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ぐんだん、はつしごと。


 この国では珍しい、黒髪黒目の青年。見た事もない異国の衣装――厚手の生地で縫製されたジーンズ穿き、上半身は派手な絵柄が描かれた薄手の生地の衣服(アニメキャラクターが描かれたTシャツ)を身に着けている。しかもその上から、裏地が赤い黒のマント?を纏っているのだ。オットーからたちから見れば、どこからどう見てもかなり奇妙で変わったひと、変人と言うしかなかった。その青年が、小さな雲の塊の上に立って微笑み、馬車と並走して飛んでいるのだ。驚くなという方が無理である。

 オットーにしてみれば、まさか返事があるとは予想していなかった。だから、突然現れた奇妙な青年に腰が抜けるかと思うほど驚き、思わず手綱を引き絞ってしまう。途端に、当然の如く馬は棹立ちいななく。ハーネスに繋がれる荷台から飛び出た長柄の棒が、みしみしと軋み音を響かせる。それに気が動転し、慌てふためくオットー。今度は御者台横にあるブレーキ棒を、咄嗟に押し倒してしまった。同時に車輪が地面と擦れ、今度は荷台全体がぎしぎしと軋む。急制動の掛かった荷馬車が大きくバランスを崩し、横倒しに転がろうと車体を浮かせた。


「おっと、危ない! 驚かせてしまったか、コクト!」


 雲塊に乗った青年が、後ろに首を捻り叫んだ。すると、纏っていたマントが青年から離れ、ぶわっと数倍の大きさに広がる。その広がったマントが、転がり掛けた馬車を包み込む。あっさりと衝撃を受け止め、ゆっくりとその勢いを殺していく。最後は転がり掛け片輪の浮いた状態の馬車が、「ドスン」と地面を揺らして元の位置に戻った。

 オットー親子は何が起きたのか訳が分からず、呆然自失といった様子で硬直している。その目の前で、興奮して暴れる馬を、青年が「どうどう」と軽く首筋を叩き宥めていた。

 突然現れた青年に、娘のオルガは目を大きく見開き、あわわわと、声にならない悲鳴を上げる。それに気付いた青年が、透かさず雲に乗ったまま、すぅと近寄って行く。


「大丈夫ですか、お嬢さん?」


 どや顔の青年が、相変わらずの緊張感の欠片も無い声で話し掛ける。と、オルガの口中から堰を切ったように悲鳴が迸り出た。


「ひ、ひいぃぃ……い、いやぁぁぁ!」


「あれぇ、おかしいな……普通はここで、ありがとうとか目をキラキラさせて見詰め返して来るのがテンプレじゃないのぉ」


 一転、表情を引き攣らせて、ぶつぶつと訳の分からない事を呟く青年。

 そこでようやく、あまりの出来事に固まっていたオットーが、娘の悲鳴に我に返った。すぐさま横に座るオルガを庇うかのように抱き締め、恐怖の混じった視線を青年へと向けた。


「あ、あなたは……それに、これは?」


 怯えた表情を浮かべたままオットーが、恐る恐るといった様子で問い掛ける。オットーにとっては、目の前にいる奇妙な青年にも驚くが、荷馬車を受け止めた大きな布状の物が気になって仕方がない。


「あぁ、こいつですか?」


 青年が目を向けると、黒い布はするすると縮む。そして、まるで生きてるかのように、青年にまとわり付く。その様子を眺め、驚き目を丸くするオットーに、青年が嬉しそうに答えた。


「こいつは俺の仲魔で、黒影獣のコクト」


 そこで一旦、言葉を切った青年が、爽やかな笑顔を見せる。


「そして、俺の名は佐藤善行さとうよしゆき。これでも、バルハラ傭兵団の……一応、団長をやってます、ははは」


「傭兵……団?」


 善行よしゆきの答えに、オットーが一瞬、困惑の表情を浮かべる。

 と、その時――ヒュンと風斬り音が鳴る。同時に数本の矢柄が、荷馬車の幌に突き刺さった。


「ひ、ひいぃぃぃ! お助けを!」


 突然の出来事に、オットーは盗賊の存在を完全に失念していた。飛来した矢に、はっと息を呑み、追われていたことを思い出したのだ。反射的に目の前に現れた青年に、すがり付くのも無理はなかった。


「えぇと、助けるのは構わないのですが……」


 そこまで言って、善行は迫り来る盗賊たちに目を向け顔を曇らせる。既に盗賊たちは荷馬車に追い付き、遠間から矢を掛けていたのだ。

 彼ら盗賊たちも、突如現れた雲に乗る青年、善行に警戒して遠巻きに囲んでいたのである。


「た、対価をお望みでしたら、後から幾らでも払いますから、何とぞ……」


 必死の様子で頼み込むオットーに、善行が「あっ、そうか」と大袈裟に頷く。


「報酬とか細かい事、まだ何も考えてなかったな」


 それもそのはず。傭兵団については、具体的にどうするかまだ考えていない善行。追われる荷馬車を見て、ただ単に上空から舞い降りて来ただけであった。


「えぇと……まぁ、今回は俺たち傭兵団の初仕事という事で、出血大サービスでお安くしときますよ、ははは。あっ、それと後でバルハラ傭兵団の宣伝なんかしてもらえると助かるかもですね、ははは」


 ざっと見ても、荷馬車を囲む盗賊たちの数は五十を優に越えている。その状況の中で平然と笑う善行に、オットーが目を白黒とさせていた。


 ――もしや、高名な魔導師様?


 見た事もない魔獣を使役し、数多くの盗賊を前に余裕の態度。大陸は広い、自分が知らぬだけで有名な魔導師だと、オットーが考えるのも無理の無いもの。ただ、善行が口にした傭兵団との言葉を、不思議に思う。


「よ、ヨシユキ様……」


「あっ、ごめん。善行様とか畏まって呼ばなくても良いよ。皆からはゼンコウと呼ばれてるから……えぇと、……」


 首を捻る善行に、それと察したオットーが、慌てて名前を名乗る。


「も、申し遅れました。わたしどもは、行商を商う親子。私めが、オットー。これなるは、娘のオルガでございます」


 善行の平然とした態度に、オットーもようやく落ち着きを取り戻す。長年の行商で、盗賊や魔獣に襲われた事もこれが初めてでは無い。これまでにも、数々の危難を乗り越えてきている。周りを取り囲む盗賊たちは確かに恐ろしい。が、善行を前に腹を据えてみれば、今度は目の前にいる青年に興味を覚えてしまうオットーであった。


「えっと、商人のオットーさんにオルガさんですね、分かりました。堅苦しい挨拶は苦手なので、俺の事はゼンコウとでも呼んで下さい」


「ゼ、ゼンコウ……様ですか」


「はいはい、それではちゃっちゃと終わらせますか。俺たち傭兵団の初陣の相手には、少々もの足りませんけどね」


「傭兵団? ……」


 オットーには、不思議でならなかった。先ほどから善行は傭兵団と言うが、この場には一人しかいないのだ。使役する魔獣を入れても――オットーには善行の乗る雲が魔獣に見えず魔法だと思っている――ひとりと一匹。とても、団と呼べるものでは無い。それを不審に思い尋ねようとするが、その前に、遂に盗賊たちが動き出した。

 盗賊たちも、異様な風貌の善行の出現に迷っていたのだ。宙を飛ぶ姿からも、明らかに魔導師だと思い警戒もしていた。だから、遠間から様子見に矢を射掛けたのである。それに対して反応の薄い善行に、これはくみし易いと見て一斉に矢を放つ。

 と同時に、喚声を上げて迫る盗賊たち。


「コクト!」


 善行の声に、またしても黒マントが大きく広がる。そして、飛んでくる矢を全て受け止めたのだ。が、次の瞬間には小さく縮み、ぱっとまた広がった。受け止めたはずの矢が、今度は盗賊たちに向かって放たれる。

 これはコクトの特殊能力【リフレクト】。相手の攻撃をそのまま反射して撃ち返す。それは、許容範囲内であれば、物理、魔法を問わず、あらゆる攻撃に対応するのだ。


 放ったはずの矢が撃ち返され、盗賊たちに降り注ぐ。それに混乱するかと思われたが、意外と盗賊たちは落ち着いて対応する。足並みこそ乱れたものの、騎獣に身を伏せやり過ごす。硬い鱗に覆われた地竜の肌が、矢を弾き返す。それどころか、中には対物理障壁の魔法を唱え身を護る者までいるのだ。

 ただの盗賊にしてはおかしい。騎獣にしてもそうなのだが、盗賊の中にまで魔法を扱える者がいるのは明らかにおかしかった。魔法などの特殊技能を持つ者は、引く手あまた仕事には困らない。盗賊に落ちぶれる者はかなり珍しい。それが同じ盗賊団に数人となれば――だが、まだこの世界に馴染んでいない善行には、「お、やるな」と全く頓着しない。


「それでは、傭兵団の初お披露目といきましょうか」


 善行はそう言って、強張った表情を浮かべるオットーに、いたずらっぽく笑って見せる。


「先ずは、バルハラ傭兵団の副団長の登場だ!」


 善行が叫びながら右の拳を高々と差上げる。途端に、周囲から光が集まり輝き出した。


『我が呼び掛けに答えよ、闇の女帝。出でよ、全てを暗黒と恐怖に塗り替えし存在エキドナ! 今ここに顕現せよ!』


 善行の拳から放たれた光が、目の前の地面に魔法陣を描き出す。


よしゆきの仲魔紹介。


No.2

コクト(黒斗) 推定15歳


よしゆきの守護獣

闇精霊の眷属、黒影獣。

いつもはよしゆきのマントに擬態している。

あらゆる攻撃を吸収する事が出来る。

独自の攻撃手段は持たないが、吸収した攻撃を相手にそのまま撃ち返す【リフレクト】を使う。

発声器官が無いため、コクトも会話自体は出来ない。

よしゆきの魔力を糧とする寄生獣?


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