3話 乙女の秘密 風子先生の過去 中編
前回までのあらすじ
Z.L.Fの襲撃事件から翌日。休む暇も無く唐突に日本政府の特殊部隊が風ノ森環境工学校を制圧。普段と違う日常の中生徒らは保護され風子だけが取り調べを受けることに――。 敏腕国際警察ローエンの卓越なる尋問により風子のこれまでの経歴が明らかになっていく――。
「しゅにーん!まだ寝ているんですか?」
――早朝5時 研究施設の私室前から若い男性助手の呆れたような声が施設内を駆け巡る。
助手の持つお膳には朝食であろう食パンやオレンジジュース ジャムなどの食材が所狭しと並ぶ
相手を思いやっての朝食だということが見て取れる
「全くもう……んじゃ勝手に入りますからね」
ガチャリと扉を開ける―― 目の前には散乱した書類や研究資材が散乱している
中央の研究机にもたれかかるようにスヤスヤと寝息を立てる白衣の女性――風ノ木・S・風子である。
ドアの開く音で目が覚めたのか ぼんやりとした表情で目をこすり辺りの状況を確認する風子
「あら、田所クンおはよう……」
「おはよう…じゃないですよ! さっきから部屋の外で何ども起こしているじゃないですか!」
「……だって…昨日は遅くまでC.L.F粒子の資料に目を通していたのよ…少しぐらい寝坊してもいいじゃない」
「少しじゃないですよ! もうお昼前ですよ! 定時連絡のコールが鳴っても来ないからこうしてぼくが来たんじゃないですか!」
――呆れた表情で頭を抱える。
風子は成績優秀頭脳明晰で数々の論文を発表し世界最年少で今の地位に辿りついた異色の人材。
けれども、その生活態度は杜撰だ。ヘアスタイルのポニーテールはボサボサ 貴重な書類の上で平気でモーニングコーヒーを飲み
挙句処分する書類と間違えて大事な書類をシュレッダーにかけようとする――
しかし、いざ公共の場となると瞬く間に態度が変わり凛々しく 優雅で誰もがみとれる美女に生まれ変わる――。
いつもこうであってほしいと内心思う田所だが…… どうやらそれは叶わないようだ――
お膳の上にあった食パンを手に取りもう片手で端末操作で今朝のトップニュースを読む
風子にとって僅かな時間ロスも避け、なるべく両立して同時進行するのである
「主任、食事終わったら今度は本部に送る研究資料の提出ですよ 期限は明日なんですから……」
「わかったわよ 着替えの邪魔だから早く出て行って」
手首で払うように田所を追い出す
お膳を抱えて一階に降りるともうひとりの助手゛三浦その子゛が高性能な機械の前に立っている
「その子、それが終わったら主任が降りてくるはずだから 明日提出する書類をそこの机にまとめて置いておいてくれ」
その子は後ろ姿から頭を縦に垂れた
――コツン コツン
それは階段を降りる音だ ヒールの土踏まずが狭い施設内を響き渡る――。
この施設は築10年以上であり山奥の海に接した場所にひっそりと建っている。
人通りも少なく夕方になれば山道は暗くライト無しでは到底歩けないだろう なぜそんな不立地な場所に研究施設が
建てられたのかは分からない おかげで買い出しも一苦労だし資材調達も不便である。
「ちょっとぉ 田所君私はジャムはストロベリーがいいって言ったじゃない なんでブルーベリーなのよ!」
「仕方ないじゃないですか! ストロベリージャム切れててそれしかなかったんです! 欲しいなら買い出し行ってきてくださいよ!」
「やぁよ 私は研究で忙しいんだもの」
「くぅ……この人はまた……!」
風子のワガママに頭を悩ませる田所
しかし、そのワガママに屈してしまう――。
「……わかりました 行ってきますよもぅ…」
「あ、じゃあ『劇物法師 マタン』ちゃんぬいぐるみも買ってきて!」
「無駄遣いはダメ!ただでさえ生活カツカツなんですよ!!」
――田所が家計簿を晒し出す
ノートには水道光熱火から電気代 資材費等が赤いペンで細かく値段が付けられている。
「少し目を離すと直ぐに無駄遣いしようとする……何かに取り付かれているんじゃないですか?」
「いーじゃないのよ どうせ私が発表会や論文で稼いだ資金じゃない」
「その資金が! 連日成果も出さずただ延々とサボって無駄使いしまくった挙句!ラボからも厄介者扱いくらってこんな離島の辺鄙な旧研究所跡みたいな建物に追い込まれているせいで生活カツカツなんですよ!!!!」
田所が風子から管理している預金通帳を差し出す 上から8桁の数字が徐々に桁が下がっていく それを見て青ざめる風子
田所は怒りで歯ぎしりを立てている。
「わかりましたか?」
「――ごめんなさい…」
今や生活の主導権は田所が握っている――
リビングでテレビを付けると全国ネットのニュースが流れている
『――次は特集です。連日行われているZ.L.Fの過激な環境保護を訴える活動についてです。
Z.L.Fは、1990年代初頭頃から活動を開始し、現在までに多くの自然環境の保護を訴えています――』
『――しかし、その活動内容は自然環境保護には程遠い 過激なテロリズムによる恐怖政治を誘発しています。
彼らが訴える環境保護とは一体なんなのでしょうか?今日はそんな疑問を専門家を交えてお話したいと思います――』
「……やれやれ またZ.L.Fね」
風子は呆れながらもテレビの画面を見つめてため息を吐いた
『――Z.L.Fは一説では1980年代後半に起きた原発事故が発端ではないかと考えられています。従って、指導者も
恐らくはその事件と何らかの深い関わりがあり、それを元に結成された組織だと私は思っています――』
『――では、彼らが望む環境保護とは一体なんなのでしょうか?』
『――それは私にもわかりません 彼らは当初こそ環境保護プロパガンダを掲げていた小さな団体でしたが いつからか活動範囲を
世界へと展開し、その時から人類ではありえない高度な技術を用いるようになりました。戦闘用E.Lが出現したのもその頃ですね』
『――今、戦闘用E.Lとおっしゃられましたが、本来E.Lは環境改善や作業効率を上げるためのロボットですが なぜ
彼らはそれらを戦闘向けに改造したのでしょう?』
『――第一に、世間の自然環境保護に対するアンチテーゼでしょう。元々人間が立ち入れない環境下への配備が目的だったE.L開発において
世間に対してプロパガンダを起こす素材としては最もな選択でしょうね。また、元々はごく一部の企業にしか提供されなかったE.Lが
90年代中期に一般解禁されることにより 多くの重工企業の技術やノウハウを得る事もできたでしょう――』
『――従って Z.L.Fはこれらを利用し、各企業の技術を組み合わせ独自の生産ラインを作り上げる事により独自の機関を作り上げたのです――』
「主任、僕は買い出しにいってきますよ」
田所は私服に着替えて(といっても白衣を脱いだだけなのだが)買い物かごをぶら下げている
田所に背を向け片手で手を降る風子 恐らくいってらっしゃいの合図なのだろうか――
「……しかし……」
風子は思った――
この研究所も見た目以上に綺麗な作りになっている
まだ住んで3ヶ月も経っていないのだが ラボに厄介者扱いされて追い出されてから 父が使っていたと言われる
旧研究所をほぼ無料で差し押さえ(風子が強引に契約させた)現在にいたる
そしてもう一つ。旧研究所らしからぬ最新鋭の設備――
屋根には太陽光パネル 敷地内には低音風力発電機が2基備え付けられ 地下室まである。
しかし、地下室は途中までしか行けず その先は閉鎖された空間となっている。父が何をしていたかは
彼の実績と成績を辿れば自ずと察しがつく。しかし、なぜこれだけの設備と厳重なまでの地下室がある必要があったのか――
それを問いただそうにも父は1年以上前から消息を絶っているので聞き出すことも出来ない
いずれにせよ、今後のうちに地下室を徹底的に調べたい。
さて――。
そろそろまた部屋に戻って新しい論文を考えよう。リモコンでテレビの電源を落とし部屋へと戻る
その子も朝食を終えて自室に戻って眠っているようだ。
元々3人しかいない研究所 田所が買い出しに行くと物静かなその子と風子の女子2人だけになってしまい
より一層寂しくなる。やっぱり少し大きすぎたんだろうか――
そんなことを考えて玄関先に出向くと買い出しに行ったはずの田所が何故か両手を頭の上に乗せて立っている
「――ん?」
彼の後ろに見知らぬ人影が複数 玄関で視界が遮られているがそれ以外でも何人かの気配がする――
「誰…ッ?!」
すると重装備をした特殊部隊の男が小銃を構えて歩み寄る
「――風ノ木・S・風子 だな?」
重武装で顔が見えない 少なからず自分たちに危害を加える相手だということは十分に理解できる
田所も銃を突きつけられて怯えた表情で風子を見つめる。
「我々と一緒についてきてもらおうか。貴様を必要としている方がおられる――」
「重武装の兵隊を数十人詰めかけさせて 可憐な乙女の城に土足で上がらせる奴に従えっていうの?冗談でしょ」
悪態をつく風子
「ふざけるな 冗談に構っている暇はない――貴様が従わぬというのならこの男の命もないぞ?」
「しゅ、しゅにーん……」
「まったく、みっともない声出さないでよ……」
風子自ら歩み寄っていく
武装した集団のリーダー格の男は警戒しながら歩み寄る風子の動きを見逃さない――
「あなた達が来いっていったんでしょう?」
呆れた表情で武装集団を睨みつける風子 すると隊員の一人が前へと出てきて風子の身体チェックを行う
「変なところ触ったら 殺すよ?」
「――ッ…!?」
恐る恐るという感じでボディーチェックを行う なるべく 怒らせないように……
風子はその瞬間を見逃さなかった。恐らくこの男、今回が初任務なのだろう 顔は見えないが
体を通して見える経験の浅さが――。
「……以上ありません」
「了解 護送車へ搬送しろ 残りの研究員もだ――」
数分も立たぬうちにその子も部屋から連れ出され外にあった厳重な護送車が駐車してある。
これに入ればもう逃げ場はない。一生こいつらのモルモットとして働かせ続けられるのだろう――
色々と考え、そして思い切った行動にでる――。
「――ウゥッ!」
突然風子の後ろを歩いていた隊員二名が力が抜けたように倒れる
「…っ?! どうしたっ?!」
倒れた隊員に駆け寄ろうとする――しかし、そこに立ちはだかるのは風子だった
「これを使ってちょっと眠ってもらったわ」
それはスタンガンだった。ビリリと電磁場の鳴る音が痛々しく鳴り響く――
次の瞬間 目の前の隊員の急所に大量の電流を流し込むのだった
「きさまぁ!大人しくしろ!!」
「ふんっ!」
場が凍りついた。
風子は一瞬のうちにしゃがみこみ1歩離れた隊員の顎に向けて飛び膝蹴りを食らわせる。着地と同時に
脇にしまってあったガンホルダーから特注ショックガンを取り出す
「きさまっ!どこから武装を……」
――ガクンッ
一人 また一人と気絶していく。
最後に残ったのは先ほどの風子の身体チェックを行った経験の浅い重武装兵だった――
「ボディーチェックが甘かったようね。『007』でももっとちゃんとボディーチェックしていたわよ」
「だ、だってアンタが変なところ触ったら殺すって……」
「当たり前じゃない――」
消音にも似た小さな銃声が隊員の頭皮を貫いた――
研究所の回りにいた重武装兵はほぼ気絶している。
田所とその子の手錠を外し 状況整理を行う――
突然襲撃してきた謎の集団 目標は風子 おそらくは何かの実験に対する協力要請だろう
この研究施設を襲ってきたということはもはやここも安全ではないということだった。
「主任、こいつらなんなんですかね…」
「恐らく、最近巷で噂の『研究員消息事件』の連中よ。執拗なまでにエネルギー技術開発の人材を
かき集めているって噂ね」
顎を引いて頷く――。
「田所、その子 私達に迫られた選択肢は二つよ――」
一つ目はこのまま彼らに連行されて死ぬまでモルモットとして働かされるか――
もはや無理だろう。先導隊であろう彼らをここまでしてしまった以上 ただでは済むまい。
二つ目は今日から逃避行を続ける事――
日々怯えながら毎日居場所を点々と変え ストレスの貯まる日々
膨大な逃亡資金がなければこれもまた不可能だろう――
三つ目はある機関に匿ってもらうこと――
「って、選択肢3つあるじゃないですか!」
「うるさいわね 少し黙ってて」
――政府機関『S.L.F』
それは、日本政府が各国家と手を取り合って組織した独自機関。
対Z.L.F用対策に特化し 彼らの攻撃や進行を防ぐ事が目的である
その実績は華々しく、多くの作戦において彼らの攻撃を退いてきた事もあり世界各国で評価されている。
ともあれば、かのZ.L.Fも手を焼く厄介な彼らと関わりは避けたいであろう。
また、風子の父親は『S.L.F』に技術協力を惜しみなく提供し高い信頼を得ている為
匿ってくれる可能性は高い。ならば、頼るべきはここしかないだろう――
ならば、一刻も早く彼らへ連絡を取らねば――
――のぼせている彼らは先導隊 連絡が途絶えて3分もすれば別働隊がやってくると読んだ風子は急いで施設内へと身を潜めた
もはや一刻の猶予もない。急いでこの場から離れねば――
施設内の研究資料は全て焼却炉へと捨てる
せっかくここまで研究してきた事を一瞬で無かった事にするなんて気が引ける――
しかし、生きていればまた一からやり直せる。その時まで今は我慢しよう――
そして――
「「「ガッシャーンッ!!」」」
「くっ…!もう来たのね」
同時に3方向からの破損音。状況は察している――
「二人共、急いで!」
逃走用の車両に荷物を積み込む二人
「主任、準備できました!」
「了解――ふんっ!!」
すると風子はシャッターを開けるボタンを踏みつけるようにして開ける
「先に行きなさい!私はまだこの研究所に用があるのよ!!」
「何言っているんですか! こんな緊急時にワガママ言わないでくださいよ!」
「ワガママじゃない これは私の使命なのよ!早く行きなさい!!」
「主任……」
「大丈夫、直ぐに追いかけるわよ」
ニコリと微笑む風子 それはどこかしら自身に満ちたような表情であった。
田所はその言葉を信じ、フルスロットルで車庫を発進した――が……
――ズガガガッ!
鈍い重工音と共に田所とその子が乗る車両に巨大な穴が空くとその反動で車両が転倒する。
数メートル引きずった後、爆炎の光が風子の目に映った――
ありえない――
先ほどまで一緒だった助手達がたった数秒で――。
死とは唐突で 儚い。故にその現実を受け入れるのに何秒掛かっただろう?
咄嗟に出てきた大粒の涙を直ぐにぬぐい去り現実へ戻る――
こういう事は日頃から覚悟していた。いつ何が起こるか分からない世の中で 突然明日が来なくなる日がくる
しかし、それは自分ではなかっただけの事――
目頭の抱えきれない大粒の涙がこぼれ落ちていく最中、追い打ちをかけるように
倉庫の扉が蹴破られようとしている――
――もう逃げ道はない
外には戦闘用E.Lが武装して待ち構えている すぐ後ろは重武装の武装集団が私を追って
血眼になって捕まえようとしてくる――。
捕まって 永遠に研究者モルモットにされる? それとも売春婦として知らない地で延々と
男の欲求を晴らす?どのみちもう全うな道は歩めないでしょうね――
「ならば、私は――」
次の瞬間、車庫の扉が爆風と共に吹き飛ばされると 重武装をした隊員らが押し寄せてくるのだった――。