あの日、山で、
夕方、工房に戻ると、結月薫が待っていた。
「ボーイは、後藤の息子で当たり、やったか。ほんで、吉村の養子が、いっちょ、かんでたんや」
ソファにシロを抱いて座っていた。
タコ焼きを一緒に食べていた。
「カオル、19人殺害に、加世さんの旦那が関わっていたと、思う?」
聖は、そうは思いたくない。
「セイ、俺が『助っ人』がいると考えたのは、吉村親子がホテルで出会ったのは偶然では無かったからや。山田工務店のヤノは、吉村親子の情報を把握していた。同窓会の予定を知るルートは色々ある。しかし、親睦会は限られた人間しか知らないイベントや」
加世の夫なら、知っていただろう。
彼は、<死のバス>に妻を乗せない方法を色々考えた。
そして、父親の親睦会を使った。
「ヤノを使ったっていうの? 山田工務店の従業員と、どうやって知り合った? 偶然知り合いだったって言うのは出来すぎてる 」
「ヤノは、知らない男に頼まれたんや」
「へっ、そうなの?」
薫は、ヤノと接触していた。
「動物霊園関係の、親睦会担当者様はおられますか、と電話が掛かってきたらしい」
親睦会に呼ばれている老人の孫だと、男は名乗った。
「祖父と、昔ケンカ別れした親族を、偶然、岩切山ホテルで会わせたい、と言ったそうだ」
謝礼は10万。
ヤノにとって悪い話では無かった。
「指定された、ホテルも日時も、社長の意向の範囲だった。絶対、とは約束できないが、やってみます、と請け負ったらしい」
電話は公衆電話からだった。
10万はコンビニから現金で振り込まれた。
振込人の名前、電話番号は架空だった。
「ヤノは、バス事故の事もあって、妙な依頼のこと、礼金を受け取ったことを気にしていた。それでスラスラ喋ってくれた」
ヤノは大阪府で生まれ育っている。
山田工務店には二年前から働いている。
新卒で入った食品メーカから転職した。
不動産関係の資格を取りたいと思ったらしい。
バス事故で、「友達が二人死んだ」と山田鈴子は言っていたが、実際は自分では無く姉の友達で顔見知り程度だったらしい。
「じゃあ、ヤノは頼まれただけか。後藤君と吉村加世さんの旦那が、桜井美穂の『助っ人』?」
「多分、主導者は後藤の父親やったんやろ。父親は、穂乃華が殺されたと知ってるんや……。セイは19人全員で、殺したと、霊感でわかってるんやろ?……どうやって殺したかも、わかるん?」
薫は聖を真っ直ぐに見た。
学校行事の山登り、下山途中で<転倒して死んだ>美少女。
本当は殺された。でも。どうやって?
「わからない……でも、事故で処理されたって事は、不自然な死に方ではなかった訳?」
「セイ、事故の記録を調べた。死因は全身打撲、内臓破裂や。穂乃華は転倒し、その上をクラスメイトが踏みつけて、それで死んだんや」
一人の<美少女>の写真撮影が終わるまで
山頂にいたのはクラスメイトの女子19人(登山は男女別だった)と、担任、市の広報(後藤)だけだった。
「熊がいる、と最初に誰かが叫んだ。それから集団ヒステリー状態になって、我先に山を下っていった」
担任と、後藤は、彼女たちから、すこし距離をとって後ろを歩いていた。
雪と泥に埋もれた穂乃華を発見したのは、この二人だ。
「パニックになって、何を踏んでるのかも、無我夢中で分からなかったのか」
セイは何年か前に、どこかの花火大会で起こった事故を思い出した。
群衆に踏みつけられて数人亡くなった。
19人は結果的に穂乃華を殺してしまったが、
やはり事故だったのかと。
「セイは19人全員が穂乃華を殺していると言った。事故なら、有り得ない。被害者が先頭を歩いていて転倒したとしても、19人全員の足が、踏みつけるなんて、ない」
聖は、ふと、マユが言ったことを思い出した。
……自分たちの中から、一人可愛い子を選んで、大人達が連れて行く。
……その子が写真を撮られている間、ただ待っている。寒い山の上で
「『熊がでた』は嘘や。……パニックを装って、後ろを歩いている担任達から距離をとり、被害者を押し倒して、皆で踏みつけて、殺したんや」
その情景を思いうかべると、残酷すぎて気分が悪くなってきた。
「集団ヒステリーやな」
と薫は呟いた。
「綺麗な友達に、『嫉妬』してヒステリーおこしたのか?」
「『嫉妬』か。なんと呼ぶか分からんが、とにかく彼女たちはショックを受けた。それこそ、人食い熊に遭遇したように、恐怖でパニックになったんやろう」
「……一人だけ写真に撮られた、ただそれだけで? 中学生だよ。自分より優秀な友達が存在する現実に慣れてるはずだろ」
「どうかな。容姿の優劣の現実を突きつけられたのは初めてやったかも。担任と後藤が彼女たちに、もう少し配慮して、先に下山させるとか、皆の写真も撮るとか、しても良かったんや」
まるでエキストラのように、寒い中で、撮影する間放置は屈辱的ではないか。
「後藤さんは亡くなった。当時の事は聞けない。でも、担任は? カオル、担任には当たったのか?」
薫は首を横に振った。
「行方知れずや。後藤と同じく山の事故の後、退職している。当時は二十代で、女の先生や」
穂乃華の<事故死>が余程ショックだったのか?
それとも……。
「事故では無いと、分かっていたかも知れない、と俺は思う。担任も後藤も」
「……うん」
聖も同じ事を思っていた。
分かっていたが、……確かめられなかった。
………おそろしくて。