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槇静馬(まきしずま)。
ひょろりとした長身に、安っぽいスーツと丸渕の黒サングラスが奇妙な雰囲気を醸し出す自称、名探偵。
歳は三十代前半くらいだろうか。黙っていればそれなりに落ち着きがある人に見える。
この男との付き合いもかなり長い。私がこの店を開くとほぼ時を同じくして、槇はビルの二階、つまりこの店の真上に『槇探偵事務所』を開いた。
それ以来、喫茶アデプトの一番の常連として居座り続けている。
弱小私立探偵の性なのか、基本的に依頼は月に数件というレベルで、殆どの日を朝から晩までアデプトで読書に勤しんでいる。それでも探偵という仕事を続けていられるのは、時々大きな依頼を引き受けてはあっさりと解決しているから……らしい。
男の身の上話など聞く気にもならんので、私も詳しいことはあまり知らないのだ。
それでもただ一つ言えることは、こいつが私の敵であるということ。
この男は生活が厳しくなると、小夜ちゃんのお菓子をたらふく食べた挙げ句に、ツケといてなどと言って去っていくのだ。それも、私が少し店を離れた隙に逃げていく。
腹立たしいことこの上ない。
しかも、その日は私の分のお菓子がないのだ。
本当に腹立たしい。
「お、またなんか増えてるな」
「ん?」
「ほら、その棚の」
「ああ……」
槇は立ち上がると側によって作品を眺める。どうやら興味を持ったようで、色々な角度から見ていた。
この店には私が買い集めた美術品が至る所に展示してある。
写真や版画が壁に掛けられ、戸棚や小さなテーブルには楽茶碗や彫刻作品なんかが置かれている。それらは次から次へと買い足していくため作品同士に統一性はなく、店はかなり混沌とした空間になっているのだ。
しかも今回買ったセラミックアートは、今までの作品群の中でも飛び抜けて異彩を放っている。
「へー、面白いな。いくらしたの?」
「………」
「どうした?」
店内の空気が一瞬凍った。
小夜ちゃんが細い目でこっちを見てくる。
「……八十万」
「はちっ……! マジかっ! 小夜ちゃん、よく買うのを許したね。……いや待てよ、そういえば小夜ちゃん、しばらく店を休んでたな。ってことは、小夜ちゃんに黙って買ったんじゃないか? しかもこれだけの額、迷惑かけないはずがない」
ぐっ……鋭い。
さすが探偵というものを職業にしているだけあって、いちいち人のプライベートを突くようなことをしてくる。
「正解です、槇さん」
「だろー? まったく困ったやつだよな、このマスターは」
「ええ、本当に」
「だからさ、こんなやつのところで働いてないで俺の助手にならない? 俺と小夜ちゃんがコンビを組めば、どんな事件もあっという間に解決さっ」
「遠慮します」
「ぷっ、ざまぁ!」
「そもそもあなたの方が全然仕事してないじゃないですか。そういう寝言は収入が安定してから言ってくださいね」
そりゃごもっともだ。
同じ自営業でも探偵事務所なんて不安定な職業にも程がある。喫茶店で働くか探偵事務所で働くか聞かれたら、殆どの人がこちらを選ぶさ。
「なるほど、おまえが喫茶店なんかやってるのはそれが理由か。小夜ちゃんを引き留めておくには、安定した収入が必要なわけだな」
「いや、むしろ人望だろう。私のこの隠しきれないカリスマ性あるからこそ、小夜ちゃんがここにいてくれるのさ」
「全然違います」
「ぷっ、ざまぁ!」