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2-5

 厄介ごとの序曲は既に始まっているのか、アデプトに戻ってくるなり小夜ちゃんに冷ややかな眼差しを向けられる。

 槇以外の客がいないこともあってか、作り笑顔すらない表情に戦慄を覚える。そもそも平日の昼食時に、ランチメニューのないアデプトにいるのは、槇くらいのものだ。

 つまり、しばらくは客という助け船が来る見込みは少ないということ。



「おかえりなさい、マスター。随分早いですね」

「……三十分くらいは経ってると思うけど」

「そうですね。ですが、もっと時間がかかると思ってましたので」

「もしかして小夜ちゃん、怒ってる?」

「怒る理由がないと思いますが?」

 それにしてはちょっと言葉がキツイ気がするのだが……。

 先日のことも含めて、最近小夜ちゃんに嫌われだしているのかもしれない。


「とりあえず、話を聞いてもらいたいんだが」

「異性の交友関係について、私が知ることなんかないと思いますが」

「いや、そんなんじゃないんだ。困ったことに、私が『オルナンの埋葬』を盗んだことを知られてしまったんだよ」

「……えっ?」

 小夜ちゃんの表情が一転して驚きに染まる。彼女と私の関係がそんな甘ったるいものじゃないと、ようやくわかってもらえたようだ。

「私のミスでしょうか……」

「いや、こちらにミスはなかった。運の悪いことに彼女もアレを狙ってたらしい」

「すり替えるところを見られてたんですか?」

「ややこしいから、聞いたことを最初から話すよ」

「わかりました」



 それから私は紬ちゃんから聞いたことの全てを話した。

 探偵協会と怪盗商会、怪盗セルリア、ベリーニ兄弟、発信機……。

 さすがに最後のスリーサイズの話は省略したが、大体のことは伝わったはずだ。

 小夜ちゃんは長いこと黙っていたが、大きくため息をついてからジトッとした目で私を見る。


「つまり、結局の原因はあなただということですね?」

「……それを言われたら返す言葉もないが、想定外の出来事だよこれは」

「原因はあなたでも、責任はありませんけどね」

「それもそうだね」

「……しかし、それは本当のことなんでしょうか。信じるための証拠がありませんよ」

「証拠という程ではないが、探偵協会が存在するのは事実だよ」


 突然、槇が口を挟んでくる。

 なにやらサングラスの奥で目が光っていた。

「何故おまえがそんなことを知ってるんだ?」

「だって、俺も協会の一員だし」

「は?」

「本当ですか? 槇さん」

「ああ。俺が時々引き受ける大きな依頼ってのが、実はその探偵協会からの依頼ってわけ。予告状を出してきた怪盗を炙り出すのが俺の仕事だ」

 まさか槇がそんなことをしていたとは。

 怪盗を捕まえるなんて、まさに探偵として最高レベルの依頼ではないか。


「協会も、最近は怪盗たちも連携を取り始めたんじゃないかって予想はしていたが、本当にそんなものが出来てたとはね」

「なんか急におまえが凄い人間に見えてきたぞ。私はどうかしてしまったのか? ちょっと眼科医か精神科医に診てもらおうかな」

「いやいや、今の状態が最も安定してるからそのままにしておいた方がいい」

「……すみませんが、私は明日にでも病院に行かせてもらいます」

「よし、明日は臨時休業だな」

「そうしていただけるとありがたいですね」

「……酷いな、おまえら」



 とにかく、槇の話が本当だとしたら怪盗商会というのも存在しているのかもしれない。

 彼らが真に怪盗なのかはわからないが、随分と裏の世界が変わってしまったことは間違いないようだ。

「今はそんなに怪盗が多いんですか?」

「多いな。昔から活動してた窃盗団が怪盗を名乗り出したり、いきなり怪盗デビューをするやつもいたり……まぁ色々だな」

「なるほど、やはり怪盗という概念が曖昧なんだな」


「それにしても、不運なのはあのお嬢ちゃんだ。よりによって協会の人間に素顔を見せちまうなんてな」

「おまえ、彼女の話をずっと聞いてただろ」

「ああ。いきなり話を振られた時はさすがに焦ったよ」

「本が逆さまだったぞ」

「マジか!」

「……いや、嘘だ」

 そんな古典的なミスをするのは可愛い女の子だけにしてもらいたい。

 おっさんがやっても嬉しくないよ。



「芹沢紬でしたっけ? おそらく偽名でしょうが、以前どこかで会ったことあるような気がするんですが」

「あ、小夜ちゃんもそう思う?」

「あなたもですか?」

「そうなんだよ。でもまぁ、そのうち思い出すだろ」

 これ以上関わらないのが最善の選択のような気もするけどね。


「それと、もう一つ気になってることがあるんですが、どうして槇さんがそんな協会に属してるんですか?」

「そりゃあ、俺は怪盗ヘルメスを唯一痛み分けに持ち込んだ男だからな。オファーがかかるのにそう時間はかからなかったさ」

「なにが痛み分けだ。ちゃんと予告通りに獲物は盗んだじゃないか!」

「変装がばれて慌てて逃げ出したのは、どこのどいつだろうな?」

「あれはちょうど撤退する時間だったんだよ。立つ鳥跡を濁さずというわけにいかなかったのは事実だが、あれを痛み分けと言うには辛いものがあるだろ」

「それでも世間は俺を評価したのさ。現にその後誰一人ヘルメスの影すら掴めていないんだからな」

「要するに、全ての原因が怪盗ヘルメス……つまり、あなたに帰結するんですね」

「……そうみたいだね。まったく、困ったものだ」


 有名になるというのも考え物だな。

 まさか、私のせいでこんなことになるとは……。



 この世の中は本当に何が起きるかわからないものだ。

 それがまた面白いところでもあるが。


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