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「いいお店ね」
私が定位置に戻ってくると案の定話しかけてきた。
「どうも」
「美術品がお好きなの?」
「ああ。芸術全般を愛してるね」
「……そう」
含みを持った笑みを残して会話が途切れる。なんだか妙に息苦しいのは会話の主導権を握られているからだろうか。
彼女はコーヒーを一口飲んでから上目使いに私を見て口を開く。
「なら、クールベ展も既にご覧に?」
「え?」
現在、ここ花柳市ではギュスターヴ・クールベの大回顧展をしている。世界中にあるクールベの作品を集めて世界各地を巡回しているのだ。
そして日本ではこの街の花柳美術館でクールベ展が開かれたわけだが……。
何故そんなこと私に聞いてくるのだろうか。しかも、そのことを聞くためのような前振りをして。
「もちろん見に行ったよ。滅多にない機会だからね」
「一番の見所といったら?」
「……そりゃ、『オルナンの埋葬』だろうね」
あのクールベの代表作である『オルナンの埋葬』が、オルセー美術館から貸し出されているのだ。さすがに『画家のアトリエ』の両方をというわけにはいかなかったようだが、それでもオルセー美術館が『オルナンの埋葬』を貸し出したのは凄いことだ。
「でも、誰も『オルナンの埋葬』を見ることが出来ないのよ。……何故なら盗まれちゃったから」
「なっ!?」
彼女の言葉を疑わない人間はいないだろう。
なにしろ『オルナンの埋葬』は現在も花柳美術館に展示されているのだから。
「じゃあ今、花柳美術館にあるのはなんなんだい?」
「あれは贋作よ。本当によく出来た、本物と見分けのつかない程の」
「……何故、君はそんなことがわかるんだい? まさか君が盗んだとでも?」
私の問いかけに動じることなく、彼女は一息ついた。
「私は失敗したわ。獲物を横取りされちゃったのよ。どこの馬の骨とも知れないこそ泥によってね」
「………」
「私は……いえ、私たちは搬送中の『オルナンの埋葬』を盗み出そうと、いくつものトラックの中から見つけるために発信機を付けたのよ。そして目標の場所にそのトラックが来るのを待ち伏せてた……」
「発信機?」
「ええ。でも何台ものトラックが過ぎ去っても反応がなかった。終いには既に美術館に到着してるという情報が入ったわ」
「それって発信機の故障なんじゃないの?」
「私たちもそう思って『オルナンの埋葬』を諦めたのよ。だけどつい最近、発信機の反応を見つけてしまった。……後はもう言わなくてもわかるでしょう?」
……その反応がこのビルにあって、まずは一階のこの店から探っていくつもりだったのだろうが、その店のマスターが美術品を収集しているとなれば確信を持つのは容易なことか。
「つまり、そのこそ泥が私だと言いたいわけだね?」
「他に言い様がある?」
「ないね」
先程までと違い、突き刺さるような視線だ。
今までかなり怒りを押さえ込んでいたらしい。
「……まいったね、まさかそんなことでばれるとは」
「やけにあっさりと認めるわね」
確かにそのまましらばっくれることも出来るが、それは私の主義に合わない。正面から来た相手には正面から向かうのが筋というものだろう。
しかし、発信機なんて見当たらなかったのだがな。
「ちなみに、受信範囲ってどれくらい?」
「数百メートルってとこね。てんとう虫くらいの大きさだし」
「ちっさ! まさか木枠の中かっ。つーか、範囲狭っ。ばれたのも偶然レベルか」
「その通りよ。同じ街にいなければ絶対に気付かなかったわ」
ぐあぁ……。
まさか狙った獲物が被るなんてな。
こんなことってあるんだな。
「そもそも、あなた商会と連絡とってないわけ? 私たちが狙ってることは、商会も知ってたのに」
「……商会? なにそれ」
「はぁ? 商会のことも知らないって、あんな大物狙うくらいなんだから、あなたも怪盗の端くれじゃないの?」
怪盗……。
まさか彼女からその名前が出てくるとは思わなかった。
「いや、そんなつもりで盗んだわけじゃないんだ。それに、日本での展覧が終わったら返すつもりだし」
「なによそれ。盗んだもの返すって、あなた馬鹿? ってことは、本当に怪盗商会のことも知らないのね?」
なんだ怪盗商会って。
怪盗ってそんなコミュニティが出来るような業種だったっけ?
この世界に商会が出来るほど多くの怪盗がいるとは知らなかった。色々と見てきたつもりだったが、想像より遥かに広いな、世界ってものは。
仮にその怪盗商会ってものが存在するとしたら、彼女も怪盗ってことになるのか?
怪しさ爆発だな。
「すまんが、全然話が見えてこないんだ。初めから説明してもらえないかな?」
「……そうね。私の仕事の邪魔をしたのが、モグリの怪盗どころか、本当にただのこそ泥だったなんて信じたくないけど、ややこしくなる前に全て話すわ」
凄いな、モグリの怪盗なんて言葉もあるのか。
いつの間にかメジャーな職業になってしまったんだな、怪盗。