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長い一日

聖達は、長時間ホテルに足止めになった。

バスで塞がれた道路に、車一台通るスペースが出来たのは

午後10時の事だ。


「お腹が空かれたでしょう」

日が暮れた頃、

和装のスタッフが部屋にサンドイッチを運んできた。

事故現場の様子はテレビで見た。

七時のトップニュースだった。

空からの映像も見た。

黒焦げのバスは、

ガードレールから半分はみ出している。

ブルーシートが運び出す遺体を隠していた。


岩切山ホテルの広い座敷。

8時間ほどの間

隣組の老人達は、あまり喋らなかった。

「サイレンや。やっとパトカー来ましたな」

「消防車かもしれませんよ」

「あ、ヘリコプターがきましたな」

とか

「カオル君も、お腹空いてないやろか」

とか、

ぽつりと呟くだけ。


吉村加世が、時折嗚咽をこらえている。

それが痛々しい。

加世のショックを思いやり、皆、余計なお喋りは控えていたのだ。

父は娘の側に黙って座っていた。

吉村純一郎は悲壮な顔つきではなかった。

口の端に笑みを浮かべ、

むしろ、嬉しそうに見える表情。


聖は、9時を過ぎた頃から、シロのことが心配になってきていた。

こんなに遅くなると思ってない。

こんなに長時間家を空けたことは無い。

心配して、ここまで来やしないかと思ったりもする。

でも、大勢の人が亡くなったのに犬の心配を口に出せない。


山田鈴子は、時折席を外し、どこかに電話しているようだった。


車が通れると、言いに来たのは結月薫だ。

「やっと、帰れますよ」

と、割合調子は明るい。


「皆さん、楽しんで頂こうと思っていましたのに、こんな事になりまして」

鈴子が皆に頭を下げた。

隣で金髪、白いスーツの守護霊が、退屈そうに欠伸をしている。

もちろん、その姿は聖にしか見えてはいない。


「事故は社長さんのせいやない」

と、当然の言葉を皆が返す

その時だった。

吉村が意外な行動に出た。

鈴子の手を取り、深々と頭を下げたのだ。


「加世が、難を逃れたのは、社長さんのおかげです。……もし、お招きが無かったら私は、今日このホテルに居なかった。私がいなかったら、カヨはあのバスに乗ってたんです」


「あ、」

と一同が同時に声を出した。

誰も、その、<幸運>に気付いていなかった。


「ほんまや、吉村のお嬢ちゃんは、助かったんや」

皆の顔に、瞬間笑顔が現れる。

<うちの子だけは助かった>

吉村の感情が伝染したかのように。

重苦しい雰囲気が変化した。


ロビーに警察官が居た。

駐車場には数台のパトカーが停まっていた。

物々しい雰囲気の中、

薫が送迎バスまで案内する。


「カオルは、残るんだろ?」

聞けば、一緒に帰るという。

「やるべき事はした。ここにもう俺の仕事は無い。今日は休み取ってるしな」


調理場スタッフ(ユニホームから想定)の若い男が、

待っていた。

「済みません、こんな格好で。運転手は警察の人と話してるんで。それと、小さいバスで窮屈で申し訳ないです」

彼の声は高くて大きい。

大学生かも知れない、

ふっくらした頬で可愛らしい顔をしている。


運転手代行は、

バスの横を、とてもゆっくり、通り抜けた。

警察、消防、自衛隊の車輌が片側に並んで居る。

大勢の人が作業している。

設置された数個のサーチライトが、

焼け焦げた死体を照らしている。


思いがけない事故に遭遇してハイになっているのか、

運転しながら、バスの炎上の様子や

樹にぶら下がった死体を見てしまったと

興奮して、喋り続けた。


酒屋の前には

ベンツが停まっていた。

山田鈴子は皆に丁重に頭を下げて

一番に、去った。

もちろん、守護霊らしいのも。

聖に軽く右手を挙げ微笑んで、

鈴子に付いて行った。


「君は、あの運転手、桜井美穂と喋った事、あるんか?」

薫は最後に聞いている。


「喋った事?……無いですね。仕事で関わりがないですから。

あ、でもルームメイクのおばちゃんに噂は聞きました。けったいな人やって」

「けったいな人か。具体的に、どんな、けったいなエピソードがあったか、聞いてないかな?」

「……桜井さん、誰とも挨拶以外は喋らない人やと、聞きましたよ。女で送迎バスの運転手、いうだけで、変わり者と決めつけた感じも、」

そこで、言葉を切り、何かを言い淀んでいる。


「君は、どういうイメージ持ってたん?」

薫は突っ込む。

すると彼は少し考えて、こう言った。

「僕は、支配人から、桜井さんK大卒で、元音楽の先生と聞いたんです。そう、K大卒。国立芸大。そんで運転手、有り得ない、謎やと思いました」

「成る程」

会話は運転席と、開いたドアの外でのことだった。

側で聞いていたのは聖と

吉村親娘。

(他の老人達は楠本酒店の中に入った後だ)

聖はK大と耳にし、凄いなと、思った。

同じ芸大でも、ずっと入り易い私大に入り、中退した身としては眩しい学歴だ。


「ありがとう。また話聞くかも知れない。君の連絡先はホテルで聞いたらわかるね?」

「はい。バイトの後藤です」

後藤は、立ち上がり礼儀正しく頭を下げ、ドアを閉めた。


マイクロバスが行ってしまうと

辺りは真っ暗。

いや満月で、月明かりだけある。

そんな状況で、聖は何か白い物が視界に入る。

シロだった。

飛びついて顔を舐め回す。


「よしよし、さあ、帰ろうか」

では

お疲れ様と、

立ち話をしている

吉村親子と薫に声を掛け、

シロとロッキーに乗り込んだ。


「ゴメンな。腹減っただろ。ドッグフードで我慢してくれよな」

大抵、聖とシロは同じ物を食べている。

だが非常時に備えて缶は買い置きしていた。


工房に帰ってすぐ、シロにご飯を食べさせる。

その次にシャワーを浴び、

ゆっくりビールでも飲もうと、

作業室の冷蔵庫から、ビール缶と

おつまみのチーズを取ってくる。

そして、ソファに腰を下ろした。

長い一日だったと、ため息をつく。


すると、

どうしてだか、

目の前に結月薫が立っている。


聖は驚いて

「うわ、」

と声をあげ、ピクンと震えた。

いまだ工房のドアには鍵が無い。

幼なじみの結月薫が、突然視界に入っても、そう驚かない、

若干慣れている。


聖が震えるほど驚いたのは

薫の他に、二人いたからだ。


吉村親娘が

薫の後ろに立っていた。


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