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月をナイフに  作者: 倉永さな
《一》呼ばれても困りますっ
8/67

08

 真珠はマリが驚いて肩を離した反動で、尻餅をついた。手になにかが当たったので反射的に手に取った。それは真珠の黒縁眼鏡で、お尻でつぶしてしまわなかったことにほっとした。眼鏡を掛け、痛むお尻をさすりながら立ち上がった。


「あたしが駆けつけたときにはすでにアメシストさまがうつ伏せになって倒れていたの。助けようとしたら……あの、アレクとかいう人が剣を突きつけてきて、それで」

「そんなこと、あるわけないじゃない! アレクさまがっ!」


 真珠が最後まで言う前に、マリが叫んだ。


「アレクさまが、アメシストさまを傷つけるわけがっ!」


 マリは真珠に迫り、再び肩に手を掛けると、身体を揺さぶった。


「アレクさまは言っていたわ。あんたに憑いていた、ラーツィ・マギエのせいね!」


 何度も出てきている『ラーツィ・マギエ』という単語に、真珠は首をひねる。


「ラーツィ・マギエってなによっ!」

「ラーツィ・マギエはラーツィ・マギエよ!」


 マリのヒステリックな返答に、真珠は眉間にしわを寄せた。

 ここに来てから、初めて聞く単語が多い上に、意味がまったく分からない。

 精霊ファナーヒ神様の屋根サンブフィアラ、ラーツィ・マギエ……。

 音でしか聞いていない真珠には、さっぱりなんのことを言っているのか見当もつかない。


「あそこにいるぞ!」


 アレクが追っ手を放ったようだ。真珠はとっさにマリの手を握り、走り出した。


「手を離しなさい!」

「ダメよ。ここにいては、ダメ! あなたもアメシストさまみたいになってしまうわ!」

「なるわけ、ないじゃない! 仮にアレクさまに『核』を傷つけられるのなら……わたしは、あの方だったら、かまわないわ!」

「馬鹿なことを言ってないで!」


 真珠はマリを引っ張り、駆けだした。


「離しなさい!」

「いやっ!」


 マリの手のひらを強く握りしめ、真珠は走る。

 しかし、息は簡単に上がり、思ったように前に進めない。追っ手は徐々に迫ってきている。


「止まりなさいっ!」

「やだ! ここでつかまるわけにはいかないんだから!」


 しかし、真珠の身体は強制的に止まった。つんのめり、慌てて足を止めた。

 振り返ると、目をつり上げたマリがいた。


「早く! 逃げないと!」

「どうして? わたしは悪いことはしてないわ」


 マリは真珠の手を引っ張り、きつく肩をつかんだ。


「さあ、アレクさまのところに戻るのよ」

「嫌だ! あたしは……つかまるわけにはいかないっ」


 あの様子では、アレクは真珠に罪をかぶせようとしている。いくら違うと叫んでも、真珠は潔白を証明する手段を持っていない。

 それに、どう見ても真珠とアレクでは信頼度が雲泥の差だ。つかまったら最後、真珠の命はないと思った方がいいだろう。

 それ故に、真珠の中の選択肢は、逃げるという手段しか思いつかなかった。

 真珠のすぐ後ろには、追っ手が迫っている。マリは真珠と逃げる気はないという。しかも、真珠の身柄をアレクへ差しだそうとしている。

 とっさに判断をしたのは……。


「ごめんなさいっ!」


 真珠は一人で逃げることを選択し、琥珀仕込みの回し蹴りを申し訳ないと思いながら、マリへと叩きつけた。


「!」


 まさか真珠からそんな攻撃が繰り出されると思っていなかったマリはもろに受けて、吹き飛んだ。


「ごめんなさい! あたし、ここでつかまるわけにはいかないのっ」


 真珠はそう叫び、うずくまっているマリを放置して、追っ手から逃れるために走り出した。


┿─────────────┿


 真珠は分からないなりに、人がいないと思われる方向へ必死に走った。マリを筆頭とした追っ手が迫っている気配はない。真珠がマリを蹴り飛ばしたため、介抱しているのかもしれない。

 真珠は物陰を見つけ、そこに忍び込んで大きく息を吐いた。

 マリに悪いことをした、と真珠はまず、反省をした。まさかあんなに綺麗に決まるとは思わなかったのだ。


「ごめんなさい……」


 マリは目の前にいないが、真珠は声に出して謝ってみた。それでなんとなく、ほっとした。

 そして次に、考えるべきことがある。

 真珠が駆けつけたとき、アメシストが倒れていた。起こそうとしたらアレクが邪魔をして、そして……。

 今更ながら、真珠の身体は震え始めた。

 アレクの持っていたのは、人を傷つけることが出来る刃だ。それを真珠に突きつけ、さらには……。


「どうして……」


 アメシストを蹴り上げ、額の『核』に切っ先を突きつけていたことを思い出し、さらに身体が震え出す。

 アメシストとアレクは、主従のはずだ。

 琥珀と真珠の関係とは違う。

 真珠が琥珀の前で倒れていた場合、琥珀が足蹴にして起こそうとするのはあり得るのだが、まさかあの二人の間でそんなことがあるわけない。

 数時間前に出会ったばかりであるが、それでもアメシストとアレクの間には揺るぎない信頼関係が築かれていたのは分かった。

 のだが……。

 真珠が見たあの瞬間は、アレクがアメシストを裏切った決定的場面……だった……?

 信じられない、と真珠は首を強く振った。

 マリではないが、あの場面を自分の目で見ても、未だに信じられないでいる。

 真珠はアレクの上にいきなり落ち、そのせいで剣をいきなり向けられた訳で、どちらかというとあまりいい感情は抱いていない。だが、真珠が逆の立場だったなら、アレクと同じ行動を取っていただろうことは容易に分かる。

 アレクはアメシストを守るために、あの行動をとった。それはアメシストの臣下である、アレクの当たり前の行動だ。真珠の感情を抜きにして、アレクは正しかった。そんなアレクが……。

 例え理由があったとしても、アレクに納得がいかない。


「むー……」


 真珠は思わず、うなり声を上げる。

 アメシストの優しげな笑みを思い出し、真珠はどうにか助けたいと思ったのだが……どうすればいいのかまったく分からない。

 うかつにあそこに戻れば、アメシストを救うどころか、真珠の命までも危ない。


「それにっ!」


 真珠はいても立ってもいられなくなり、物陰で立ち上がった。


「琥珀のところに戻らないと!」


 それは真珠を奮い立たせる原動力だった。


 ぐぅ~


 真珠のお腹が鳴った。勢いだけでは立ちゆかない現実に、真珠はため息をつくしかなかった。


 腹が減っては戦は出来ぬとは言うが、この状況でどうやって食糧を調達すればいいのだろうか。そもそもが、ここがどこであるのかも分かっていない。

 真珠は隙間から外を見て、様子を見た。

 どこにも真珠を追いかけているような影は見当たらないが、周りをうかがい、そっと真珠は物陰から抜け出る。

 警戒をしながら、そろそろと移動を開始した。

 逃げることに必死で周りをまったく見ていなかったのだが、白い丈夫そうな布で出来た天幕がいくつも見受けられる。ここならば、遠目にはわかりにくい。手ごろな天幕をそっと開け、中を覗いてみる。人がいるような気配はなく、真珠は中に滑り込むようにして入った。

 明かりがないために、暗い。天幕の一部を開き、外の明かりを取り入れる。差し込んでくる光を頼りに、真珠は中を探索してみる。地面の上に布が広げられ、その上に整然と木箱が置かれていた。

 中を見ようとしたが、しっかりとふたが閉められているために開けてのぞき見ることができない。

 真珠はすぐに諦め、天幕から出た。

 開けていた布を元通りに戻し、隣の天幕も同じように見てみる。

 が、やはり置いてある木箱の数は違ったが、ここもやはり一緒で、真珠はため息を吐いた。

 そもそもがここに食べる物が置いてあるかもしれないと思う方が間違いなのだろう。

 木箱の中身がなにかは分からないが、開けて中を確認出来ないのだから、ここにいても意味がない。

 真珠はぐぅとお腹を鳴らしながら、天幕から離れた。


 お腹も空いたが、喉も渇いてきた。真珠はそう自覚すると、急激に喉が痛くなってきた。


「レモン……レモン……」


 真珠は口の中で呪文のように唱え、唾を飲み込んで乾いた喉をごまかそうとしたが、思ったほどいい結果は生まなかった。

 なにかないかと真珠は天幕の影から辺りを見渡すのだが、同じような天幕がぽつりとあるだけで、あとは神様の屋根サンブフィアラがうっすらと遠くに見えるだけ。

 空を見上げると……。


「え……ちょ、ちょっと……待って」


 神様の屋根サンブフィアラの天井からのぞいていた空の色は、青かった。空の向こうが透けて見えてしまうのではないかと思われるほど、透明な青が広がっていた。それなのに今は、濁った紫と赤と黒がまだらに混じった嫌な色が、真珠の瞳に飛び込んできた。

 あれから時間は経っていたので、空模様が崩れ始めて雲が覆ってきた……と言われたら、そうかもしれないと思ったかもしれないが、しかし。


「あれ……どう見ても、太陽が二つ……だ、よね?」


 だれに確認を取るわけでもなく、真珠は思わず、つぶやいてしまう。真珠の視界には、なんだか気持ちの悪い色をした空に、ぽっかりと太陽が二つ、寄り添うように浮かんでいるのだ。

 太陽と月かもしれないと一瞬、思ったのだが、太陽の横に仮に月がいたとしても、昼間からあんなにはっきりと見えるのがおかしいのだ。それに、あの二つの空に浮かんでいる物体は同じように炎を燃やしている。

 太陽らしきものはまぶしいため、真珠は手をかざして目を細めて見るのだが、片方は白に近い黄色い光を放ち、隣り合っているそれは黒赤く巨大な形をしていた。だから、どう見ても太陽が二つ、としか真珠には思えない。


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