アフターバレンタイン
登場人物
・朝日蓮華
19歳男子、大学受験に失敗して浪人している
焼肉屋でアルバイト中
人を助けずにはいられない、そのことでいつも損をしている
あることをきっかけに雪倉美葉に一目惚れした
・雪倉美葉
浪人一年目の18歳。蓮華と同じ予備校に通う。
医学部を目指している。
予備校では誰とも群れずに独りでいる。クラスでも成績一番の春宮くんとだけは少し会話する。
・雪倉詩季
中学三年、美葉の妹。姉と同じ中高一貫校の中等部に通う
姉とは姉妹でもあり良き友達でもある
先日のバレンタインでは40個くらいチョコをもらった
鶴の恩返しの鶴のように、もらった恩は必ず返そうとする。なんとしてでも
あらすじ
バレンタインから数日が経ったある日の朝。詩季は大量にもらったチョコを全部消費するために三食チョコだけしか食べていなかった。
さすがにチョコだけではタンパク質が足りず、混雑した駅のホームでしゃがみこんでしまう。その際に落としたスマホを太った駅員に踏まれて壊されてしまう。周りの人間は誰しも忙しい朝を過ごしているから、見てみぬフリをする。
それを見ていてもたってもいられなくなった蓮華は、発車寸前の車内から人波をかき分けてホームに降り立った。
蓮華にベンチに座らせられると、詩季は「タンパク質……」とぼやく。蓮華は持っていた焼肉弁当を詩季に分け与える。
次の日も、その次の日も、蓮華は駅のホームでしゃがみこむ詩季を助ける。蓮華がどうしていつも倒れているんだと聞くと、詩季はバレンタインにもらったチョコを消費するためと答えた。
蓮華は自分もチョコを一緒に食べようか?と提案する。翌日から、いつもより早い時刻に駅の近くの喫茶店で待ち合わせをして二人でチョコを食べることに。そこで、詩季が都内でも指折りのお嬢様学校に通っていることや吹奏楽部でフルートを吹いていることを知る。蓮華はあまりにも自分とかけ離れた詩季のプロフィールに気が引けてしまう。詩季は、「こういう話すると、男子ってひいちゃうんだよね……」と呟いた。蓮華は図星をつかれながらも平静を装って、自分のプロフィールを紹介する。「受験した大学は全て落ちて、最近は焼肉屋でバイトしながら予備校に通っている」「こういう話すると、女子って引いちゃうんだよね……」とふざけた調子で言う。詩季はおかしそうに肩を震わせる。
ようやく40個すべてのチョコを食べ終えた蓮華と詩季。しかし詩季は、あともう一個だけ残っているから日曜日の夕方6時に駅前の大きな時計の下で待っていてくださいと伝える。
約束の日曜日、蓮華に突然バイトのシフトが入ってしまう。蓮華はなんとか話をつけて6時30分まではシフトを遅らせてもらうが、待ち合わせ場所に詩季はこなかった。
詩季の方はと言うと、自宅でチョコを手作りしていた。いつもはもらうばっかりで、誰かにチョコをあげるのは初めてのことだった。ようやく飾り付けやラッピングまで完成させて駅へ到着した時にはすでに時刻は6時35分になっていた。
蓮華がバイトを終えて駅の大きな時計へ向かうと、その下で詩季がしゃがみこんでいた。「ごめん。突然バイトがはいっちゃって、本当にごめん。でも、どうしてこんな時間まで?」時刻はもう12時を回っている。
詩季「最後のひとつのチョコ、あなたに渡したかったんです」
蓮華「そんなの自分で食べればいいだろ!中学生がこんな時間まで何してんだよ!」
年の近い男に大声で怒鳴られるのが初めてで、蓮華は怯んでしまう。チョコを渡したいのに、また怒られるかもと萎縮して渡せない。
蓮華は詩季をひっぱって家まで送る。雪倉家の玄関には詩季の父親が立っていた。彼は蓮華の頬を張り、「このロリコンが!」と罵る。美葉は家の窓から蓮華の姿を見ていた。
蓮華は2日間予備校の授業をサボる。久々に予備校へ行き、授業後にクラス担任のバイトの大学生に叱られ肩を落として帰路へ着く。
帰り道に予備校で成績一番の春宮くんに話しかけられ、詩季と一緒にチョコを食べた喫茶店に連れて行かれる。「じゃ、僕はこれで。中で人が待ってるから」と春宮くんは去っていく。蓮華「待っているって誰が? なんのために?」春宮「僕の方が訊きたいよ。どうして彼女が君を……」
店内には美葉が座っていた。蓮華はその姿に瞳を奪われながら、少し離れた席につく。まさか自分を呼んでいる人が雪倉美葉だとは思っていなかった。
美葉は憮然とした態度で立ち上がり、蓮華の前へ歩いてくる。
「これ」、とぶっきらぼうに呟き、下手くそにラッピングされたチョコをテーブルに置く。
蓮華は目を丸くしたまま何を言えずにいる。
「妹はあなたに渡したかったんだよ」
「え?」
「手作りのチョコを。こんなの私にだってくれないのに」「あと妹にちょっかい出せないでよね、ロリコン」
蓮華は、美葉は詩季の姉であることと、詩季があんなに遅くまで自分を待っていた理由を知る。
美葉が帰ってから、コーヒーを2杯飲み蓮華は外へ出る。駅前の大きな時計は丁度6時を指していた。蓮華はなんとなくその下にしゃがみこんだ。詩季はどんな気持ちで12時過ぎまでこの場所で待っていたのかと考えながら、実際に12時になるまで寒さに身を震わせることにした。
9時が過ぎて、駅前を美葉が通りがかる。先程の喫茶店へ忘れ物を取りに行ったその帰りだった。美葉は遠目から訝しげに蓮華の姿を眺める。「あいつなにしてんだろ……」と気になって観察する。もしかしたら性懲りもなく妹と待ち合わせしているのではと疑い、見張りをする。
時刻が12時をまわったところで、蓮華はようやく駅舎へと入っていく。美葉は慌ててその後を追う。
振り向くと美葉が息を切らしていて、蓮華は息をのむ。
「ずっとあそこにいたけど、どうして? 誰かと待ち合わせでもしてたの?」
「してたよ。雪倉の妹さんと、こないだの日曜日に。俺は急にバイトが入っちゃって行けなくて……」「詩季がどんな気持ちで、どんな寒さで、あんな時間まで俺を待ってたのかなって思って。身をもって確かめてたんだ」
蓮華は大きくくしゃみをする。美葉はその姿に呆れて苦笑する。美葉「風邪でもひいた?」
「大丈夫だ。詩季は元気か?」
美葉「あの子は風邪なんて引いたことないわよ」
蓮華「ならよかった」
蓮華はまたくしゃみをして、「詩季は将来美人になるだろうな、姉に似て。あの親父さんはちょっとコワモテすぎるよな」
美葉の胸がドキっと高鳴る。しどろもどろに、「か、母さんに似たのよ」
一瞬ためらってから、美葉は自分のマフラーを蓮華に巻いてあげる。
蓮華は美葉を家まで送ってさしあげる。玄関先には、また父親がいて、憤怒の形相で「またお前か! こんな時間までウチの娘を連れ回しおって!」
蓮華は頬を強く張られ、地面に倒れ込む。窓の外のそんな様子を、詩季はそっと覗いていた。
※蓮華と美葉の予備校は御茶ノ水にあるという設定。詩季は御茶ノ水で中央線から水道橋に乗り換える。
つづく