動き出す歯車
花賀瀬 鞠亜は気になっていた。
先程ぶつかった、青年のことを。
別に、好きとかそういう意味ではない。
たしかに鞠亜も女の子なので、昔は登下校中の曲がり角でぶつかった男の子と恋に落ちるというまるで少女漫画のような展開を夢見ていた事もあった。
しかし、18にもなれば、その様な妄想は卒業しているのである。
鞠亜が気になっているのは、彼の持っていた論文だ。
彼の論文にはタイムマシンという言葉の羅列が数多く見られた。
パッと見ただけなので、よくはわからない。
ただ、それだけならばさほど気にはならない。
なぜなら、今日はタイムマシンなどに関するコンクールなのだから。
しかし、彼の論文にはもう一つ、不思議な単語が多く使用されていた。
『T- cube』という単語だ。
タイムマシンの論文を書いたこともある鞠亜にとってもその『T- cube』という単語は聞き覚えのない単語だった。
鞠亜はそれを知りたいと思った。
しかし、彼はあの論文を持っていたのに、このコンクールに出ないというのだ。
不思議には感じたが、タイムマシンのこともはぐらかされたし、聞いても答えてくれそうな雰囲気ではなかったので、聞かないことにした。
ただし、彼の名前だけはわかった。
「秋山 暁人。」
彼はここに入る時に受け取った名札を、先程ぶつかった時に落としていたのだ。
今後会うかどうかもわからない男のことを考えていても仕方ないので、今はコンクールに集中することにした。
コンクールが始まると、自分の前の待ち人達がどんどんと論文発表をしていった。
そして、不思議なことに自分の前の順番の人の席が空いていた。
病欠だろうか?
そうして、どんどんと自分に順番が近づき、ついに自分の一つ前の順番になった。
「次!秋山 暁人!」
鞠亜はその名を聞いて驚いた。
自分の前の空いた席は先程の男だったのだ。
「秋山 暁人!いないのか!」
司会の声が聞こえるが彼はここにはいないのでもちろん返事はない。
「仕方ない。次!花賀瀬 鞠亜!」
「はい!」
そうして、鞠亜は発表した。
鞠亜はコンクールの最優秀賞を受賞した。
賞を受賞したのは3度目である。
だいぶ受賞のプレッシャーにも慣れ、最近は緊張せず、賞状を受け取れる様になった。
鞠亜がこの歳で受賞することをよく思っていない連中もいる様だが、その辺はどうでもいい。
科学者というのは孤独なものなのだ。
しかし、秋山 暁人はやはりコンクールに出る予定だった様だ。
では、何故コンクールに出るのをやめたのだろうか?
あれほど朝早くに来ていたということは少なくともやる気があったのだろう。
そうして、そこまで考えたところで気づく。
もしかしたら、自分が論文にコーヒーをかけてしまったことで出れなくなってしまったのではないか?と。
深く考えれば考えるほど、辻褄があった。
あんなにも早くに来る人間が、やる気がないはずがない。
直前まではあったのだ。
そして、やる気をなくす、もしくは出場することができなくなる理由があるとすれば外部的要因。
そして、それは間違いなく、自分がやったことに違いない。
……。
誠に申し訳ないことをしてしまった。
これは今度直接謝りに行かねばなるまい。
そういうことで、今日来ていた研究者達に秋山 暁人という男について聞いて回った。
しかし、誰一人彼のことを深く知る人間はいなかった。
唯一彼が住んでいるらしい場所の検討がついたくらいだ。
どれもこの辺で見かけたことがあるとか、この辺でよく見るとかそのくらいの情報で、他の情報はほぼ無かった。
という事で、後日彼を探すことにした。
鞠亜はアメリカの研究室の人間である。
ただし、この1年は日本に居られることになっている。
鞠亜はそのためにあまり日本の構造をよく知らなかった。
取り敢えず、情報通りの場所には着いた。
あとはこの辺を探し回るしかない。
手がかりが少なすぎて、途方にくれそうになるが、日本の街は狭い。
回っていれば自然と会えるだろう。
と思っていた頃が私にもありました。
ここ二時間歩きっぱなしだが、全く会わない。
そうして、帰ろうかとしていると、遂に道路をまたいで、彼を見つけた。
鞠亜は彼を目で追いながら、横断歩道まで歩く。
しかし、運悪く。
彼も、別の横断歩道を渡り、見失ってしまった。
一応は彼の行った方向に追いかけたが、そこには彼の影はなかった。
流石に心が折れ、鞠亜は近くのカフェに寄った。
すると、そこにはコーヒーを飲んでいる秋山 暁人が居た。
「あー!居た!」
自分のことながら恥ずかしいほど大きな声を上げてしまった。
周りの人間がこちらを向くがすぐに興味を無くした様に各々の行動をする。
しかも、こうして皆が向くほどの大声をあげたというのに、暁人だけはこちらを向かなかったのだ。
何故かだんだんと腹が立ってきた。
鞠亜は暁人の近くまで寄って行き、
「あなた、秋山 暁人よね。」
そう声をかける。
しかし、暁人はコーヒーから目をずらすことなく、ずっとコーヒーを見つめている。
その行為には流石に、堪忍袋の緒が切れそうになるが、耐えた。
自分は謝りに来たのだ。
それを急に怒るなどと本末転倒もいいところだ。
鞠亜は暁人の目の前の椅子に座り、テーブルを挟む。
「秋山 暁人。こないだのコンクールの時はごめんなさい。私のせいでコンクールに出られなかったのね。」
私は頭を下げる。
しかし、暁人からは何の反応もない。
流石にどうかと思い、暁人をよくみると、暁人はイヤホンをしていた。
今までの自分の謝罪を聞いてなかったのかと思うと無性に腹が立った。
鞠亜は暁人のイヤホンを無理矢理外した。
そこでようやく、鞠亜の存在に気づいたのか。
「ん?誰だ?」
と一言言われた。
「誰だ?じゃないわよ。あんた私がどれだけ声かけたと思ってるの?」
「ん?ああ、すまない。イヤホンをしてて、聞こえなかった。」
「聞こえなかった。じゃないわよ!普通、目の前に誰か座ったら見るくらいするでしょ!」
「周りに興味がないんでな。それで何の用だ?」
「それは……その……。」
ここまで怒ってしまった手前、謝りに来たとは言いにくい。
「とういか、お前誰だ?会ったことあるか?」
「覚えてないの?ほら、こないだのコンクールで……」
「受付の人か?すまない。名札は落としてなくしてしまってな。」
「違うわよ!ほら、曲がり角でぶつかった……」
「ああ、コーヒーを人にぶっかけて来た奴か。それで?」
「それを謝りに来たの。」
「謝りに来たのにあれほど怒ったのか?」
「うっ……。その点も悪かったと思ってるわよ。」
「大体わざわざ謝りに来るほどのことでもないだろうに。コーヒーかけたくらいで。」
「でも、それであんたはコンクールに出られなくなったわけでしょ?」
暁人はポリポリとボサボサの頭を書きながら、
「あれは元々出なくても良かったんだ。だから、別に謝られるようなことはない。」
「そんなの嘘よ。あんなに早く来ていたのに。」
「なかなか鋭いな。まあ、半分嘘で、半分本当だ。」
「どういうこと?」
暁人は一度コーヒーに口をつけてから話す。
「俺たちはそもそもあの論文を発表するかどうか迷っていた。一応出そうということになって、出すならちゃんとしようとしただけだ。そして、出さなくてもいい理由ができた。それだけだ。」
「その研究って、『T- cube』っていうのと何か関係があるの?」
その単語を鞠亜が出した途端、暁人の顔色が変わった。
「それをどこで知った?」
急に声のトーンが低くなり、顔もすこしこちらを警戒したような怖い顔になった。
「え、いや、あなたの論文を拾った時に。」
そう言うと、すこし緊張が解け、
「そうか。」
と一言だけ言い、勘定を払い、店を出ていった。
鞠亜もそれを追うように店を出た。
『T- cube』と言う言葉に科学者としての血が騒いでの行動だった。
今回は二人目の主人公とも言える花賀瀬 鞠亜 視点です。
今回の作品は作品の性質上、女性視点の部分も多くなるかもしれません。
こう言う新しいことにチャレンジしてる時が一番楽しいです。
タイトルは適当につけているので今のところは話に関係して来ることはありません。