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その日の一人目の客は初めて見る女性だった。
十時の開店と同時に店にやってきてカウンター席に座ると、なにやらキョロキョロと店内を見回しだした。美術品が気になるのか、時々視線が留まる。
「注文は?」
「……オススメはなにかしら」
彼女がこちらに向き直りながら聞いてきた。僅かに挑発的な雰囲気が感じられるのが気になったが、少し考えてから答える。
「そうだね、私の気分だと今日はモカ・マタリかな」
「じゃあ、それにするわ」
「はいよ」
コーヒーを淹れながらその女性を横目で見る。
小夜ちゃんと同じくらいの年齢だろうか。大学を卒業して間もないぐらいの年頃に見える。
だが、妙に大人びているというか色っぽいというか……。
艶やかな黒髪を肩のところで切り揃え、微かに覗く細い首筋がとても扇情的だ。凛とした瞳とキリッとした眉から意志の強さを感じる。その自信の表れか、服装も大胆で異性には刺激の強いジャケットにミニスカートという姿で、女性の色気を惜しげもなく振りまいている。
小夜ちゃんとはまた違った魅力で男を虜にしてしまうだろう。
「どうぞ」
「……ありがと」
目の前にコーヒーが出されても、彼女は店を眺めていた。
私もなんだか手持ちぶさたになってしまい、自分にもコーヒーを淹れる。そのまましばらくモカ・マタリの香りを楽しんでいると、槇が店にやって来た。
「うぃーっす。マスター、いつもの」
それだけ言っていつもの場所に座る。
この様子だとまたしばらく仕事はなさそうだ。
アデプトに入り浸るあまり、槇スペシャルブレンドなんてものを作ってしまったアホな探偵を哀れみながらコーヒーを淹れる。
ちなみにこの槇スペシャルブレンド、コクと苦味を強くして酸味を殆んど感じさせず、しかも冷めて酸化しても酸味が出ないという、これ一杯で何時間でも居座ることが出来る凄まじく迷惑な代物である。
それでいて風味も香りも損なわないこともあって、これが完成した時は私も感動した。
コーヒー革命だった。
「ほれ」
「おう。今日は小夜ちゃん休み?」
「今日は午後から。といっても、もうすぐ来ると思うけどね……ん?」
ふと視線を感じ振り返ると、彼女がカウンター席からこちらを見つめていた。目が合うとなにやら怪しい笑みを向けられた。
「なんだ、あの美人は。知り合いか?」
「いや……初めて来た客」
「じゃあ、俺を見てる可能性もあるわけだ。アプローチしたらいけるかな?」
「無理だと断定した上で言うが、するなら店の外でな」
「ひでぇ」
小声での会話を切り上げてカウンターに戻る。その間も視線が私を追ってくるので、槇が目的でないことははっきりした。
私に何か用だろうか。
嫌な予感しかしないのだが……。