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月をナイフに  作者: 倉永さな
《七》月をナイフに
64/67

06

┿─────────────┿


 真珠にはディーナの言っている意味が分からなかった。

 確かに、アメシストに『真珠パール』の名を持つからという理由だけでこの世界に強制的に召喚されてしまった。

 だけど真珠はなんの力も持たないただの女子高生であって……。


「ぼくは……ううん、あたしはなんの力も持っていません」


 すでに頭に巻いていた布はなくなっていた。黒髪は相変わらず短いままだったけれど、真珠は軽く頭を振って、続けた。


「アメシストさまはあたしが『真珠パール』の名を持っているからという理由でこの世界に喚んだけど、力なんて持っていません」


 そんな自分が、この世界を創ったという神に変われるとも思わない。


『いいえ、それでいいの。なにも力は要らない。ただ、ほんの少しでいいの。あなたがこの世界の人たちを想ってくれれば』

『そのために、見知らぬ世界を見知らぬ者たちと旅をしてきたのだろう?』

『想いはほら、その真珠パールに込められています』


 真珠の瞳からこぼれた一粒の涙。


『それを天に掲げてごらんなさい』


 真珠は言われるまま、真珠パールを手に取り、真っ直ぐに腕を伸ばして空に掲げた。

 すると真珠パールはふわりと浮かび上がり、みるみる間に高く浮かび上がった。

 それまで透明だった世界は急に色を得て、真珠の周りは暗闇に包まれた。その闇を風穴のように、ぽっかりと真珠の涙から産まれた月が浮かんでいた。


『世界の始まりは、夜から──』

『新しい月が誕生した』


 真珠パールは月の涙と言われているけれど……。それが月になるとは思っていなかった真珠は、ぽかんと惚けた顔で浮かんでいる月を見上げた。


『さあ、次は太陽を創ろう』

『あなたの大切な人を思い浮かべて』


 大切な人?

 マリに……モリオンに、ルベウス。

 それに追いかけられて怖い思いはしたけど、村で出会った人たち。

 怖い思いをした挙げ句、真珠の髪を切った、アレク。

 そしてわがままで回りの人たちを振り回した、アメシスト。

 黄色い水晶に閉じ込められていた、シトリン。


『もっといるでしょう?』


 ディーナの促す声に、真珠はうーんと唸る。

 真珠がこの世界で出会った人たちは、それほど多くない。


『あなたがもっとも大切に想う人は?』


「それは……」


 一人しかいない。

 琥珀だ。

 琥珀のことを考えると、胸の奥が熱くなる。そして、苦しいほどきゅんとして、どきどきして……。

 もう一度、琥珀に会いたい。

 ううん、会うだけで満足なんて、したくないし出来ない。

 それに、琥珀は放課後、真珠に科学室へと来るように言っていた。

 なにがなんでも戻らなければならないのだ。


「琥珀……」


 真珠の切ない声に呼応するように、世界が一際明るく輝いた。


「うわっ!」


 なにが起こったのか分からなかった。

 真珠はあまりのまぶしさに目を閉じ、顔を覆った。




 色のない世界に突如として生まれた、乳白色の淡い球。それは紛れもなく、真珠がこぼした涙の一粒。

 それは始め、戸惑ったように身を震わせていたが、なにをするべきか分かったのか、真上へと飛び上がった。

 途端。

 軌跡は空間を裂き、そこから瞬く間に色があふれ出した。


 そしてその球は、この世界の月となった。

 世界の始まりの一粒は、真珠からだった──。


┿─────────────┿


──色のない世界に、ぽっかりと月が生まれた。

  辺りを切り裂きながらなにもない空間を上昇して、空に浮かび上がった。

  月が通り過ぎたところには、新たな命が生まれた。




 これが、新生・ジャーザナに伝わる、天地創造の神話だ。

 この神話を元に、世界の生誕を祝う祭が毎年、行われている。そしてそのときだけとある食べ物が振る舞われる。

 アニヴェルセーラと名付けられたそれは、少し変わっていた。

 ぱっと見は真っ黒な袋状の物。それを三日月を模したナイフでサクッと切り裂くと、中から様々な宝石に見立てた野菜がごろごろと出てくるというものだ。

 月が世界を切り裂き、そこから命が生まれだしたのを表しているという。


 そしてここは、フィラー国の首都から少し離れた小さな村。

 昔はアニヴェルセーラは各家庭で作られていたのだが、手間が掛かる上、特殊な材料を使うこともあり、一時期は作ることが敬遠され、幻の食べ物となるところだったのだが、この村に住む青年と女性の手によって、今も変わらず作られるようになっていた。


 村の端に、白い外壁の建物がぽつんと一軒、建っている。ここはアニヴェルセーラを甦らせた功労者の一人であるサンドラという女性の厨房となっている。

 そこに、もう一人の功労者であるアレクという青年が尋ねて来た。彼は両腕で抱えなくてはならないほどの大きなカゴを持っていた。

 アレクは慣れた様子で裏口へと回り、行儀が悪いと自覚していながら、足で扉を蹴るようにして開けると、中へと入った。


「サンドラ、マヒーツィを持ってきたよ」


 裏口を入ると、すぐそこはアニヴェルセーラを作るための厨房となっている。

 今は生誕祭前で、アレクもサンドラもかなり忙しい。いつもであれば厨房内はサンドラが調理をしている音がしているのに、しんと静まり返っていた。


「サンドラ?」


 アレクはいぶかしく思いつつ、サンドラの名前を再度、呼んだ。アレクの声は静まり返った厨房に響いただけだった。

 厨房の中を改めて見ると、昨日、片付けた時のままの状態だった。

 ということは、サンドラはまだ、ここには来ていないということになるのだが……。

 なにかがおかしい。

 アレクは台の上にカゴを乗せると、厨房の奥へと足を運んだ。


 厨房の奥は倉庫と休憩室になっている。

 アレクはいつもここに来るときは裏口から入るので、表の販売所が今、どうなっているのか分からない。先にそちらを確認するべきだったのだろうが、アレクの中になにか確信めいたものがあったのだ。

 倉庫にはいないだろうからと、休憩室へと向かう。

 途中の廊下は明かりは付いていなかったが、外光があるので、問題なく進むことが出来た。

 休憩室の前にたどり着き、アレクは二度ほど扉を叩いた。


「サンドラ、いるんだろう? 入るよ」


 中に誰かがいるのは確かなのに、アレクの声に反応がない。生誕祭を前にして、サンドラは少し根を詰めてアニヴェラセーラを作っていた。あと数日で、生誕祭だ。今が頑張り時と思って調子が悪いのを無理して出てきたが、無理がたたって倒れたのではないだろうか。

 アレクはいても立ってもいられなくなり、休憩室の扉を開けた。

 鍵は掛かっておらず、扉はあっさりと開いた。


「……サンドラ?」


 窓には日よけの布がされていて、部屋は薄暗い。隙間から入り込む光で室内はどうにか見える。

 アレクは遠慮がちに扉の中へ入り、後ろ手で閉めた。


「サンドラ、体調でも悪いのか?」


 アレクの呼びかけに、窓辺に置かれた寝台の上がもそりと動いた。


「う……ん、アレク?」


 サンドラの声に、アレクはほっと息を吐いた。


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