ぷろろーぐ
現代ではスマートフォン、いわゆるスマホと呼ばれる端末機が溢れかえっている。パソコン、携帯情報端末の機能を組み合わせた多機能携帯電話は、現代の人々の必需品と言えるだろう。
かつてのガラケーと呼ばれた携帯端末は駆逐され、今はスマホの時代。若者達は、スマホを通して他の同世代と繋がるのだ。多大な利便性をもたらす反面、依存症への警告も声高に叫ばれる。電車内は勿論、禁止されてるはずの病院内でも散見できる始末。あらゆる時と場所に満ち溢れるスマホ。昨今、もっとも問題視されるのは歩きスマホである。スマホの操作に夢中となり、危険な場所に踏み込んでも気付くのが遅れる。利便性と引き換えに、多くの弊害も産み出していた。
そしてここにも、その弊害を甘んじて享受する青年がいた。
横断歩道を渡る青年。だが、歩行者専用の信号は青色の点滅から赤に変わろうとしている。周りの歩行者は、それに気付いて駆け足となるが、青年はそれに気付かない。歩きスマホ、画面の操作に夢中になっているのだ。
「くそっ! このボスモンスターは、どうやったら仲魔にする事が……」
彼には周りの状況が、全くと言って良いほど分かっていなかった。スマホの画面に表示される、ゲームアプリの動きを視線が追い掛ける。だから……。
――キ、キイィィィ!
甲高いブレーキ音を響かせて、右折車が交差点に突っ込む。運転手もまた、スマホのラインの着信音に気を取られていた。だから、横断歩道内に取り残されていた青年に、気付くのが遅れたのだ。慌てて深く踏み込むブレーキペダル。タイヤが煙りを吐き、アスファルトに擦れる音が鳴り響く。
「おっ、よっし、やぁったあぁ! 遂にラスボス闇の女帝も仲魔に! これで次のステージ『神界』に――えっ、うそぉ!」
興奮した彼が、ただならぬ音に驚き顔を上げた時には、既に全てが遅かった。次の瞬間、これ迄の人生で味わったこともない衝撃が、彼を襲う。
――ドンッ!
低く鈍い音と共に、彼の体が宙を舞う。その時には既に、彼の意識は刈り取られていた。何が起きたのか分からぬまま、何かを考える余裕すら彼には無かっただろう。
「ひいぃぃぃ……!」
悲鳴を上げて、ハンドルに顔を埋める運転手。しばらくして、そっと顔を上げる。目前に現れる悲惨な状況を想像しながら。
だが、蜘蛛の巣のように罅の入ったフロントガラスの向こうには――周りで事故を目撃した人たちも、悲鳴を上げつつも事故現場に集まる。
しかし、そこには――――何も無かった。
彼の姿も、血痕さえも、事故の痕跡となる物は何も残されていなかったのだ。皆は、まるで白昼夢にでも出会ったかのように、呆然と事故現場を眺めていた。
だが、誰も気付かなかったが、ただひとつ残された物があった。道路脇の側溝の中――表面のガラスが砕け散ったスマホがひとつ。辛うじて映し出す画面に文字が浮かび点滅する。
――『Congratulations! Next Stage!』
…………私は今でもガラケーです(汗