後藤写真館
手袋は茶色の牛革にした。
長袖のシルクのシャツを着る。
黒。
ズボンも黒。
そして、
棚から剥製を1つ選ぶ。
「写真を撮って欲しいと、尋ねるの。剥製と一緒の写真」
マユが、言った。
「それって、変な奴だ。アポもなく、いきなり剥製持って行くなんて」
「初見でね、変な人だと思われたら、変なこと聞いても、驚かれないよ」
「……そうかな」
「セイ、感じ悪い、変な人に、なっては駄目よ。きちんとして、綺麗にして。上品に見せるの」
装わなくても、<変な人>の自覚はある。
けれど、<上品>には自信が無い。
「さて、どれにしよう」
トイプードル?
ペルシャ?
棚には、客が取りに来ない、高級ペットが並んでいた。
でも、……何となく、聖は<アリス>を抱いていた。
生前は純血の柴犬だった。
訳あって、変化し、今は茶色い犬になっている。
久しぶりに眺めれば、モコモコした感じで可愛らしい。
「アリス、一緒に行こうか」
シロが足下で吠える。
「シロは連れて行けないんだ。じっとして写真撮るなんて無理だろ。それに……」
随分汚れている。(山を自由に走っているから仕方ない)
洗ってドライヤーをかけてやる時間は無い。
<後藤写真館>に着いたのは午後2時だった。
車は近くのコインパーキングに停めた。
商店街は、
美容院、布団屋、花屋、酒屋、洋服。
どれも昭和の雰囲気。
一応店は開いているが、人通りはまばら。
寂れているからか、異様に蒸し暑いからか分からない。
なにはともあれ、聖は
<人殺しの手>を見る心配は無かった。
ガラスのドアを中に少し押すと、
「いらっしゃいませ」と愛想の良い声が迎えてくれた。
その人は正面のカウンターの中にいた。
(フクロウみたいな、お爺さんだ)
と、聖は思った。
センター分けのふさふさした白髪は肩までの長さ。
口ひげと顎髭はたっぷり。
頭がやや大きい。肩幅が狭くて丸っこい体つき。
目が大きい。
失礼だが、少し見つめてしまった。
あっちも、入ってきた客の姿に驚いていた。
(なんかのコスプレ?)
初対面で二人は、暫く見つめ合った事になる。
「私と、この子と、一緒に写真を撮って頂きたいんです」
(絶対、変に思われる)から恥ずかしくて小声になる。
「あ、はい。……今から、ですね」
老店主はちょっと考えて、(どうぞ)と店内のソファに座るよう促した。
神流剥製工房にあるのと良く似た応接セットだった。
「じゃあ、こちらの見本から背景、選んでくれますか」
店主は2冊のアルバムを持ってくる。
(セイ、写真館の見本写真は家族のが多いのよ。他人の写真を勝手に見せられない。家族を使うって聞いた事がある。店の表に飾っている写真か、見本の中に、岩切山ホテルにいた<後藤君>が見つかるかも)
マユに指示されたとおり、見本写真の<顔>をチェックする。
タキシードを着た七歳くらいの少年に<後藤君>の面影を見た。
というか、全く同じ顔だった。
「これですか。赤ですね。黒を着てらっしゃるからいいでしょうね。あ、衣装もありますので、選んでみますか?」
「あ、はい。……可愛いですね、この子」
と、指でなぞってみる。
店主は
「いや、今は可愛くないですから」と答える。
「あ、もしかして、ご家族ですか?」
と聞いてみる。
「孫です。……勉強が好きでも無いのに、今は院へ行ってます」
やった、
当たりだ。
<後藤君>は院生、だ。
もう少し話を聞きたい。
「私は大学中退ですから……凄いですよ」
と、ヨイショしてみる。
「いやいや、学業よりアルバイトに熱心で……あの、最近ね、近くでバスの事故が有りましたでしょう、」
孫は、あのホテルでアルバイトをしていると、
店主は喋りだした。
おそらく、誰かに話さないではいられない、強烈な出来事であったのだ。
「実はね、運転手の桜井さんの写真も、有るんですよ」
「へつ、……そう、なんですか」
これには驚いた。
店主は、別のアルバムを持ってきた。
「ピアノ教室の発表会です。中学生くらいですね。横顔が綺麗で、いい写真でしょう? 私が撮ったんです」
写っている少女は、紺のシンプルなワンピース。
襟は白いレース。
桜井美穂は、当然だが娘に似ていた。
「バス事故、過去に色々あったらしいですね。 運転手の娘の写真、見ましたよ。美形ですよね。……この写真、やっぱ似てますね」
聖は、バス事故に興味があると、アプローチする。
「お客さん、穂乃華ちゃんの写真も、見てるんだ。……じゃあ、お見せしましょう。コレですよ、息子が撮ったんです」
そのアルバムは、特別な写真が納められている、特別なアルバムらしかった。
老店主は、数枚めくり、ネット上に出回っている桜井穂乃華の写真を見せた。
「うわー、原本はコレですか。……神レベルの美少女ですね、やっぱ」
と驚いて見せた。
だが、
聖は、今開いてるページの、一枚前の写真が気になっていた。
一瞬見ただけだが、何か気になる。
だから、
「へえーつ、これって秘蔵アルバムなんだ」
と適当に言いながら、前のページにめくった。
十二単の新婦と、神主みたいな格好の新郎。
……花嫁の顔に見覚えが、あった。
「うわ、コレ、吉村加世さんだ」
驚きを、そのまま口に出した。




