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1-1

 麗しの女神、小夜ちゃんが戻ってきてから『喫茶アデプト』の売り上げは順調に回復して来ている。

 相変わらず常連客は小夜ちゃん目当ての男どもが多いが、彼らに分け隔てなく笑顔を見せる小夜ちゃんは、まさにウェイトレスの鑑だ。


 もはや小夜ちゃんなくしてはアデプトは経営していけない程までに、小夜ちゃんのファンは多い。

 栗色でストレートのロングヘアを簡単なハーフアップでまとめ、スレンダーな身体を包む落ち着いた服装にエプロンという姿。なによりも柔らかな瞳と濡れた唇が際立つその笑顔で男たちを虜にしていく。

 思春期の男子高校生なんかは、大人のお姉さんの魅力に一発でノックアウトだ。少ない小遣いでアデプトに通い詰める姿に私は心を打たれ、最近学生割引を始めた。

 そうしたらさらに客が増えた。

 改めて小夜ちゃんの恐ろしさを知った。



「マスター、ブレンド二つ入りました」

「はいよ」

 喫茶アデプトの従業員は私と小夜ちゃんだけ。小さなビルの一階にあるこの店には、それくらいで十分だ。それに、アデプトはランチメニューのない純粋にコーヒーだけの店なので、それほど人手を必要としない。

 メニューは十数種類のコーヒーと、小夜ちゃんの作る焼き菓子のみ。小夜ちゃんがいない日はコーヒーだけになる。そんな訳で小夜ちゃんのいる日といない日では、売り上げに天と地の差があるのだ。

 これでもコーヒーの味には自信があるのだがな……。

「はい、ブレンド二つ」

 カウンター越しに小夜ちゃんに渡す。

「……お待たせしました、ブレンドコーヒーになります。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「え、ええ」

「ごゆっくりどうぞ」

 その初めて見る若いサラリーマンらしき男性客二人は、しばらく小夜ちゃんに目を奪われていたが、小夜ちゃんとちらっと目が合うと慌てて逸らした。

 ……常連になる可能性大だな。


 つくづく思う。男というのは悲しい生き物だ。

 だがそこにはロマンがある。

 

 例え膨らみすぎた妄想が時を経てふとした拍子に思い出されて、枕に顔を埋めて叫びたくなるようなことになったとしても、今この瞬間にある輝きはとても素晴らしいものだと信じている。

 頑張れ、サラリーマンズ。

 心の中で親指をグッと立てる。だが、どんなに豪華なデートの誘いも、笑顔でさらっと断る小夜ちゃんの姿が容易に想像出来る。

 ……頑張れ、サラリーマンズ。

 あれ?

 サラリーマンの複数形はサラリーメンか? サラリーメンなのか?

「どうかしましたか? 難しい顔していますが」

「なぁ小夜ちゃん……。サラリーマンが二人いたらサラリーメンなのかな?」

「……また、変なことを」

「どうなんだろうな」

「そもそもサラリーマンは和製英語だったはずですよ。複数形なんてないと思います」

「なるほど、サラリーマンは一人でも百人でもサラリーマンというわけか。それは個人というものを蔑ろにした、日本の悲しい現実だね」

「なんですか、その勝手な解釈は」

 小夜ちゃんは心底呆れたようにため息をつく。

 というか、お客さんに向ける笑顔を私に向けてくれた試しが殆どないのだ。小夜ちゃんが私に笑顔を向ける時は、その表情の中に怒りの念が混ざっている。


 日頃の行いが悪いのは十分承知だ。

 それでも小夜ちゃんが私の店で働いてくれることに、大変感謝している。

 感謝している……が、たまには私にも笑顔をくれてもいいのではないだろうか。その営業スマイルの域を超えた、素晴らしい笑顔を。


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