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イケナイダンス

 その日は朝から雪が降っていた。ここ最近の天気は晴ればかり続いていたので、突然の雪には驚いた。気温も雪の今日に合わせるかのように、急激に低下していた。これは裸で生活しているボクには大ダメージだ。朝恒例の『おはよーリビドー』がこの天気では実施出来ない。その代わり、家の鏡に向かって『おはよーリビドー』している。家の電灯の光がボクの体に反射し、煌びやかにそれを演出する。今日も素晴らしい裸だ。

「朝から何やってるの・・・・・・っていつものことか」

 ワダジマエイミが恒例のごとくベランダからボクの家に侵入してきた。

「別に玄関から堂々と入ってくればいいのに」

「イヤだよ。変態に思われちゃう」

 十分ボクに付き合っている時点で変態だと思うのだが。ボクの裸を見て、内心興奮しているんじゃないのか?顔に出ていないだけでそう思ってるんじゃないのか?

「それはない。それは断じてない」

 また思考を読まれた。ワダジマエイミの心を読む能力さえなければ、今頃・・・・・・

「今頃、何?」

 ワダジマエイミがボクの体に擦り寄ってくる。彼女が着ているセ-ラー服越しに、肌のぬくもりを感じる。ただでさえ今日は極寒であるから、余計にその暖かさを鋭敏に受け取ることが出来る。僅かながら、柔らかな双丘が肌に触れる。思わずボクのひみつのアッ○ちゃんがテクマクマヤコンしそうだ。

「ちょっと、興奮しないでよ」

 しまった。ついつい鼻が制服に伸びていた。洗濯したてなのか、洗剤に含まれているのかそれとも彼女の発する匂いが混ざり合っているのか分からないが、鼻腔を刺激する芳醇な香りに包まれている。ダメだ。このままでは変態紳士がただの変態になってしまう!はあああああっん!!!!

「ああ、ごめん。サービスしすぎたね」

 体をそっとボクから離し、地べたに女の子座りする。一瞬、座る際の風圧でスカートがパラシュート上に広がるが、敢え無く両手を添えられ秘密の花園への入り口は無念にも閉ざされた。

「駄目だよ、気を付けないとさ、こっちも変態紳士だけど、いつ紳士じゃなくなるか分からないよ」

「大丈夫でしょ、アンタはそんな度胸ないでしょ」

 白い歯を見せてボクに笑いかけてくれた。透明に輝くその笑顔は、幸福を振りまこうとしているように見えるが、どこか人生に対する諦念を孕んでいるようにも見えた。

「それよりさ、デートしない」

そんな鬱屈な気分を切り裂くかのように、突然話を切り出した。

「え?何だよ突然」

 あっけにとられていると、ワダジマエイミがスマホの画面をボクに見せつけてきた。

「いいじゃん!ほら、ココだよココ!」

 そこに表示されていたのは、この家から歩いて10分の距離にある『ゲラ山パスーランド』という、遊園地と温泉が合体した総合娯楽施設だった。

「ほら、お風呂なら裸で居られるし、良いと思うんだけど、どうかな?」

 ワダジマエイミが上目遣いで懇願している。そんな潤んだ瞳で見られたらどんな男も首を縦に振らざるを得ない。

「ああ、分かった」

「ほんと?!やった~!」

 まるで子供のようにはしゃぎ回る。今まで一度も遊園地に行かせてくれずに、ようやく今日初めて行ける事実に阿鼻叫喚しているかのように。実際にそうなのかもしれない。

「そうだよ。行くの、生まれて初めてなんだ」

 見事的中した。

「でも、その格好じゃ外出られないよね?」

「何を言ってるんだ?これが正装だよ」

「いや、世間的にはそれ裸って言うんだよ。公然とわいせつしちゃってるんだよ」

 その言葉にボクは思わず笑みを浮かべ、こう切り返した。

「それは世間が間違っているんだ。ボクには裸で街を歩く『権利』があるんだ!」

 そのまま玄関から外に出ようとするボクを、ワダジマエイミは右手を強く掴み、制止する。

「せめてさ・・・・・・せめて下着くらいは穿いたら?」

「ダメだ」

「え~、じゃあ何だったらいいのさ」

 ボクの中では既に衣服を着るという選択肢は一切無い。ボクにとっては裸でいることがライフワーク、生きる意味『アイデンティティ』なのだ。ならば、ワダジマエイミはボクに何を求めるのだ?

「そうだな、下着がダメなら、首輪と鎖なんてどう?犬の格好ってことで」

 ああ、神様。こんなに素晴らしい発想を思い浮かぶ女子高生に巡り会わせて下さってありがとうございます。『犬』ということであれば、裸でいることが必然的になる。むしろ電柱に尿を掛けたりするプレイなぞ、造作も無いことだ。人を舌で嘗める。鼻を体に密着させて匂いを嗅ぎまくる。あらゆることが合法的に行うことが出来る。ボクは新しいセカイへの扉を開いてしまったのかもしれない。

「ありがとう。すぐに犬になるから、道具を貸してくれ」

 そう言うと、ワダジマエイミは学校に持って行っているウサギのアップリケが施された黒の布地のリュックサックから、あろうことか鎖、首輪、それに犬耳カチューシャ、尻尾まで持っていたのだ。

「もしかして、考えを先読みしたのか?」

「ご想像にお任せします」

 ワダジマエイミは不敵な笑みを浮かべ、ボクに『犬変身グッズ』を装備させた。ご丁寧にも手持ちの化粧道具で全身に犬メイクを施してくれた。これで何処からどう見ても正真正銘の『犬』だ。

 ボクはワダジマエイミの鎖から伝わる指示のまま、四つん這いで外へ飛び出していった。


 犬であるのだから、街中にあった人には『ワンワン』と元気に吠えて、尻尾を振らなければならない。そしてあわよくば股ぐらに侵入し匂いも嗅がなくてはいけない。これら一連の動作は、いわば犬に課せられた『義務』である。必ずこなさなくてはならない。しかも人間であることを悟られずに、だ。

 早速通行人が現れた。年はだいたい30代前半といったところか。商店街から買い物の帰りなのだろうか、ネギや何やらが飛び出した大きめのバッグを抱えている。こういう主婦には『クゥ~ン』とおねだりボイスを発すれば、必ずや『かわいい~』といって夢中になるはずだ。

「こんにちわ~」

 主婦はこちらに向かって笑顔で挨拶した。しかし、ボクの姿を見た瞬間、その笑顔は崩れ去り、畏敬もしくは驚異の顔に変わっていた。

「あ、あら~随分大きいワ、ワンチャンですね~」

 かなり無理して笑顔を再度作った。このままではボクが只の犬の格好をした変態に見られてしまう。

 ボクは必死に尻を振り『クゥ~ン』と鳴いてみせた。

「鳴き声も、なんだが野太くて凜々しい犬です、ね」

「そ、そうです、かね~」

 ワダジマエイミも誤魔化そうと笑顔をとりつくろう。こういう時には咄嗟に笑顔を作れるものなんだなと、女の怖さを実感する。

 ボクも怯まず第二撃として、舌を出し『ハァハァ』と息を荒くし、上目づかいで撫でて貰うようおねだりする。だが、これには主婦も苦虫を噛んだ顔を浮かべ、「で、では~」と会釈してそそくさと立ち去ってしまった。

「まずい、これバレてるんじゃないのか?」

「しっ!犬なんだからしゃべっちゃだめ」

 口に人差し指を当ててボクに合図を送る。それに対してボクは元気よく『ワン!』と吠えて応えた。


 その後は怪しまれることも無く、なんとか遊園地までたどり着いた。だか、ここに来て新たな問題が発覚する。

「そうだ、この遊園地ってペット入園禁止なんだよね・・・・・・」

 ボクは『キュ~ン』と鳴いて砂を噛み始めた。



 




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