第9話:突然は突然に訪れる
学校に着くと生徒用の玄関は開いておらず、隣にある教職員用の玄関が開いていた。
そこから中に入り、高野豆腐を脱ぎ捨て鞄からタオルを出し涼平に渡した。
「どうぞ」
「ん」
廊下に座り込み、ずぶ濡れになった制服を無言で拭き続けた。
誰もいない。
声も何も聞こえない。
耳に届くのは涼平と雨音だけだ。
「休みかな?」
「だろうな」
廊下に座り込んでいる間も誰一人登校して来ない。
脱いだ靴を持って、内履きを取りに行く。
裸足でヒタヒタと冷え切った廊下を歩く。
まだ梅雨には早い大雨に僕は少し浮かれた。
「滅多に無いよね?」
「苦い思い出になるな」
内履きに履き変え、取りあえず教室を目指す。
踵部分を踏み潰し、パスンパスンと抜けるような音を立てて歩く。
一階の保健室前を通り過ぎ、階段を上がる。
二階に着いてすぐあるのが僕のクラスで、涼平のクラスは奥にあった。
「誰も居ないな」
僕のクラス前を通り過ぎ、二階にある全ての教室を見て回ったが、やはり誰も居なかった。
「携帯は?」
鞄から取り出すと着信履歴が十件近く残っていた。
「母さんだ」
電話しなくても分かる内容。
きっと今日は休校なんだろうな。
「もしもし?」
「あんた、さっさと電話出なさいよね? 何の為の電話なの? 心配するでしょ?」
「はいはい、んで何?」
「言いにくいんだけど…」 休校でしょ?
何が言いにくいの?
僕はいつもと違う話し方の母親に違和感を感じた。
「何? どうしたの? 何かあった?」
「涼平君のお母さんが交通事故で…、亡くなったの」
「えっ…?」
「涼平君と今一緒に居るんでしょ?」
プーッ、プーッ。
切ってしまった。
どうしよう?僕が支えてあげなくちゃいけないのに、どうすれば良いのか全然見えて来ない。
「おばさん何だって? やっぱり休校だって?」
涼平の明るい声が胸に刺さる。
後ろに隠した携帯が着信を感じ震えている。
どうやっても上手く伝えれない僕が涼平の支えにならなくちゃいけないのに、僕がしっかりしなきゃいけないのに。
立ってられない。足に力が入らない。泣いてはいけない。
それでも涙はすぐそこまで迫っていた。
「樹?」
涼平の顔が見れない。
黙って俯くことなどしたくないのに…、涙が溢れて来る。 どうすれば…、どうすれば良いの?ちゃんと伝えたいのに、全てが良い方向に向かってると思ってたのに何で…? 何でこんなにも涼平を苦しめるの?
「樹どうしたの? おばさんに何かあった?」
腰が抜けて、廊下に座り込んでしまった。
足がガクガク震え、涙がとめどなく溢れ出る。
喉が張り付き呼吸が上手く出来ない。
廊下にポタポタと涙が落ちる。
「涼…平、涼……平…のおば…おばさんが………事故にあって……………亡くな…った」
やっと口に出来た言葉。
膝から折れるように脱力し
「そっか」それだけ聞こえた。
座り込み俯いて泣いた。僕の方が大声で、涼平は片手で顔を隠し歯を食いしばるように泣いた。
涼平を苦しめないで、僕はそう願い泣いた。