懺悔
作業室で、シロが吠えだした。
部屋から出て行こうとしている。
「誰か来た?」
昴に聞く。
作業室に常駐している少年の幽霊は、
案外広い範囲の気配を察知していた。
「みたいですね。マスター、頑張ってください……」
意味深な言葉が返ってきた。
作業室から出ると、誰かがドアを叩いている。
「済みません、お待たせして」
謝りながらドアを開けると、後藤、だった。
幼児のようなふっくらした頬、アヒル口
童顔の男は微笑んでいる。
愛想笑いと言うよりも、芯から嬉しそうな笑顔だった。
「後藤写真館です。お客様の写真が出来上がりましたので、お届けに参りました」
「……そうですか。取りに行くって言ってたのに、わざわざ持ってきてくれたんですね」
後藤の目は、剥製棚に止まっている。
とても面白い物を見つけた、そんな感じで。
「暑かったでしょう。冷たいドリンク持ってきますから、ちょっと、休んでいって下さい」
聖は、後藤を中に入れた。
そして、アイスレモンティも作業室で作った。
「マスター、侮れない相手ですよ」
と昴が、言った。
「そうなんだ」
レモンティを入れるグラスを作業室にある食器棚から選ぶ。
何となく、赤膚焼きの、可愛らしい絵柄のゴブレットに手が伸びた。
「爺ちゃん、感激してましたよ。上級って。神流さんの事です。綺麗な骨格の人だと言っていました」
まず、後藤は写真を見せた。
聖は、「後藤写真館」を探る為に撮った写真に、興味は薄い。
「……貴方にはどうでもいい写真でしょうが、爺ちゃんが滅多にない位、被写体に惚れ込んで撮った写真で、すっごく、いいんですよ」
後藤は言う、
「分かってます。神流さんは、調査に来たんです。写真は口実ですよね。でも、爺ちゃんは昔気質で、芸術家肌だから、単純に、貴方の写真撮れて、嬉しかったんです」
ストレートな表現に、何かしらの覚悟が見えた。
「君は、岩切山ホテルのバス事故に、関係があるの?」
後藤に習って、ストレートに聞いてみた。
「はい。僕の企画です」
即答。
「アイスティ、美味しいですね。……光栄ですよ。霊感剥製士、神流聖さんの、手作りでしょ。これ、私、知ってます。ホテルで見てます。赤膚焼き、ですね」
嬉しそうに飲む。
「君は、事故の運転手、桜井美穂さんの復讐を、助けたんだろう?」
咎める調子にならないように聞いてみた。
「……はい。多分、そうです。……でも、僕が実際、やった事は、たいした事じゃ無いんですよ。僕は、岩切山ホテルで任せられている仕事を、しました。桜井さんの復讐が成功するように、確かに動きました。でも、それは、僕に選択の自由がある範囲においてです。AでもBでも、どっちでも、ホテルの業務に影響は無い。しかし、そんなどっちでもいい選択でも、誰かが決めないと仕事は進まない。……そのポジションが、たまたま僕だった、それだけの事です」
後藤は、紅茶を飲みながら、語った。
一人芝居の役者のように、よく通る声で、
表情豊かに、語った。
予め用意した、台詞のように、聖は感じた。
そして、バス事故に関わっているが、
絶対に、罰せられる事は無い強い確信が、不敵な笑みに現れている。
「よく、分からないよ。それだけではね。……でも、知りたいな。偶然、あんな事故見たからさ、俺としては興味があるワケ。そんで、調べて、桜井穂乃華と接点がある、後藤写真館に行ってみたの。ただの好奇心。……見ての通り、暇な剥製屋だからね……そうだ、こんな話には、酒の方がいいか」
聖は、作業室に入り、結月薫に、メールを送った。「後藤が、来た。酒で引き留める」、と。
フランスパンのスライスにチーズ、サーモン、オリーブ、レーズンバターをのせたツマミを、大急ぎで作った。
「うわー。マジで昼間っからワインですか」
後藤は、ワイングラスに、口を付けた。
「俺は暇だから。君の話、ゆっくり聞きたい……いいかな?」
「マジですか? ……霊能者で有名な神流聖さんが、僕に、そんな風に言うんだ」
と、テーブルの上(わりと豪華なおつまみ)、剝製棚、聖の顔、聖の隣に座っているシロを、アイフォンで写真に撮っている。
「最初から、話してくれるかな?」
「……いいですよ。でも、録音とか、されるのは、ちょっとね」
「記録したいんじゃ無い。今、聞きたいだけ」
聖は、何もしないという証に両手の平を、後藤に見せる。
左手だけピンクのビニール手袋。
後藤は、その左手に触れた。
手袋の中の小指を、しっかり摘まんだ。
「最初から、ですか。……長い話になりますよ」
……後藤の目が急に潤む。
……泣いている。
……話す事が辛いのか、
……それとも嬉しいのか?
聖には、まだ、わからなかった。