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結論としては小夜ちゃんがアデプトで働いているのは、安定した収入のためでも私のカリスマ性故でもないということだ。
だがそんなことは実際のところどうでもいいのだ。
私も槇も、理由はわかっている。
こんなくだらない会話こそが、喫茶アデプトの日常なのだ。なんてことはない、ただそれだけだ。
「んじゃ、俺は帰るわ。今日は気分がいいから今までのツケを払っていこう」
閉店間際、槇が雨か雪でも降りそうなことを言う。
よほど報酬が嬉しいらしい。
「ほう? おまえ、どれだけ溜めてたのか覚えてるのか?」
「……いや、あんまり」
「小夜ちゃん、例のものを」
「はい」
すぐさま小夜ちゃんはレジの横にあるノートを取り出し、パラパラと捲って槇の前に差し出す。僅かに浮かぶ笑みがとても恐ろしい。
「斜線が引かれたものは支払い済みですので、現在のツケはここからです」
「……え」
槇はびっしりと書き込まれた専用ツケ帳を恐る恐る捲っていく。その動作を十数回繰り返した後、あまりのショックにツケ帳を落とした。
「現在、計九万六千二百円です」
「危うく六桁の大台突破するところだったな。どうだ、槇。いかに私が寛容か理解してもらえたかい?」
「……はい」
「喫茶店で十万近いツケをする人はそういませんよ」
「あ、小夜ちゃん。この前の賃料の立て替え、返せそうだよ」
「そうですね。……さ、槇さん。会計を」
「あ……いや……」
槇は財布と睨めっこをして数秒、ガックリと項垂れる。
所詮は貧乏探偵、咄嗟に十万もの大金を取り出せるだけの器量はないようだ。トボトボとレジに向かい、財布から有り金全てをトレーに出す。
「とりあえず、これだけでも……」
「三万五千四百四十六円。まぁ、許してやろう。ついでに端数は返してやろう」
「今回の報酬が消えないうちに残りを払うよ」
「ああ」
そして槇は哀愁漂う後ろ姿を残して去っていく。
来た時はあんなにも元気だったのに、今では見る影もない。だがそれは、いつもその日暮らしで、小さなことに一喜一憂する槇静馬そのものだった。