第8話:雨音
鏡に映った自分の姿に黒い靄は無かった。
驚くことはない。
むしろ当然、当たり前と言うか、無くなっていないと僕の涼平に対する気持ちが嘘になる。
それに涼平を想っての心の色は今までにない程に澄み切っていた。
「いってきます」
雨は勢いを増していた。
家に居るときに聞いた砂を零したような音など微塵も残っておらず、耳には親の返事も聞こえないほどに荒れた雨の音だけが延々と聞こえた。
傘を開くと重い雨粒がズシリと手に響くのを感じる。
玄関を出て道路は川のように流れがあった。
洪水になるのではないのか?と思うぐらいに水の流れに勢いはあった。
涼平といつもの待ち合わせ場所。
雨で周りが見えにくいが、涼平はまだ来ていないようだ。
靴はぐっしょり濡れてしまい、高野豆腐のように一押しすれば水分が溢れ出し、勿論靴下もズボンもびちょびちょで、ギリギリ上に着ているブレザーが濡れていないかなぁ?ってぐらいだ。
傘から染み出した水は髪を濡らし、肩に掛けていた鞄も青色から紺色に変わっていた。
「おい」
「えっ?」
「冷て!!」
「わっ、ごめん」
声に振り返ったときに、傘から雫が飛び散り涼平の顔にかかってしまった。
「ごめん、ごめん」
「まぁー、他の方がずぶ濡れだし変わんないけどな」
「確かに」
涼平の靴も高野豆腐になっていた。
歩き出したものの勢いは増すばかりで、川と表現していた道路も湖になりつつある。
雷も鳴りだし、そのたびに金属部分から木の方に持ち手を移動させた。
雨音が酷く、涼平が何か話しているだろうけれど何も聞こえない。
涼平も分かっていて話しているのか、傘から覗く口元が独り言を話しているかのごとく小さく動くのが微かだが見える。
それを見て淋しく感じながら今日学校は本当にあるのか?と不安になった。
「ねぇ」
「ねぇってば」
聞こえないようだ。
仕方なく伸ばした手で肩を突く。
「今日、学校あるのかな?」
「どうだろうな?」
「ってか無いだろう。 周り見てみ、誰も歩いてないぜ」
後ろを振り返ったが誰の姿も見えない。
「本当だ」
「冷たい」
「あっ、ごめん」
また傘から雫が飛び散ったみたいだ。
「タオル予備ある?」
「あるよ」
「学校着いたら貸して」
辿り着けるかな?
目の前には池がある。
学校を黙然にして巨大な水溜まりが行く手を阻む。
まぁー行くけど。
僕らは、こんなに頑張って学校に何しに行くのかな?
言葉に出したつもりは無いが、二人で笑ってしまった。
「俺らアホだな」
「だね」
そう言いつつもざぶざぶと僕らは進み続けた。