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序章2

 一つの墓がある。

 それは、ある英雄のために作られた、その功績に比べればあまりにちっぽけな墓だ。


 彼は、地球という世界から異世界に呼ばれた、当時15歳の少年だった。


 彼を評する言葉は、実に多彩である。


 曰く、子犬のように人懐っこかった。

 曰く、ちょっと感動するとすぐ涙ぐむ泣き虫であった。

 曰く、困った者を放っておけない、筋金入りのお人好しであった。

 曰く、神話の如何なる英雄よりも勇敢であり、そして強靭であった。

 曰く――

 

 彼は本来、争いを好まない穏やかな人柄だった。

 しかし彼は、十本の神剣を振い、手足を千切られようが、心臓を潰されようが、首を掻き切られようが、神獣に魔王、聖女や神だろうと如何なる敵とも戦い抜いた。


 ……その英雄の墓には、「神護悠かみもり ゆう 享年16歳」と刻まれている。


 優しく泣き虫な、英雄の話を始めよう。









 異常な世界が広がっていた。

 まるで生物の体内のように脈動するその空間は、常の世界からは切り離された異界である。

 その地面も大気も、もはや原子で構成されているかどうかすら定かではないほどにその空間は“外れて”いた。

 それは、魔界と称される領域である。


 そこに、一人の少女の姿が在る。


 まだ幼さの残る、あどけない顔立ちの少女だ。

 その未成熟な肢体に纏うのは、羽衣のような薄手の衣装のみ。

 その白い肌の多くは外気に晒され、その衣装の下の肌も薄く透けていたが、彼女は恥じらう様子も無くそこに立っている。

 魔界という異常な環境の中においても、彼女は全くの無表情であった。


 少女は、殺されるために育てられた存在である。

 そう教えられ、そのことに疑問を抱いたことも無い。

 そして今、その時が来ていた。


 彼女を殺す者が、その目の向こうにいる。






 異形が、歩いて来る。

 幾体も、幾体も――数えることが馬鹿馬鹿しくなるほどの、無数の異形が闊歩していた。


 一見すれば、それは頭部に胴体、そして四肢を備えた人型である。

 とりわけ巨大な訳でも、異様な形状をしている訳でもない。

 遠目に見れば、普通の人間となんら変わらないだろう。


 だが、その身体から、無数の人体が生えていた。


 それは手足であったり、頭部であったり、あるいは眼球や目鼻、臓器といった器官であったり、不完全に形成された上半身や下半身であったりと様々だ。

 異形の頭部や胴体、四肢に至るまでを覆う無数の人体は、しかもそれぞれが動き、暴れ、あるいは脈動していた。


 まさしく異形、見るだけで正気を失いかねない狂気の生物であろう。


 魔族。

 人間の恐怖と狂気を喚起し、そしてその生命と尊厳を蹂躙するためだけに存在する、魔界のともがらの名である。

 その知性も身体の機能も、ただ人類の不倶戴天の敵であることのみに特化されている。


 数多の異形が、ただ一人の少女に群がりつつあった。






 少女はその異形の群れを前にしても狂うことも怯えることも無く、ただ茫洋とした様子で立っていた。

 人類の不倶戴天の敵を前に、剣や槍、弓矢といった武器を持つことも無く、鎧で身を守ることもなく、ただ無防備に華奢な身を晒している。


「この身は焔神の供物――」


 その少女の唇が、歌声の如き言葉を紡ぐ。

 それは詠唱、己が魂を具象させるための言霊である。


「願いしは浄化、不浄を清めし焔なり――」


 その身を犠牲にしてでも、不浄なる者を消し去りたい。

 多くの人々が救われれば、きっと自分の死は報われるから――


「火焔の庭よ来たれ――」


 少女の詠唱が、その身の深奥の魂と世界を繋ぐ“道”を創り出す。


「万物灰塵と帰し、正義をあらわせ――」


 その技法の名は、魔法ゼノスフィア


「――魔法具象ゼノスフィア――」


 少女の魔法たましいが、具象化する。


「“焔巫女ムスペルヘイム”」


 少女の身が、焔に包まれる。

 天を衝くかの如き火柱が、突如として発生した。


 だがそれは一瞬のことで、火柱が消えた跡には火傷一つ負っていない乙女の姿が在る。

 

 しかし、その身には確かに変化が生じていた。

 その髪と瞳は焔のように燃える紅となり、全身からは燐気が火の粉のように舞っている。

 少女は、焔の化身として立っていた。


 少女の名は、アレット・ムスペルヘイム。

 人間兵器“焔巫女”の一人である。


 その機能とは、自爆。

 焔巫女は、魔族に害されることによってその身を犠牲に、極大の火焔と破壊を撒き散らす。そして長時間に渡って、その業炎を世界に固定するのだ。

 それは、常の世界であれば都市一つを丸ごと消し去るほどであり、彼女に群がりつつある魔族を全滅させても余りある程の破壊力を生み出すはずである。


 アレットは、魔族に害され、爆弾となるために育てられた少女である。


 そのことに疑問を抱いたことは無い。

 このか弱く無力な身で、大勢の無辜の人々を救えるのだから。

 それこそが正義であると、幼い頃から教えられてきたのだから。




 魔族の一体が、アレットの目の前に立つ。

 その顔には目鼻など存在せず、ただ無数の人体の成り損ないが生え、蠢くのみである。

 だが、その異形は、確かにアレットを見下ろしていた。


 魔族の身体能力は、人間を遥かに凌駕する。

 目の前のこの異形も、本来であれば瞬く間にアレットに肉薄し、その身体を肉片に変える力を有しているはずである。

 だが、魔族の動きはその秘めたる力に比べれば驚くほどに緩慢であった。


 まるで、まだ壊してしまっては意味が無いとでも言う風に。


 魔族の手が、アレットに伸びる。

 その羽衣のような装束を掴み――引き裂いた。


 アレットの一糸纏わぬ裸身が露わになる。

 染み一つ無い、白く繊細な肌が、無数の魔族の“眼”に晒された。

 アレットはしかし、何ら恥じらう様子もなく、その女性としての部分を隠すこともなく、ただ魔族を見上げていた。


 ――ああ、こういう種類か。

 アレットはただ、無感動にそう考えていた。


 魔族が人類にもたらす災厄は、死や破壊のみではない。

 その機能は、徹底的に人類の総てを蹂躙するために特化し、多様化している。

 中には、人間の女性の尊厳を犯し尽くす魔族も存在していた。


 アレットは、今すぐ殺されることは無い。

 始まるのは殺戮ではなく、凌辱だ。

 彼女はこれから、目の前の無数の魔族に純潔を散らされ、延々とその身を犯されることとなる。


 だが、何の問題も無い。

 それでも、“焔巫女ムスペルヘイム”の起動条件は整う。それは実証された結果である。

 殺されるより時間はかかるが、問題なく魔族を殲滅できるはず。

 と、アレットは冷静に状況を分析していた。


 魔族がアレットの身体を掴み、押し倒した。

 彼女は何ら抵抗することもなく、その身を成すがままにされている。


 自分の死は、とうに受け入れていた結果である。

 だが、その死を前にして、一つの姿が思い浮かんだ。


 それは、彼女の暮らす街に住む、菓子職人の家の息子だ。

 よく自作の飴玉を持ってきていた、アレットより年下のまだ幼い少年だった。

 飴玉のお礼に、アレットは即席で作った物語を語り聞かせ、少年はそれを目を輝かせて聞いてくれたものだ。


 明日も、試作品の感想を述べる約束をしていた。

 自信作だと、誇らしげに言っていた。

 アレットも、彼に負けないように寝ずに考えた力作を披露するつもりであった。


 照れ臭くて言えなかったが――正直、彼と会うのを楽しみにしていた。


「……ごめんね」


 アレットの瞑目した瞳から涙が零れ、


 魔族がその白い脚を掴み、強引に開かせ、その付け根に悍ましい何かが触れる感触があり――




 ――白刃が、舞う。




 覚悟していた、異物の侵入の感触と痛みは来なかった。


 アレットは、戸惑いと共に目を開ける。


「えっ……?」


 魔族は、その動きを止めている。

 その胸部から一振りの刃を生やして、完全に停止していた。


 それはまるで、魔族の時間が止まったが如く。


 目の前の魔族だけでは無い。

 アレットの周囲にいた魔族が、悉く白刃に貫かれ、彫像のように固まっていた。

 その数、10体。


「――見つけた!」


 続けて、一人の人影が落ちてくる。


 細く、華奢な人影だ。

 恐らくアレットと並んでも大差ないだろう。


 人影は魔族の胸を貫いていた白刃の一つを掴むと、そのまま上空へと切り上げた。

 魔族の異形の上半身が、あっさりと両断される。


 魔族は紫の血を噴出させながら斃れ、紫の塵と消えていった。

 それは、魔族の死を意味する現象である。


 地に降り立った人影は、そのまま流れるような動作で周囲の9体の魔族を、悉く切り捨てた。




 紫の血飛沫が舞う中に在るのは、白髪の少年だ。


 少年……だろう、恐らくは。

 その服装は、男のそれである。


 しかしその判断が揺らぎそうなほど、その身体は小柄で華奢であり、容貌は少女を見紛うほどに柔らかであった。

 女物の服装をしていれば、十人中十人が彼を可憐な少女であると断言するだろう。


 彼の周囲には、先ほど魔族を停止させていた十本の剣が浮かんでいる。

 それは、アレットの“焔巫女ムスペルヘイム”と同じ魔法ゼノスフィアであると、アレットは確信していた。


 時間を止める、十の白刃。


 アレットを無視して進もうとしていた魔族の群れが異常に気付き、一斉にアレット達に振り向いた。

 二人は、数百体を超える異形の怪物に囲まれている。


 少年は、そんなことを気に留めていない様子で、アレットに顔を向ける。

 その表情には、確かな安堵が見て取れた。


「アレットさん……だよね?」


「……はい」


 予想外の事態に呆然としていたアレットは、少年の言葉にただ頷いた。

 少年は柔らかく微笑むと、着ていた上着をアレットに渡す。アレットはその意図を察し、上着でその裸身を隠した。


「僕はユウ。頼まれて、君を助けに来たんだ。

 間にあって良かったよ」


「頼まれて……?」


 彼は、傭兵の類なのだろうか。

 アレットの犠牲は、組織や皆が納得した上でのことのはずだ。

 彼女の縁者で、わざわざそのような依頼をする意思と財力のある者はいるはずが無い。

 ユウ……どこかで聞いた名のような気がした。


 アレットの疑問に、ユウと名乗る少年は自分の頬を指差した。


 ユウは口の中に、何を入れている。

 それは恐らく丸く、そして固いものだ。

 彼はそれを口の中で転がしながら、舐めているように見えた。


 ……飴玉?


 あの、菓子職人の息子の顔を思い出した。

 彼が、ユウにアレットを助けてくれと頼んだということだろうか。

 飴玉で、ユウはこんな魔界に足を踏み入れたというか。一生遊んで暮らせる金を積まれても断る者が多いであろう、この魔界の深部に。

 狂気の沙汰であると、多くの者が言うであろう。当のアレットですら、そう思った。


 そんなアレットの疑惑の視線に、ユウは小さな笑みで応える。

 人懐っこい、柔らかな笑みである。


 魔族が、一斉に吼えた。

 それは同胞を害された怒りか、あるいは目の前の少年への威嚇か――いずれにしても、魔族が臨戦態勢に入っているのは明白である。


「じっとしててね」


 ユウの言葉と共に、十本の剣が彼の周囲を守るように布陣する。

 それは、これから襲い来る魔族を迎え撃つための陣形である。

 ユウは、この数百体の魔族を一人で相手するつもりなのだ。


 魔族が、一斉に襲いかかった。


 一体一体が、中位魔族というカテゴリーに分類される、強力な個体である。

 ましてやこの多勢、抗し得るには一国の軍隊ですら不足するだろう。

 それ故に、アレットにお鉢が回ってきたのだから。



 だが、しかし、



 十の剣閃が舞う。

 ユウはまるで、踊るように四方八方から襲い来る魔族を屠っていく。

 白刃は薄く強度が無いのか時折砕けて散るが、ユウはすぐさま新しい白刃を生み出して魔族を迎え撃っている。


 紫の血飛沫、

 煌めく銀の破片、

 それらが舞い散る舞台で、白髪の少年と十の白刃は、魔性の剣舞を演じ続ける。


 彼が一つの所作を行うたび、魔族が紫の塵となって消えていった。

 一撃で人体を粉砕するほどの魔族の剛力は、彼に掠りもしない。

 絶妙の連携で放たれた本来回避不能の攻撃も、その白刃の時間停止によって無為と化していた。


 それだけではない。

 彼は、アレットを庇いながら戦っている。

 自身のみならず、アレットに身にすら注意を払いながら、剣の舞を踊っていた。


「綺麗……」


 アレットはその光景を見上げ、ただ呟いた。

 それ以上の感想が出てこない。

 あるいは、屠られている魔族達ですら、この姿に魅入られているのではないか――そんな妄想めいた思考すら浮かんでくる。


 数百体に及んでいたであろう魔族の群は、瞬く間にその姿を減らしている。

 そして、気付けば魔族の姿は消え失せ、そこにはただ紫の塵が舞っていた。


「……ふぅ」


 ユウは小さく息を吐き、アレットに振り向いて、

 

「終わったよ、戻ろ……ごふっ!」


 突如として、咳き込みはじめた。

 苦しそうに、何度も何度も激しく喘いでいる。

 その口を押える手から血が漏れていることに気付き、アレットは驚愕に目を見開いた。


 彼は吐血していた。


 怪我でもしたのだろうか、否、彼は傷一つ負っていないはずである。

 つまり彼は、内臓に何らかの疾患を負っているということになる。恐らくは、生命に関わるほどの深刻なものだ。


 息を整えたユウは、口元を血で濡らしながら、困ったような、罰の悪いような笑顔を見せた。


「はは、ごめんね。驚かせ――っ!?」


 その表情が、鋭く変わった。

 ユウは“何か”に気付き、“何か”からアレットを庇うように、身を躍らせた。


 ユウの右腕が、石と化し――粉々に砕け散った。


「あっ……!?」


 アレットが、驚愕と共にユウの向こうに見える影を認識した。


 巨大な……途方もなく巨大なものが蠢いている。


 それは、山を飲み込むほど巨大な、蜈蚣ムカデに見えた。

 ただし、その節々を構成しているのは黒光りする甲殻では無い。


 人の、顔だ。

 紫色をした、途方もなく巨大な人の顔が繋がって、一つの異形を構成している。

 人面の眼や口、鼻や耳といった穴から禍々しい脚を生やし、その身を蠢かせていた。


 その威容が放つ剣呑極まりない兇気は、先ほどの魔族の比ではない。


 まだ遥か遠いが、だからこそ眩暈を覚えるその巨大さが良く分かる。


 上位魔族。

 もはや神代の怪物と称しても不足しない、生ける災厄だ。

 常の世界に存在すれば、ただ在るという事実だけで世界を滅ぼしかねない。


「あっ……くっ……!?」


 アレットの全身に、痛みが走った。

 思わず身を抱き締め、その痛みの正体にすぐに気付く。

 肌が固い。妙にざらつく。


 ――身体が石に変わりつつある。


 恐らくは、あの上位魔族の仕業だろう。


「アレット……出来るだけ、見ないようにして。耳を塞いで。

 可能な限り、“あれ”を認識しないようにして」


 右腕を失ったユウが、しかしその背をアレットに向け、魔族に相対していた。

 十の白刃が、二人を守るように浮かんでいる。

 まるで、魔族の放つ邪悪な瘴気を防いでいるかのようだった。


「“あれ”に認識されるか、“あれ”を認識すると、石に変えられる……たぶん、そんな感じの能力だから。

 効果を遅らせてるけど、完全には防げなかった、ごめん」


 ユウの言葉には緊張感が漲っていたが、しかし闘志を衰えさせているように見えない。

 立ち向かう気なのか。

 右腕を失い、内臓を痛めた状態で、その剣で、あの山より巨大な異形に。


「だめっ……!」


 アレットは、叫んだ。

 異様に固く、動き辛い身体を引きずるように、這いずりながら訴えかける。


「わたしが、やるから……!

 逃げて!」


 自分の“焔巫女”なら、あの巨躯を飲み込んで致命傷を与える可能性がある。

 重い制約を持つが故に“焔巫女”の火力は魔法ゼノスフィアの中でも群を抜いている。

 今こそ、自分の出番のはずだ。

 ユウの剣では、火力不足も甚だしい。


 あれに真っ向から挑むなら、神の力でも用いなければ無理だろう。


 だが、ユウは口元を拭うと、苦笑めいた笑みを漏らし、首を横に振った。

 そして、思い出したように、呑気な話題を口に出す。


「……話を作るのが得意なんだってね」


 そんなことを話している場合では――アレットは口を挟もうするが、しかしユウはそれを制して言葉を続ける。


「あの子から聞かされたよ。すごく面白かった。

 すごい大変な目に逢って、それでも諦めずに頑張って――先が気になって、ドキドキしたよ」


 ユウが小さく笑みを漏らす。


「……オチが、いつも強引だけど」


 アレットの頬が紅潮する。

 自覚はあった。

 でも、仕方なかったのだ。

 話を盛り上げるために主人公達には試練と苦難を与えたかったけど、それでも、


「ハッピーエンドが、好きなんだよね?」


 そうだ。

 物語の登場人物達には、幸せな結末が訪れて欲しい。

 いつも話の展開をやり過ぎてしまうけど、それでも悲劇などで終わらせたくは無かった。


「僕も、好きだよ」


 不意に、ユウの身体から未知の気配が溢れる。

 それは神気とも称するべき、厳かなものだった。


「自己犠牲で終わる、綺麗なバッドエンドなんていらない」


 右腕を喪失する重傷にも関わらず、ユウの言葉は力強い。

 その少女のような華奢な身体に、あの大蜈蚣より雄大な存在感が感じられた。


「飴玉だけじゃ割に合わなくなったからさ、あの子と一緒に、君の話を聞かせてよ」


 続けてユウの口から紡がれるのは、まるで歌声のようであった。



が名、避諱ひきされ発することあたわず。遺されしは神聖なる四字――」



 詠唱。

 しかしそれは、アレットのそれのように己が魂に向けられたものでは無い。


 ユウが紡ぐのは、この世界の外側、遥か天の向こうへと至る言霊であった。

 一つの神格の在り方が、ユウの口から語られる。

 

 その意味に、アレットは驚愕と共に気付く。


 顕天アルス・マグナ

 それは、世界の外側に揺蕩たゆたう神格に触れ同化し、その権能を現世に引きずり出して顕現させる最秘奥である。

 魔法ゼノスフィアなど、比較にもならない。


 “偽天ぎてん

 “聖天せいてん

 “覇天はてん

 “獣天じゅうてん


 その位階に至った者は、いずれも神威を振るう絶対者として知られていた。

 神を認識し、触れても自我を保つ、圧倒的に強靭な自意識エゴ。それは、大海に垂らした一滴の墨汁が原型を保つに等しい奇跡である。 


 彼等は皆、己が神々と同等、あるいは上の存在だと疑い無く思っている。そうでなければ、神々と同化するなど出来るはずもないのだ。

 等しく、一種の狂人と言って差し支えない。


 最近、その“天”に新たに名を連ねた者がいると、噂で聞いたことがあった。

 それは異世界から来た少年であり、悪名高き“天”と戦い、勝利した者であると。

 そうだ、思い出した。その名は――


「――顕・天(アルス・マグナ)――」


 その名は“白天びゃくてん”。


 白天のユウ。


 ユウの少女のような容貌が、笑みを浮かべる。

 右腕を失っても、血を吐いても、彼の表情に一片の翳りも無かった。彼の目は、死になど向いていない。

 ただ前を向き、生きようとしている。


「見苦しくても、滑稽でも、筋が通らなくても……僕達も、ハッピーエンドを狙ってみようよ……!」


 そしてその歌声から流れ出ずるのは、一つの神格。

 本当の名を忘れ去られた、最古の神格の一柱である。


 ここに、真の神威が顕現する――








 ――少女が、走っている。

 人を待たせているのだ。

 彼女はかつて“焔巫女”と呼ばれた兵器であり、今はただの少女である。

 

 約束の場所に辿り着くと、そこには良く見知った菓子職人の息子が待っていた。

 そして、新たに友達となった、一人の白髪の少年もいる。

 二人は、目を輝かせて少女の話を待っていた。


 少女は気恥ずかしさに頬を赤らめ、深呼吸をして、自身の最高傑作となるかもしれない自信作を語り聞かせる。


 それは、ある英雄の物語。

 ありとあらゆる災厄と悲劇が降りかかる、波瀾万丈の人生である。

 そして胸のすくような、ハッピーエンドの物語だ。

 

 それ意外の結末など、自分にも彼等にもいらないのだから――






 それは、“白天”と呼ばれた英雄、神護悠かみもり ゆうの数多の戦いの一つである。


 彼の物語は、彼がまだ地球という世界にいた頃に遡る――


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