第6話:ねぼすけ
いつから涼平は、母さん、父さんと呼ばなくなってしまったのだろう?
いつの間に涼平の母親は死んでしまったのだろう?
何で僕は気付いてやれなかったのだろう?
沢山の疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
と言うか、涼平は何で人のベッドで寝ているのか?
それすらも分からないし考えられない。
とにかく…。
「涼平もっと奥行って」
制服のままの涼平を奥へと押しやり、自分も着替えることすら忘れベッドに入った。
「樹ー、そろそろ起きようぜ」
そう聞こえたのは空耳では無かったようだ。
目を開くと涼平の姿は無かった。
起き上がり、首を回しながら脳にスイッチを入れる。
ぼんやりと部屋の中を眺め、今の時間と窓からの光を確認する。
帰ったのかな?
捨てられた鞄や靴下、すぐに寝てしまったのか…。
立ち上がり一階の母の元に向かう。
階段を下り、台所に向かうと母は冷蔵庫を漁っていた。
僕に気付くと呆れた顔をして息を吐いた。
「ねぼすけ、涼平君は昼過ぎに帰ったわよ、あんた起こしても起きないからって…」
悪いことしたなぁ。
涼平も、もっと強く起こしてくれれば良かったのに。
「…おばさんは何か言ってた?」
言い慣れていない言葉、まだあの人と話たことも無いのに、勝手におばさんと呼んで知り合いのように振る舞う…不自然だ。
「あんたの事、褒めまくってたよ。 常識のある礼儀正しいきちっとした良い子だってさ…、まぁ常識のある子は、学校サボって夕方近くまで寝ないけどね」
母は皮肉混じりに言うと、エプロンを付け戦闘体制に入った。
全てが申し訳なく思えてきた。
きっと涼平の変化には気付いていたはずなのに、何も出来なかったこと、何の支えにもなってやれて無かったことが悔しくて悲しくて堪らない。
涼平が母さん、父さんと呼ばなくなったのは、きっと存在を遠くに感じているから…、もう昔のことのように、思い出のように思っているから。
涼平が家に来るのは一人が嫌だから、それと母親を少しでも感じたいから…、だってもう涼平は包丁が刻む音も、エプロン姿の背中も、たわいもない会話も、全て過去になってしまった。
それなのに僕は…。
「ごめんね。 何も出来なくて、何の支えにもなれなくて、涼平が悲しんで、苦しんでいるときに、一緒に泣いてあげられなくて、ごめん」
今更。
でも伝えたかった。
電話だと泣いてしまいそうだからメールでそれを伝えた。
送信を完了し、部屋を出ようとしたら電話がなった。
着信音から涼平だと直ぐに分かった。
「もしもし」
「謝るな! 何も出来なくて、何の支えにもなって無かったと、どうして樹に分かる? 俺は樹に特別何かしてもらおうとか考えてない。 一緒に帰って、一緒に笑って、俺は一緒の時間を過ごすことで凄く支えになる。 結果的に樹の家で過ごすことが多くなって、晩飯とか頂くことが増えて特別何かしてもらってたけれど、俺は特別に何かしてもらったからとかじゃなくて、支えは樹にしかなれないし、何か出来るのも樹だけだと思ってる。 だから…謝るな」
荒々しい口調が最後には途切れそうになる程小さく泣きそうに聞こえた。
「…ごめん」
「だから謝るなって…、それよりどうすんの?」
僕はベッドに座り質問の意味を考えた。
「えっ…?ん?何のこと?」
「あの絵のことだよ」
あの絵…、どの絵のことを言っているのだろう?