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ぐんだん、とうじょう。


 ある種の法則があるのか、幾何学的に配された記号の羅列が幾層にも重なり、見る者に感嘆を覚えさせる。直径十メートルほどの魔法陣が、善行よしゆきの前に描かれ白光していた。しかも、魔法陣は地面に描かれた物だけでなかった。その真上、十数メートルの宙空にもう一つ。こちらの魔法陣は、全ての光を吸い込むかのように、漆黒の闇で描かれている。


 突如現れた幻想的な魔法陣に、オットー親子は呆気にとられ、駆け寄る盗賊たちも驚き足を止める。


 皆が注目する中、上下に分かれた二つの魔法陣が、「バシュッ!」と火花を散らす。次の瞬間には互いに呼応するかのように、対となった魔法陣に向かって激しく放電した。上から下へ、或いは下から上に向かっていかずちが走り抜ける。徐々に激しさを増す放電。さながら、激しく明滅を繰り返す光の柱が出現したかのようである。更にそれに加え、宙空にあった漆黒の魔法陣がゆっくりと降下し始めた。圧縮される光の柱。内在する圧倒的なエネルギー。そのエネルギーが、力が、はち切れんばかりに膨れ上がる。

 そして、遂に漆黒の魔法陣が、地面に描かれ白光する魔法陣に重なったその刹那――周囲を圧する光の奔流が溢れ出した。


 その間、オットー親子も盗賊たちも、何事かと固唾を呑む。彼らは魔法陣の織り成す現象に魅入られ、光の奔流に恐怖の悲鳴をあげる。が、傍らに立つ善行は、どや顔に勝ち誇った様子で、にやにやと笑っていた。

 しかし、光の奔流が治まった時、オットー親子や盗賊たちは唖然となり、善行に至ってはどや顔から一転、その表情は強張り冷や汗を流していた。


 何故なら、さっきまで魔法陣の描かれていた場所に現れたのは――白を基調とするテーブルとチェア。手掘りの天使や獅子などの彫刻が細微に渡って成され、どこかアンティークな雰囲気が漂うテーブル。貴婦人を思わせ優雅で繊細な装飾が美しいチェアに座るのは、漆黒の長髪が美しい男装の麗人。

 黒く黒く闇に吸い込まれた様な漆黒の瞳……! その漆黒の瞳に負けず劣らず、周囲の光を吸収するかに見える流れる黒髪……! 端整な容姿は他に例え用も無く、見る者を魅了する。身に纏うのは、染み一つない純白の礼服。まるで闇の女神かと思う麗人に、白い礼服が良く映える。ここが闘争の場でなければ、皆が「ほぉ」とため息をつくだろう……否、例え闘争の場であっても、それは変わらない。オットー親子も盗賊たちも、突然現れた麗人から目を離せないでいた。ただひとり、善行を除いて。


 その麗人の後ろに控えるのは、黒と白を基調としたフリル付きのエプロンドレスを着こなす、四人の女性。白いフリルの付いた可愛らしいカチューシャを頭に乗せるが、四人とも人ではなかった。体長百五十センチメートルほどの猫が、二足歩行で立ち、メイド服を身に纏っているのだ。カチューシャからはみ出した耳が、ピコピコと動く。スカートから垂れ下がる尻尾は途中から二又に分かれ、左右に揺れていた。

 猫メイドたちは給仕の途中だったのか、銀のトレイを持ったままの姿勢で固まり、口をぽかーんと開ける。その耳は忙しなくぴこぴこ動いていた。

 男装の麗人も、色鮮やかな模様入りの白磁のカップを、優雅に口に付けた状態で固まっていた。

 皆が唖然と固まる中で、真っ先に動いたのはその麗人だった。ゆっくりとカップをテーブルに戻すと、じろりと凍てつく視線を善行に向ける。


「何のつもりだ、ゼンコウ?」


 麗人から発された声は容姿に比して、涼やかな綺麗なものだったが、視線と同じく底冷えを感じさせるものでもあった。


「あ、あれっ、ははは。エキドナさんこそ何を?」


 愛想笑いを浮かべる善行であるが、ここで間違いをひとつおかした。

 見るからに不機嫌な様子の女性に対して、問い掛けに質問で返すとは、まさに愚の骨頂。案の定、エキドナと呼ばれた麗人の眉間に深いしわが刻まれる。


「見て分からんのか。今は、お茶を楽しんでる最中なのだがな……」


 心安らかに楽しんでたところを、突然に邪魔をされたのだ。エキドナから、少なからずの怒気が漂いだすのは無理もない。しかも、怒気を発するだけでなく、足下から冷気が漂い周囲を凍てつく氷の世界へと変えていく。


「ちょっ、ちょっとぉ! 魔力が漏れてますって!」


 慌てて善行が制止すると、「ふんっ」と鼻を鳴らすエキドナ。しかし、その態度とは裏腹に、漏れ出す魔力は治まった。

 それを確かめ、ほっとする善行。それもそのはず、エキドナが創り出すのは絶対零度の極寒の世界。それは、熱振動(原子の振動)さえ完全に止まる、何者の命も生きられない完全なる静寂、死の世界にほかならないからだ。


「で、何故、わらわを呼んだ?」


「あっ、ほら、エキドナさんも一応は副団長だから。今回は俺達バルハラ傭兵団の初仕事という事で……」


「ふむ、初仕事?」


 エキドナが、辺りをじろりと眺め回す。

 オットー親子は勿論、盗賊たちも突然現れた麗人や猫メイドに、最初こそ呆気にとられていた。だが、その後にエキドナから漏れ出す、圧倒的な気配に完全に呑まれていたのだ。エキドナが纏うのは、逃れようの無い死の気配。エキドナに睨まれるだけで、盗賊たちも、獰猛なはずの騎獣の地竜でさえ、思考は停止し硬直していたのである。それは、蛇に睨まれた蛙の如し。


「詰まらん! このような下賤げせんの者の相手など、わらわは断る!」


「え、えぇぇ! 初仕事なんだから、そこはほらっ……」


 善行が助けを求めるように、後ろの猫メイドたちに目を向けると、


「私たちも、エキドナ様のお世話で忙しいニャン」


 と、けんもほろろの回答に、善行はがっくりと項垂れる。


わらわ以外にも、本拠地には力をもて余した馬鹿どもが、沢山いたであろう」


 そう言うと、エキドナは「ふっ」と黒い息を吐き出す。その吐息は、見る間に巨大な門へと形を変えていく。

 それは【異界門】、或いは単純に【ゲート】と呼ばれるもの。異空間を介して、遠く離れた地を結び付ける。先ほど、善行が行った、遠く離れた者を呼び寄せる【召喚術】と良く似ている。が、善行が盛大な魔法陣を伴うのに対して、エキドナは吐息ひとつで【ゲート】を出現させたのである。それだけでも、エキドナの能力が如何に突出してるのか、分かろうというもの。まさに、女帝と呼ぶに相応しい能力の持ち主なのだ。


わらわはここで、その初仕事とやらを、観戦させてもらうとしよう」


 エキドナは優雅に笑うと、目の前に置かれたカップを口へと運ぶ。


「えぇ、そんなぁ……」


 善行が顔をしかめていると、【ゲート】からひょっこりと顔を出す者がいた。緑の肌をした小さな体躯。醜悪な相貌に、額から伸びる小さな捻れた角。それは、ゴブリンと呼ばれる小鬼。

 門から顔を出し、きょろきょろと辺りを見渡す。そこで、直ぐに目の前にいるエキドナと善行に気付く。「キシャア!」と奇妙な声を上げて、慌ててその場で土下座した。


「おい、初仕事だ。直ぐに皆を呼んでこい!」


 エキドナに拒否され渋い顔のまま、善行が小鬼に向かって命令する。と、小鬼が何度もぺこぺこと頭を下げ、門の向こうに引っ込んだ。

 そこで、辺りを静寂が包む。むっと顔をしかめる善行に対して、平然とお茶を楽しむエキドナ。時おり、猫メイドたちがカップにお茶を注ぐ音が響く。

 尋常でない状況に盗賊たちが顔を見合わせ、そろりと踵を返そうとした時、【ゲート】が「ドンッ!」と轟音をたて開いた。

 次々に、溢れ出る魔獣。真っ先に飛び出した真っ黒な影が、善行の元に駆け付ける。


「ガウガウ!」


 善行の周りを、嬉しそうに尻尾を打ち振り駆け回るのは、地獄の番犬ケルベロス。体長五メートルの体で、善行に飛び付き双頭の顔を綻ばせて善行の顔を嘗め回す。


「あぁ、分かった分かった。だから、ちょっと止めろってオルト」


 唾液まみれとなった顔に、うんざりする善行だった。

 そして、飛び出したのはケルベロスのオルトだけではなかった。

 灰色狼に股がるゴブリンライダー達に、人面獅子のスピンクス。山羊の胴体に獅子の頭を持ち、尻尾は毒蛇のキメラ。百眼の巨人アルゴス等々、それら以外にも数え切れない魔獣が溢れ出す。正しくそれは百鬼夜行。


「ウモオォォォォ……!」

「ガアヒイィィィ……!」


 雄叫びと共に、最後に現れたのは地獄の獄卒、牛頭獄卒と馬頭羅刹の二匹の魔獣。二匹とも十メートル近い巨体に、牛頭獄卒は両手に巨大な戦斧を持ち、颶風の如く振り回す。馬頭羅刹は、長大な長柄の槍を持ち、目にも止まらぬ速さで突き出す。


 これに驚いたのは盗賊達である。この世のものとは思えぬ光景に、心は完全に折られ悲鳴を上げると、算を乱して逃げ出していく。


「我らが初陣ぞ! それっ、敵はあやつらじゃ! 蹂躙せよ!」


 号令を下したのは、冷笑を浮かべるエキドナ。善行はというと、オルトに組み敷かれて体中を嘗め回されていた。


「ちょっ、ちょっとぉ……最初の号令は、俺がぁ……」


 善行の嘆きの声が、荒野に響くのであった。

よしゆきの仲魔紹介。


No.3

闇の女帝 エキドナ 推定 ????歳


バルハラ傭兵団の副団長。

元はスキタイの恵みをもたらす母神であったが、ギリシャ神話では次々に魔物を産み出す邪神へと堕された女神。

よしゆきが、元の世界から転移した時に遊んでいたゲームアプリ『モンスターサークル』で、最後に仲魔にしたラスボス。

魔力、身体能力はずば抜け、軍団一を誇る。

熱振動(原子の振動)さえ止める、絶対零度の冷気を操る。


かなりのSっ気の持ち主で、よしゆきに対してはツンデレどころか、ツンツンツンデレである。


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