむように写真を眺める。

 自分も、若くして死んだのに。


「セイ、この写真、綺麗すぎない?」

 不意に、マユの声が大きくなる。

 写真に何かを見つけたのか?


「綺麗すぎる?……ホントだ」

 背景は雪を被った木立。

 桜井穂乃華は白い長袖のジャージを着ている。

 それには皺も汚れも無い。

 肩にかかる髪も綺麗に整えられている。

 長い睫、白い歯、15才の素顔はパーツが全てクリアだった。


「プロが撮った写真じゃ無いかしら?……撮影場所は山よね。着ている服、学校の体操服じゃない?」

 穂乃華は学校行事の登山で死んだ。

 <死>の直前に撮られた可能性が有るのだ。




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