出来すぎた「偶然」
「座っても、いいか? セイがシャワー浴びている時から、ずっと立って待ってるんや」
まず、結月薫に文句を言われた。
「それは、申し訳ない」
謝る。
「どうぞ座って下さい……うわ、俺こんな格好だ」
トランクスしか身につけていない。
女性が、吉村加世が居るのにマズイ。
慌てて白衣を羽織る。
「済みません」
また謝る。
(また謝ってる)
(でも、俺、悪くない)
(勝手に家の中に入るのって、不法侵入じゃ無いのか?)
不満の眼差しを薫に向ける。
「電話したで。出ないやん。ノックも返事が無い。でも、家におるのは確かや。二人を外で待たせるのは気の毒や」
薫は早口で喋り、ソファに腰を降ろすと、
テーブルの上の缶ビールに手を伸ばした。
そして、ゴクゴク飲んでる。
(おい、勝手に飲むな、)
言いたいが、深刻な面持ちの吉村親子がいるから、
黙っているしか無い。
「それで、どういった、ご用件で、来られたのですか?」
聖は事務的に聞いた。
「娘が……運転手は、知っている人だと言うんです」
吉村の目は大きく見開き、瞬きも忘れている。
吉村加世と桜井美穂が知り合い?
「それは、すごい偶然ですね」
聖は、加世の驚きは理解出来る。
しかし、わざわざ自分に報告する必要があるのか?
夜更けに家に来てまで。
刑事の薫に話せば十分だ。
聖は黙った。
どういう知り合いとか、質問する理由が無い。
自分には関係の無いことだ。
目の前で事故を見た。
無残な光景がフラッシュバックする。
運転手のせいで、若い命が、19人ものが、一瞬で奪われた。
遺族は運転手を、どれだけ恨むだろう。
恨まれても仕方が無い、と思う。
自分は被害者と何の関係も無いが、
桜井美穂には嫌悪感しかない。
人物像を聞く気にもなれない。
「セイ、偶然では無いかも知れない」
と、皆の短い沈黙を
薫が破る。
「事故では無い可能性が出てきた」
「……え?」
事故では無い……殺人だと言うのか?
「……あの人は、穂乃華ちゃんの、お母さんです、」
加世が初めて口を開いた。
だが、それだけ喋るのがやっとで、嗚咽を堪えるように手で口を塞いだ。
「娘の同級生だった子の、母親です」
続きは父が代わって話す。
「同級生って、もしかして……中学のですか?」
「はい。その子は3年の2学期に亡くなっています。13年前、です」
吉村は言いながら両手を合わせて拝む仕草をする。
「……成る程」
意外な接点だ。
そして、怖い接点だ。
聖は身を乗り出す。
「亡くなったのは、自殺だったりして」
虐めが原因の自殺なら、どうなる?
母親が復讐したのか?
偶然の再会が仇討ちのチャンスを与えたとか。
聖は、老婆と飴玉の事件を思い出した。
「自殺やない。事故死や。登山中に転倒して、打ち所が悪くて死んだ。学校行事で銀剛山に登った時にな」
薫が説明する。
「事故?……それは間違い無いんですね?」
聖は加世に尋ねた。
「娘は、知らないのです。体調が悪くて、その日、休んだ」
また父親が答えた。
「今日の集まりに参加した女子は全員参加していたそうです。登山の日、休んだのは娘だけでした」
そして、今日、加代だけが皆と一緒のバスに乗らなかった。
「娘は、それが恐ろしいと言っています」
聖は事実を整理する。
吉村加世が中学3年の時
桜井穂乃華が、学校行事の登山で事故死。
加世は、その登山に参加していない。
欠席者は他になかった。
13年後の女子だけの同窓会
帰りのバスで加世以外、事故死。
事故を起こした運転手は穂乃華の母親、桜井美穂だった。
「桜井美穂は教師から運転手に転職してる。ちょっと珍しい転職や。ほんで、今日娘の同級生を運ぶシフトに当たった。セイ、偶然やろか?」
聞かれても困る。
「そんなの、警察が調べるんだろ」
娘のことも、転職の経過も、調べれば分かる事では無いか。
「そうやねんけどな。今回の事故が、運転手の過失ではなく、事件性があったとしても、被害者達との接触は偶然としか考えられないねん。でも、出来すぎた偶然や」
桜井美穂は2年前から岩切山ホテルで働いている。
同窓会の会場が決まったのは1ヶ月前だ。
「皆、穂乃華ちゃんのこと、忘れてました」
加世が、決心したように話し出した。
「穂乃華ちゃんが亡くなったときは、とてもショックでした。皆も同じだったと思います。お葬式では号泣してましたから。……でも、存在をすっかり忘れていた。……私、今日、彼女の事、話したんです。あの子が居ないのだけが辛いねって。でも誰も反応してくれなかった。全くスルーです」
楽しい会だった。
加世は、皆が乗ってこない話題を
しつこくは話せなかった。
「でも、穂乃華ちゃんの面影が、妙にありありと浮かんできて……食事会の後半になると彼女との思い出が次から次に勝手に頭に浮かんできました。自分の意思と関係ない……不思議な感覚でした」
加世の<不思議な感覚>は
次に起こった、強烈な出来事に
一旦は消えた。
だが、
<運転手は穂乃華の母>
と知り、
頭に浮かぶ穂乃華が、一層クリアになったという。
「そんで、な、霊能者のお前に助けを求めに来たんや」
薫は作業室から出てきた。
いつ席を外したのか。
ビール缶を3つ抱えている。
座るなり、一缶開けて、飲んだ。
(コイツ、今夜は泊まる気だな)
と、聖は分かる。
「俺が、霊能者なんだ」
聖も、缶を開け、やっとシャワーの後の美味いビールを味わった。
「カヨさんは桜井穂乃華の霊が、取り憑いている気がしてる。セイなら霊が見えるんちゃうかとな、相談する事をアドバイスした」
成る程。
自分は吉村加世を、現時点での苦しみと恐怖から
救えばいいのだ。
聖は、薫の意図を理解した。
自分に何を求めているか了解した。
「大丈夫ですよ。貴女には、邪悪なオーラは感じない。……悪意のある霊に取り憑かれている人は見ればわかります(嘘だけど)。穂乃華さんを感じるのは、貴女の優しさです。早世した友達の存在を、貴女はずっと忘れてない。可哀想だと思い続けている。潜在意識が刺激されて拡張しただけですよ。……ついでに言うと、今回一人だけ助かったのは、強い守護霊が守っているからでしょうね。その、ご先祖のオーラは見えます」
後半は嘘でもない。
霊が見えると思い込んで目を凝らせば
うっすらと長身で白髪の老紳士が浮かび上がった。
見覚えがある。
でも、それが誰だか知りたくないので目を反らす。
「セイ君。有り難う。……カヨは、混乱して傷ついて怯えています。でも、ちゃんと生きている。生者が死者に引っ張られてはいけない。可哀想だと涙を流し、供養する。それ以外に出来る事は無い」
吉村は、娘の肩をしっかり抱いたまま、
聖に頭を下げ、出て行った。




