No personality Human
さて、今回の仕事は………?
都会の雑踏と人間の鳴き声の分岐点、とはいってもごく普通にどこにでもあるカフェのダイニングテーブルに、頼んだコーヒーを静かに飲み干しながら『私』は今日も読書にふけっていた。
鰯雲の上に存在する宇宙と地球の隔たりを綺麗だと感じるようになったのはつい最近のことだ。
こんな日はこのまま人間観察でもしてぼけっとしていたいところだが…どうやらそうもいかないらしい。
また仕事が入った。
今回もなかなかに難関でとても面倒くさい。『依頼人』ももう少し『私』を信用して欲しいものだ。
おや、そろそろ時間か。
取り敢えずここを出るとしようか。
352円、きっちり払った。
『私』はスーツの襟首を正し、このカフェを出た。
ん?何故スーツを着ているかって?簡単な理由だ。
これを着れば紛れることが出来るからだ。
特に『この国』では、個を消し、雑多な無個性たちに紛れることを主と考えているようだしな。
これも資本主義社会の兆候なのだろうか。
外へ出ると、妙に暑いことに気がついた。
そういえば、今の時期は夏だったか。
あの店のクーラーの適温にすっかり慣れていたようだ。
道理で今日もここまで澄んだ空だったのか。
読書にも夢中だったせいか、そこらの人間の体温変化にも気づかなかった。
仕方ないので『私』もジャケットを脱いでネクタイに手をかけた。
せっかく涼んでいたというのに…既に汗が頬を伝っている。
これだから仕事を昼時にこなすのは嫌いなんだ。
ひとまず辺りを見回してみる。
雑多な人間とビルとファッションセンスを疑う店々。
その影には複数の監視カメラが設置されている。
相変わらずこの国は……入り口は緩い反面いざ中に入ろうものなら誰とも知らない者たちに監視されている。
国民達は何故気付かないのだろう。
いや、まず気付く気付かないという問題よりも、疑惑や頓着が無いこと自体、ここは『安全に溺れた国家』ということなのだろう。
おっと、考えが過ぎたようだ。
こうも暑いと思考までリミッターがイカれてしまう。
だが、あれは厄介だな。上手く情報の目をすり抜けなければならないようだ。
ひとまず人間の流れの逆を行く形で、『私』は進むことにした。
当然、肩は当たるわ密着を余儀無くされるわで…とても不快なのだが、これもかなり重要な作業になる。
ん、彼がいいだろう。
すぐさま近づき、彼と肩越しにすれ違う。
彼は急いでいるようで、かなり早足で雑踏の中へと消えていった。
よし、成功だ。
『私』の手に、彼のものとみられる身分証と財布。
今日一日、『私』はこの『広野 祐三』という名前で過ごすことになる。
これはいい。
財布の中には名刺がきちんと並べてある。
彼、広野祐三はIT企業の会計管理を任されているらしい。
まあ、少し申し訳ないがこれは『私』の写真と入れ替させてもらうよ。
さて、『アカウント』も作れたことだ。
自由に動かせてもらおう。
確かこの辺りに製氷売家は無かったような…
まあいい、何か考えながら探してみよう。
『私』は、いつも殺人について考える。
誰でも思うだろう。
人を殺すのは駄目だとか、酷いことだとか。
しかし、そんな言葉を投げかけた後に、彼らは蚊を潰したり、不快な虫たちを殺しているのである。
大きな矛盾ではなかろうか。
まず我々は命を絶やすことに重きを置いている種族である。
いや、我々だけでなく、全ての獣や動物は殺しによって自らを保ち続ける生物だと言えるだろう。
肉食動物は肉ある種族を喰らい、草食動物は植物を喰らう。
しかし、まだこれらの動物達は自らを養い潤すために他の種族を喰っているのである。
しかし、人間はこれらと同じように命を喰べる他に、自らの都合で他の種族を殺しているのである。
自らを生物の頂点と奢り、その力を見せつけたいがための行いなのか。
まあ、これほどまでに生物を卑下する我々はやはり既に汚れた生物なのだ。
なんて、言ってのけるとたまに「でも、同じ人間同士で争うなんて、他の動物はしてないだろう。」
と言う奴がいるんだが、それは間違いではなかろうか。
群れる動物のほとんどは、ボスに則って生活している。
そのボスを決める方法とは、紛れもないオスの争いである。
大体群れを統治するため、メスを誘惑するために争うのだが…よく考えて頂きたい。
皆さん見たことあるだろう。
そう、人間の起こす戦争である。
国を大きくする。これは、やはりボスになりたいオスの本能から来ているのだ。
………そろそろ日が落ちてきた。
そろそろぐちゃぐちゃ論ずるのはやめようと思う。
昼場の最高気温という峠を越えてもなおも暑い。
ワイシャツは汗で湿っている。
製氷売家はここらには無かったようだ。
仕方ない。葬儀屋で……
おや、メールだ。
はあ…全く、節操の無い『依頼人』様だ。
でもまあ、色々と情報も集まった。
後は、『あれ』を買って夜を待つだけだ…
____________________________________
________________
_______
《ある埠頭より》
クソ…大幅に取り引きに遅れちまった。
あの中にあったICチップが今回の材料だってのに……
「まあ、もう一つ予備を作っといて正解だったなぁ〜。この軍事資料で利益を上げちまえば……ふ、ふふふ…あひゃひゃひゃひゃひゃひゃあアアアアアアアア!!」
「なるほど、それで国外逃亡で全部政府に濡れ衣被せ…と言う訳か。」
「な!?あ、あ…てめえどこから………」
「やあやあ、まあそんな動機なんか『私』は興味ないんだけどね。」
「それよりも何より驚いたのは…君と『私』
との因果さ…なあ、『広野祐三』さん?」
そう言って『私』は羽織ったジャケットの
中に入っていた彼の財布を取り出した。
「は、はぁぁああ?!てめえ!!何故それを!!」
「IT企業に潜伏して会社のサーバへハッキング。政府と密接に繋がってるこの企業が投資していたのは、軍の資金。全部この中の紙に書いてあったよ。いやあー、恐れいくねえ。」
「う、ううう…でも、でも貴様さえ、貴様さえ消してしまえば!」
「おいおい、やめときな。さすがに…ッ!」
形容し難いほどの電流が流れ込む。一瞬『私』の意識は宙へ吸い込まれて行く。
「あそこで、始末してやる!あの、あの裏路地の奥でぇぇ息の根止めてやるぅう!」
なるほど、今『私』は引きずられながら何処かへ連れ込まれているのか。
広野め…せっかくの高いスーツがボロボロではないか……
街灯も無い真の暗闇の中、青白い電流と眼光だけが光って見えた。
「死ねぇ!殺してから海へ落とす!お別れの言葉は何だ?刑事もどきが!」
「ふ…ふふふ…」
「……何笑ってやがる…」
「いや、失礼…あまりに予想通りなものでね。俺を監視カメラの無い場所まで連れて来てくれた。感謝するよ!」
「何だ…グゴォ!」
いきなり広野は『私』の持っていたあるものを袋越しに吸い込んだ。
「…こ、か、ああ……」
「息が出来まい。これは君もよく知っているもの…ドライアイスさ。何せこの暑さだ。どんどんと気体に戻っていく。さあ、なにに戻ると思う?」
「ごあ…うおえぇ…」
「残念、不正解。アンサーは、高濃度の二酸化炭素さ。このまま窒息死させることも可能だ。さあ、何処と取引したのか…吐いてもらおうかな?」
「む、むりゅだぁ…しょ、しょるだけばぁ…」
そう言うと、広野は自らの首に、スタンガンを突きつけた。
「ぐばあアアアアアア!!」
二つの目は裏側へ回転し、広野は力無く崩れ落ちる。
「気絶した…か。逃がすと思うか?お前が引きずってくれたお陰で新たな副産物も出来てるんだ。起きてもらうぜ。」
と、もう一つのドライアイスの袋から出ている液体を広野の口に流し込んだ。
「…うばあアアアアアア!?」
「おはよう、眠気覚ましの液体ドライアイスはどうだ?目が凍てつくくらいヘビーだろう?」
「あ、あで、あであであであであで」
広野の喉元から冷気にも似た気体が噴き出している。
やりすぎたか。
こりゃあ長くはもたないだろうな。
「広野祐三。最期に言いたい事は?家族か?金か?それとも、小便に行きたい程度のつまらないことかな?」
「びゃ、ば、万歳!万歳!ギミック万歳!ばんじゃあ、い、い、い……」
「あらら、逝ってしまったか。だが、手を引いてる所は分かった。後の処分ももみ消しも、『依頼人』の得意分野だ。任せておこう。」
だがしかし、殺したことに関しては色々と問題が起きそうだ。
監視カメラに広野が俺を引きずる姿が捉えられているはずだからな。
いや、過ぎた仕事を掘り返すのは面倒だ。
次の仕事まで、体を休めよう。
もし、明日もまた綺麗な空を眺めることが出来るのなら…
また…あのカフェに足を運んでみるのもいいかも知れない。
『私』は『私』なりに生きて行けばいいのだから。
長編の方が書けてもいないのに、初めての短編を書いてみました。
いかがだったでしょうか。
正直読みづらいと思います…
ジョジョの奇妙な冒険で有名な荒木飛呂彦さんによりますと、「短編のタイプは主に4種類。
A.登場人物の行動や思いをひたすら追いまとめた作品。
B.ほんの短い時間の出来事を切り取って、そこに人生やテーマを閃光のように象徴させる作品。
C.ナンセンスやサスペンス、ムード、デザイン、エロ、グロ。それそのものを描くのを目的とした作品。
D.日記やエッセイ、手紙」
とのこと。
今回は、Aを意識して書いてみました。
楽しんでもらえればと思います。
コメントして頂ければとても嬉しいです。