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月をナイフに  作者: 倉永さな
《一》呼ばれても困りますっ
9/67

09

 ということはだ。

 そこで真珠は、眉間にしわを寄せた。

 もしかしなくても、自分は……。

 いやいや、と思い浮かんだ言葉を完全否定するために真珠は頭を思いっきり振ったが、くらくらするだけで失敗に終わった。

 両手を開き、深呼吸をする。


「珊瑚あたりが聞いたら『また白昼夢?』って笑い飛ばしてくれそうだけど……」


 そして、今、自分が陥っている状況を、恐る恐る、あえて口に出してみた。


「もしかしなくても、あたし、地球ではないどこかに……飛ばされちゃった?」


 あはは、まっさかねぇ~と乾いた笑いを同時に出してみたが、どう悩んでも、そう考えるのが残念ながらしっくりくることに気がついた。


「うーん……」


 物語の中で読む「異世界召喚」だの「トリップ」ものは大好きだけど、まさか自分が本当に体験をしてしまうとは思わなかった。そして、今の状態は絶体絶命だ。

 このままなにも食べられずに緩やかな死を迎えるか、はたまたアレクの元へ行っていっそ思いっきりやられてしまうか。

 喉は渇いているし、お腹は空いてるし、足は痛い、そのうえ、走ったから疲れ切っていて、正直なところ、これ以上、もう動きたくない。

 どうとでもなれ! という投げやりな気持ちが今の真珠を支配していた。

 その気持ちを表すように、真珠は眼鏡を外して目を閉じ、大の字に地面に転がった。生ぬるい風が、真珠の頬を撫でていく。


──どーしよう、せっかく見つけた黒髪の乙女なのにぃ。

──あ、ほら。なんか変な黒いのを取ったよ!

──わーい、聞こえるぅ?


 神様の屋根サンブフィアラの中とマリと逃げるときにも聞こえた声に、真珠は驚いて目を開けた。


「うわっ!」


 これでもか! というほどの色の洪水に真珠は驚き、目をきつく閉じた。目の前にひらひらと色とりどりな半透明のなにかが真珠の周りを舞っていたのだ。

 真珠は薄目を開け、様子を見た。やはり、ひらひらとしたものが視界を埋め尽くしている。


「あの……あなたたち、なに?」


 真珠は目を閉じ、質問した。


──私たちは、あなたたちが言うところの『精霊ファナーヒ』ってヤツね。


「ファナーヒ?」


 ファンタジー小説の中にこれに似たようなものがいなかったかな……と真珠は考え、思い当たった。

 もっと自分たちに近い人間体をしていたような気がするが、こんな感じでひらひらですけすけで透き通った存在というものがいた。


「精霊か妖精……みたいなもの、かしら?」


──精霊ファナーヒ精霊ファナーヒだよ!


 ひらひらに同意はされなかったが、どうやら精霊と同等の存在と思って間違いがなさそうだと真珠は結論づけた。


「分かった。精霊ファナーヒね」


──ま、そーゆーことっ。


 真珠は薄目を開け、周りを見た。真珠の視力はそれほど悪くはないが、後ろの席だと眼鏡を掛けないと黒板の文字が見えないくらい。

 精霊ファナーヒの姿を確認しながら、少しずつ目を開けた。そうしたにも関わらず、やっぱり色の洪水にくらくらする。結局、真珠は慌てて目を閉じた。


「あの……ところで、ここはどこ?」


 精霊ファナーヒに聞いてまともに答えが返ってくるのか不安だったが、それでも真珠は好意を持ってくれているらしいこれらに質問した。精霊ファナーヒは声をそろえて答えてくれた。


──ここは『ジャーザナ』って呼ばれているところで、黒髪の乙女が今いる場所は、『フィラー国』で、この世界の中心なのよ。


 ジャーザナ……フィラー国。どちらも聞いたことのない単語だ。

 やはり、ここは地球とはまったく違う世界のようだ。それを確認することが出来て、真珠は身体から力が抜けた。肩を落とし、うなだれる。


──ねえ、黒髪の乙女。どうしてあなた、私たちの声が聞こえるの?


「あたしは香椎真珠。黒髪の乙女なんて呼ばれる柄じゃないわよ」


──カッシー?

──アメシストさまはマジュさまって呼んでたよ?

──でも、カッシーの方が呼びやすいよね?

──じゃあ、カッシーで!


「あたしはだから……お菓子じゃないし」


──カッシーはどこから来たの?

──どーしてアメシストさまじゃないのに、私たちの声が聞こえるの?


「まず、あたしはこことは違う『地球』ってところから来たの」


──チキュー?


 精霊ファナーヒはチキュー、チキューと楽しそうに笑い転げている。ひらひらとした不定形な精霊ファナーヒの姿は目を閉じているために見えないが、気配で分かった。


「で、あなたたちの声が聞こえることは、あたしにも分からない」


──えー。分からないのぉ?

──どーしてぇ?


 それは真珠だって知りたいことだ。


──そうだ! さっきのご褒美をまだ、もらってない!


 精霊ファナーヒはそういうなり、真珠の肌に触れてくる。


「ちょっと! きゃははは、くすぐったいって!」


──あー、甘くて美味しい!

──それに、いい匂い!


 真珠は客観的に今の自分の状況を想像して、頭を抱えたくなった。なんだかよく分からない精霊ファナーヒが、自分に群がっている姿。

 なにに例えればいいのか悩んでいたら、少し離れている精霊ファナーヒが騒ぎ始めた。


──カッシー、逃げて!

──たーいっへんっ!


「え? どうしたの?」


──神様の屋根サンブフィアラが燃えだしたの!


 真珠はその声に慌てて眼鏡を掛け直し、起き上がった。

 天幕越しに神様の屋根サンブフィアラを見る。


「ど……どういう」


 どす黒い煙を吐きながら、それは燃えていた。

 ああ、この世界も地球と基本は一緒なんだ……なんて真珠は頭の片隅で思いながら、身体が震えた。


「どうすれば?」


 精霊ファナーヒに話しかけたが、答えは返ってこない。あれだけ気配を感じていたのに、ぱったりと消えてしまった。

 ここから神様の屋根サンブフィアラまでは距離があるが、真珠は大変な事に気がついた。


「あそこには、アメシストさまが! それに、マリって子も!」


 そう思うと、真珠はいてもたってもいられなくなった。真珠は駆け出す。

 精霊ファナーヒは必死に止めるが、真珠には聞こえていない。


┿─────────────┿


 喉が渇いて、お腹が空いて、それに走りまくったから疲れていたにもかかわらず、燃えさかる炎を見て、真珠は走り出していた。

 神様の屋根サンブフィアラに戻ったところであそこまで炎がふくれあがったらどうすることも出来ないうえ、アレクと追っ手に見つかったら自分の身も危ないというのに、真珠はあえて、近寄った。

 これがアレクの作戦で、真珠をおびき寄せるものだったとしてもいい。アメシストとマリが無事だということを自分の目で確認したい。その一心で、真珠は走った。

 神様の屋根サンブフィアラに近寄るごとに熱気がすごく、あまりの熱さに真珠は足を止めた。

 神様の屋根サンブフィアラがどれだけ大きなものかは分からないが、こうなってしまったらどうすることもできないだろうというほど、燃えさかっている。

 聞いたことがないほどの轟音。

 焼けてしまいそうな熱気。

 真珠は炎に照らされ、立ちすくむことしか出来ない。


 アメシストに「世界を救って欲しい」と言われた。

 具体的な内容を聞く前に、あんなことになってしまった。

 それに、アメシストが真珠をこの世界に呼んだと言っていた。

 ということは、アメシストを元に戻さない限り、真珠は地球に帰ることができないのではないか。

 真珠が地球の自分の状況に不満があれば、よく分からないけど違う世界に来ることができて良かったと喜んだかもしれない。

 真珠は取り立てて、地球の生活に不満はなかった。

 年頃の少女たちと同じように漠然とした将来への不安は持っていたが、どこかに逃げたいとは思っていなかった。

 そしてなによりも、地球には大好きな琥珀がいる。

 たとえ振り向いてくれなくてもいい。

 今の真珠は、琥珀が側にいるだけで幸せだった。


 顔を合わせれば、あふれる想いに翻弄されて馬鹿なことばかりをしていたけど、それもこれも、真珠の愛情表現だ。

 珊瑚に言わせれば、『ゆがみすぎ』ではあるけれど。

 そこは恋する乙女は照れ屋なのだ! と胸を張って言い返せる。

 琥珀の前に立つと、心臓がどきどきして、思わず、突飛な行動をしてしまう。

 幼い頃から琥珀のことが大好きだけど、年を重ねるごとにその想いは大きくなっていく。

 琥珀はかっこいいからもてるし、実際、とってもかわいい女の子数人とお付き合いをしていたことを知っている。それを知ったときは嫉妬で胸がきりきりとして、食事も喉を通らないほど落ち込んだけど、最近は側にいられるだけでいいと思えるようになってきた。

 科学の先生が産休に入り、その代理として琥珀が学校に来たときは、それこそ運命だ! と興奮したことを思い出した。

 琥珀が真珠のことを見てくれなくてもいい。

 それでも真珠は生涯、琥珀だけを愛していくとこのとき、心に決めたのだ。




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