真相
「エンディングを見るなんて、予測してなかった」
後藤は、最初に、こう言った。
「こんなの、クリア出来るわけ無いと、僕も佐々木さんも信じていた。現実化しない安心感があったから、あの人に……桜井さんに話したんですよ」
「佐々木さんも、関係してるんだね。確か、写真館でアルバイトしてた人だね」
聖は確認する。
「吉村加世さんの旦那です。知っているんでしょう?」
「……まあね。すごい偶然だと、驚いた」
「ああ、成る程。……二人が知り合ったのは、佐々木さんが、卒業アルバムを見て、気に入ってコンタクトをとったんですけどね。……彼女が穂乃華殺しに関わっていたら、そんな気には、なれなかったでしょうけど」
「……そうなんだ。殺しって、言ったね……君と佐々木さんは穂乃華ちゃんが、事故死じゃ無いと、思うの?」
「あの子は19人の同級生に、踏み殺されたんです」
父親に聞いたのだという。
「亡くなる少し前です。胸に抱えた『大きな秘密』を手放したかったのでしょうね」
父は、現場を見た訳では無かった。
でも確信があった。
なぜなら、
「担任がね、言っていたそうです。事故の状況を19人に聞いたら、全く同じ答えが返ってきたと。示し合わせているとしか考えられない」
「その時に、君のお父さんと担任は警察に言わなかったのか?」
「言えなかったんです。憶測でしかないと自分に言い聞かせた。本当は、事が大きすぎて恐ろしかったんですけどね」
19人の女子中学生を殺人犯にする勇気がなかった。
一生黙っているつもりだった。
でも、桜井美穂に再会して心が揺らいだ。
「父は穂乃華の葬儀に出席して桜井さんとは顔見知りでした。葬儀の写真は父が用意しました。何も知らない桜井さんは、感謝したそうです」
桜井美穂は、娘の事故死に疑いを持ってはいなかった。
「父は病院で桜井さんに会ったんです。あの人、介護の仕事をしていたんです」
桜井美穂に夫はない。始めからシングルマザーだった。
娘がいなくなって生きがいをなくした。
教師の仕事はすぐに辞めた。
悲しみと喪失感で一年ほどは、引きこもっていたらしい。
でも、どうせ空虚な時間なら、人のために尽くしたいと思うようになった。
「僕は父から聞いた話を、佐々木さんに喋りました。とても一人で抱えきれなかった」
7年前、後藤は高校生だった。
一人っ子のせいか、佐々木を兄のように慕っていた。
(こんな可愛い穂乃華を、殺っちまったのか、許せないな)
佐々木は、後藤写真館で穂乃華の写真を見ていた。
(母はブタどもに復讐すべきじゃないか?)
(それ、無理でしょ。19人もいる)
(いや、なんか、方法があるかも)
「二人で色々考えたんです……丁度バスの事故が報道されてて、バスなら一度に殺せると……まず、凶器が決まりました」
佐々木は、祖父が経営する岩切山ホテルを時々訪れていた。そこで、「歓迎 岩切北中学同窓会様」と書かれたボードを見た。
「閃いたんです。同窓会会場のバスなら全員乗せられると」
佐々木は、桜井美穂が送迎バスの運転手になるのは、そう難しくないと、言った。
本人にやる気があればクリアできると。
「桜井美穂に、そう言ったの?」
「僕が会いに言って話しました。桜井さん、とても驚いていました」
暫く目を閉じて、身体を震わせていたという。
「僕は聞きました。警察に行って話しますか、インターネットで世間に公表しますか、それとも仇討ちしますか? ってね」
仇討ちは賭だと話した。
貴女は岩切山ホテルで、彼女たちを長い時間待たなければいけない。
待ちぼうけになるかもしれない。
あの中学の同窓会は今まで岩切山ホテルか、葛城ホテルか、どっちかでやってると調べました。
岩切山ホテルで送迎バス運転手の経験を積めば、葛城ホテルに移る事も出来る。
自分は先に岩切山ホテルに入り込みます。
仇討ちを助けます。
「僕は桜井さんに伝えただけです。返事は無かった。ずっと黙ってました。それで一旦は忘れました。でも、僕は岩切山ホテルに行きました」
後藤は、岩切山ホテルにアルバイトとして入った。
もちろん、佐々木の紹介で。
「桜井さんは2年前に、ホテルに来た。ホテルで話はしませんでした。初めて会ったときは、あの人、びっくりしてましたけどね。本当は僕の方が驚いたんだ。もしかしたらって、ずっと待ってたけど、まさか、本当に運転手でくるなんて、そこまでやるワケ無いかって」
きっかけはともかく、ホテルの仕事は楽しかったという。
佐々木は、時々ホテルに来た。
吉村加世と知り合いになったと、一番に教えてもくれた。
「佐々木さんは、加世さんから同窓会の話を聞いて、すぐ知らせてくれました。岩切山ホテルにあっさり決まりました。同窓会の幹事が、佐々木さんが経営者の一族だと知って名前を出せば、得すると考えたんです」
その日まで、後藤は落ち着かなかったという。
「桜井さんに、ターゲットの乗ったバスを運転させる方法をいくつも考えました」
本来のシフトでは、桜井美穂は聖達の送迎だった。
「山さんが、香水の強いのが苦手なのを使えないかと思いつきました」
本来なら、同窓会の送迎だった運転手を何とかして帰りのバスから降ろしたい。
後藤は、香水を用意して、車内にぶちまけた。
「山さんは、迎えが終わってから文句を言っていた。女子の集団は臭いがキツイから嫌だと。そして、送りの時に、ドアを開けたとたん、吐きそうになった。僕は側で様子を伺ってました。時間が経ち変化して強烈な臭いになってますね、って話しかけた」
……桜井さんに替わって貰ったらどうですか?
……女の人だから、平気ですよ、きっと。
後藤はさりげないアドバイスを装った。
「うまくいきました。でも、僕は、あんな風に見事にバスが落ちるとは予測していなかった。あんな結末は想定外だった」
仇討ちの段取りをつけておいて、何を言うのか?
「君は、どんな結末を描いていたの?」
聖が聞けば、後藤の目にまた涙が浮かぶ。
「塀にぶつかったくらいのところで、止めると思ってた。バスの中はパニックだった。充分怖がらせて、そこで終わるだろうと。……俺なら、そうする」
(俺なら、って、桜井美穂の気持ちが分かるのか?)
怒鳴りそうになるのを、聖は堪えた。
すると、その時、
ドアが乱暴に開いて、結月薫が入ってきた。
「こら、あほんだら。お前に母親の情念が分かるのか」
と怒鳴りながら。
話聞いてた?
どこで?
辺りを見回せば、窓が少し開いていた。
後藤の座ってる、すぐ横だ。
薫は暫く前から話を聞いていたらしい。
「な、なんで、刑事さんが?」
後藤は一瞬で青くなった。
「な、なんでカオル、こんなに早く来た?」
聖も驚いて聞いた。
「俺は山田動物霊園に、おったんや」
薫は、後藤の向かいにドカリと腰を下ろした。