マユの憂い
「とっても、辛い話ね」
マユは悲しげな顔でつぶやいた。
結月薫がタコ焼き持参で工房に泊まってから三日後に
やっと、マユは現れた。
聖は、後藤写真館でのこと、幼馴染の刑事から得た情報をマユに、すべて話した。
「桜井穂乃華ちゃんは、クラスメイトに踏みつけられて……殺されたんだ」
「うん。……状況はね、表紙の写真を撮るために、広報課の後藤さん、と、あと二人の男の職員が、山頂で待機していたんだ。4クラス、男子が先で、後は女子で、山頂にたどり着いた。後藤さんは、生徒たちの写真を沢山撮っている。……ところが、最後のグループが上ってきたときに、桜井穂乃華だけの写真を撮り始めた。この時山頂に居たのは、後藤さん他二人の、職員、同クラスの女生徒、担任、だけだった。写真を撮り終えて、後藤さんと一緒だった二人の職員は、すぐ下山している。後藤さんが最後尾になったのは、長時間付き合わせた担任に気を使って、行動を共にした。そんな理由だったらしい」
聖は、薫に聞いた通りに、マユに話した。
「穂乃華ちゃんは、即死だったの?」
「……違うんだ」
担任と、後藤は、前を行く女子生徒達が、
「熊、クマがでた」と叫び、奇声を上げて、危ない速度で山を降りるのを確認した。
当然、足を速める。
そして、雪と泥の中に倒れている、誰かわからない生徒を発見した。
息はあったという。
心臓が動いているのも確認した。
二人は、動揺しながらも、
救急、下山している他の教師、学校、市役所、
思いつく所全てに電話を掛けた。
穂乃華は、まだ息がある状態で、転倒していた現場から救急隊員に運ばれ、N医大付属病院に搬送され、ERで治療を受けたが、4時間後に亡くなっている。
「そういう状況だったのなら、後藤さんも担任の先生も、穂乃華ちゃんを発見した時には、事故だと思ったでしょうね……まさかクラスメイトが皆で踏みつけたなんて、一体誰が、想像するかしら」
マユはぴくんと体を震わせた。
「後になって、真相に気が付いたと思うの?」
聖は、隣に座っている、震えているマユの肩を抱きしめたくて、
そっと腕を伸ばした。
もちろん、その先は物体に触れはしない。
半透明の、マユが羽織っているベージュのダウンコートに指先が埋もれる。
聖の手は、そこで静止した。
マユの体を素通りするのは見たくないから。
「ええ。……後藤さんは、穂乃華ちゃんのお母さん、今度の事故の運転手と知り合いだったとしたら、黙っていられなくて喋ってしまったかも」
事故ではない、故意に皆で、踏みつけた。
だが、それを警察に告げて、どうなる?
転倒して踏まれたのではないと、立証できるとは考えられない。
未成年の19人の少女を殺人罪で、この状況で告発できるのか?
19人の少女にはそれぞれの親が、後ろにいる。
娘が殺人を疑われ、黙っているはずはない。
証拠は無いのだから。
「セイ、写真が出来上がったら後藤写真館に取りに行くんでしょう?」
「うん。二週間、かかるって」
「そう。その時に、岩切山ホテルの後藤君に会えるといいわね」
「うん。……彼が一番良く、知ってるに違いないんだ。会えるか、どうかも、わからないけどね」
「……そうね」
聖も、マユもホテルのボーイの後藤と接触できると期待していなかった。
だが、二週間後に、
彼は、工房に来た。
出来上がった写真を届けに、やってきた。




