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暗夜鋼路  作者: ドグラマクラ
2/6

白塵散華

血の池に沈む大きなベッドに、少女は女座りで眠りについていた。

傍らには驚愕の顔つきのまま固まった男の首。赤黒いモノが巻付けられていた。

それは、人間の腸。幾重にも巻き付けられた長は頭頂部で綺麗ん結ばれたいた。

まるでテディベアの首元に結ばれたリボンのように。

正常起動している頃、ジェシカは人形にリボンをつける癖があった。

ナオミに教わったこの習慣は誤作動している今も名残として残っている。

尋常ではないこの空間に、好き好んで入ろうと考える者などいないだろう。

だが窮地となれば、人は魔界に足を踏み込む。例えそれが少女でも。

「ジェシカ!!悪い奴が来た!!助けて!」

血と胃の残留物の混ざった悪臭に目鼻を毒されながらナオミは叫んだ。

ナオミの声を受け、ジェシカは待機モードから機動シークエンスへ移行する。

客に鈍器のようなもので殴打されたのだろう右の眼窟はがらんどうであった。

左の眼球も正常には動かないのか、小刻みに首を動かし視覚情報を入手する。

「あっちよ!今はレーナが戦っている!!」

カーテンを開け、ナオミが指さす先には旗色の悪いレーナと謎の男。

男の生首に、人形にするようにキスをして、ジェシカは駆け出していった。

レーナの左腕から繰り出す攻撃を右上方への逆袈裟切りで薙ぎ払う。

レーナの右腕の横なぎを右肩への刺突でモーションの段階で止めさせる。

レーナの左足による踵おろしは右足を払うことで不発に終わる。

レーナの右足による空中蹴りは払うまでも無く近距離から柄頭の一撃を見舞う。

プログラムによる定式化された攻撃しかできないレーナは、攻撃の度にダメージを受ける。

恐らく深界が本領を発揮するまでも無く、このままではレーナは行動不能になるだろう。

だが、そうはさせまいと現れるは2体目のガイノイド、ジェシカ。

首を操り人形のように動かしながら四足歩行で深界に歯向かう。

“上出来だ”

図らずも深界の意向通りに事が運び、ここに2体のガイノイドが集結した。

ジェシカの戦闘プログラムは未知数だが、それはもはや重要ではない。

肝心なのは、今ここに二体のガイノイドがいるという事。

深界の獲物は日本刀のようでいて異質であると論じた。

だがそれは日本刀というイメージから察するに形状が異質、という意味である。

深界の一振りは形こそ日本刀から外れているものの、概念としては日本刀そのものである。

理論的に構築され論理的に精製されたこれこそ現代科学に裏打ちされた名刀に他ならない。

深界はひたすらに気を待った。ジェシカがモーションを伴う大ぶりな攻撃を仕掛けるとき。

そしてレーナが3撃目以降に左足を使うその瞬間と重なるときを。

機を窺いつつ、深界は両者の攻撃を打ち払う。

その過程でジェシカの攻撃はレーナ同様戦闘プログラムに基づいたものであると看破した。

そのタイミングもレーナ同様3撃目。後はタイミングの問題だ。そして―

3撃目以降。ジェシカは跳躍しながら旋風脚を行う。そのタイミングと。

レーナの3撃目に差し掛かり、背面から繰り出される上段蹴りのタイミングが重なり合う。

“機は熟した”

深界は刀を体からは無し、鍔口の引き金を引いた。

瞬間、2体のガイノイド以外の少女達は、皆一様にして耳を塞ぐに至った。

深界が鍔口の引き金を引いた瞬間、けたたましい駆動音と掘削音が鳴り響く。

音の正体を探ろうとしたものは、その異様な光景に目を疑うであろう。

鍔口に設けられた機器が、獲物の鍔より先を削りながら刀身を形成している。

そして目にもとまらぬ速さで鍔から切っ先に向けて進行。いや、射出された。

鍔から射出された機器が通り過ぎた後の獲物には、白銀の刃紋が描かれている。

その昔、日本刀はその切れ味を増大するためにある工程を要した。研磨である。

研磨を施されることで、金属の棍は万物を瞬断すべく鍛え上げられた刀となる。

研磨の過程で噴煙の如く舞う金属の粉塵は、月光に照らされ神秘的な演出をして魅せた。

この間僅かコンマ2秒。傍目では突如刀身が顕在したと見紛うであろう。

刀は尚も甲高く小刻みに反響音を奏でる。まるで敵に相対し武者震うかの如く。

「では、逝くか?」

問いかけなどではない。これは紛う事無き死刑宣告。

刀を左肩口まで引き寄せ、最速の横なぎ一閃を2体に見舞う。

一瞬流れる風切り音。早く、速く、疾いその一閃はレーナの腰を、ジェシカの左足を股関節から綺麗に分断した。

一切の乱れなく水平な断面から噴き出る疑似血液が白銀の粉塵にまとわりつく。

紅桜が散るかの如く。戦場では不釣り合いな美しい情景。

その美しさに思いをはせる間もなく、深界はジェシカへの追撃を開始する。

片足を失ったジェシカが姿勢制御手段を失い、転倒する瞬間、深界はジェシカを追撃する。

横なぎでレーナを行動不能にした瞬間、右手を緩めて勢いのまま手を回転する刀を逆手に。

柄を半回転させ、刀身を相手側に向ける。そして刀身を滑らせるように首を刈り取った。

レーナの上半身とジェシカの首は、ほぼ同時に床へと倒れ込んだ。

機能中枢が分断されたジェシカは即座に機能停止。

レーナは疑似血液の過剰出血で義体を動かせずにやがてオーバーヒートで果てるだろう。

「機能停止と行動不能を確認。残るは1体か…」

何の感慨も無く、淡々と深界は次なる標的を探す。しかし―

「・・・・限界時間か」

白刃が赤く、赤黒く、黒く。徐々に色と輝きを失い、刀身は泡立ち、瓦解する。

何ものをも瞬断する刀は、何ものにも追いつけぬ速さでその運命を全うした。

「残りは一体。同様のものなら素手でも可能だが」

残る一体のガイノイド。それがどのようなものかはまだ確認が取れていない。

万が一これらを上回るものであったなら、深界は些か困ったことになる

「鎮圧に時間がかかれば報酬が無くなるかもしれないな」

たった一体のガイノイドに、深界が命の危機を感じることはないが―。

時間がかかるほど人が集まる。それは深界にとってよろしいことではない。

依頼は対象の速やかな殲滅であり、時間の経過は仕事の完遂に支障をきたす。

「もう一体のガイノイドはどこだ」

少女達に問いかけるも、大半は口を動かすことが出来ずにいる。

死体の数が増えても文句は出るまい。確実な手を取るならば全員殺すべきか。

「・・・・・・」

その必要はなかった。眼前に少女が現れたからだ。

華奢な矮躯。腰ほどに伸ばした長髪。血のように紅い双眼。均整の整い過ぎた童顔。

第二次性徴にも入っていないであろうその肉体に反し、顔があまりに完成されている。

一目でガイノイドと看破した深界は徒手を開き、相手に突き出す。

拳ではガイノイドのフレームに損害を与えることは出来ない。

相手を意図的に動かし攻撃を受け流しつつ、的確な一撃を与えることこそ先決。

ガイノイドといえど、間接部位の強度は人間のそれと変わらない。

ガイノイドの攻撃の早さの指向性を僅かずらせばその速さに翻弄され瓦解する。

だがそれは所詮理論上の話である。常人がやろうとしたところで潰されるが道理だ。

可能とするのは義体を知りつくし、運動性能に追いつけるだけの体裁きが可能な者。

それは現時点において、深界唯一人と言えるだろう。

「残るはお前だけだ。手早く済ませる。来い」

挑発に乗るかは定かではないが、このガイノイドは他2体と異なり損傷が見受けられない。

少なくとも正常機能をするのに不備は無い筈である。と、そこまで思考した深界は気付く。

“なぜ、コイツは暴走していない。そもそもなぜあいつらは暴走した?”

劣悪環境におかれていたというのが警察の考えであった。

だが、いくら何でも3体同時に暴走するなどと言うことがあり得るだろうか。

偶然にも2体が暴走し、この1体については暴走していないと考える方がまだ現実的だ。

運転手は怪物3匹と形容した。暴走したのは3体だと。だがその認識が間違っていたら。

無駄に破壊するよりは1体残し、流出ルートを洗い出すべきなのではないか。

そこまで警察に義理立てする気はないが、そう命じなかったことには疑問が残る。

単に早期のもみ消しを図るためにそこまで考えが及ばなかったからなのか。

それとも、意図的に3体の抹消を目論んでいるとすれば―。

「この子は、この子はだめだ!!」

数秒思索を走らせている隙に先ほどの少女が割って入った。

「この子だけは殺しちゃだめだ!!この子は、特別なんだ!!」

それまでの怒りや葛藤。それら全てをかなぐり捨ててでもガイノイドを守ろうとする。

最後の対抗手段だからというよりは、尊い物を守りたいからとでもいうように。

「特別?」

一瞬言葉を詰まれせ、少女は矢継ぎ早に答える。

「こ、この子は、もう壊れてるんだ。しゃべれなくてさ。抵抗する力もないし、この子だけは見逃してくれないか?」

先程とは打って変わっての懇願に、若干訝しげに思いながらも深界は考える。

果たしてこのまま捨て置くことは得策と言えるのかどうか。

無論3体の撃破こそが任務である。純粋に仕事を完遂するのならば破壊すべきだ。

だが、少女の言う特別。恐らく故障だけではないだろう。まだ何か。何か。

『その子は暴走していない。壊さず持ち帰れ。深界』

片耳に着ける通信端末から音声が流れる。言葉の主に深界は心当たりがあった。

「見ていたのか」

『ああ。社長がそいつを連れて来いってさ』

音声は外部には洩れない。少女たちからは深界が独り言を言っているようにしか見えない。

「わかった。残りは?」

『すでに手配済み。何でか知らないけど社長が施設を斡旋するとさ』

社長という人物をよく知る二人にとって、このような措置は奇妙以外の何ものでもない。

だが、考える時間は無い。ここは従うことに深界は決めた。

「了解だ。移動する」

『裏口の街路にでてすぐに車を止めてあるその子を連れて乗り込め』

「警察はどうごまかす?」

『後始末も我々が引き受けている。その時に1体損傷した義体を紛れ込ませるさ』

「わかった」

ガイノイドを抱え込み、深界は裏口へと進む。そして出口手前で立ち止まり。

「お前たちは運よく助かるようだ。よかったな」

そう言い残し向き直る瞬間、視界の端にとらえたのは喜び、不安の入り混じる顔だった。

車に乗り込むと、車は無人。だが問題なく車は目的地へと走り出した。

「助かる。か、物は言いようだな」

間違いなく少女たちは助かるだろう。社長曰く施設に送られて。

―どのような施設かは不明だが。


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