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月をナイフに  作者: 倉永さな
《六》幻影世界へ
55/67

07

┿─────────────┿


 真珠はまさかの状況に、どうすればいいのか分からなくなった。

 琥珀と珊瑚は、真珠にとって自分の存在を証明する人たちだ。二人がいたから今の真珠がある。

 それなのに、琥珀と珊瑚は元から真珠がいなかったようにふるまっている。

 いや……琥珀と珊瑚にとっては、真珠は最初から存在していなかったのだ。

 それならば、今、ここにいる『香椎真珠』はなんだというのだろう。

 モリオンが言うように、ラーツィ・マギエ、なのだろうか。

 ラーツィ・マギエだとばれないように、『香椎真珠』というありもしない存在が作られ、そういう記憶が植えつけられているというのか。

 もしもそうならば、作られた記憶はどこかおかしく、綻びがあるはずだ。

 考えるのだが、真珠の中の記憶はどこもおかしいとは思えない。

 もしも自分がラーツィ・マギエだったら……。

 そちらの線を考えてみたが、なに一つ、思い当たるものはなかった。


 真珠は物思いに沈み込んでいたが、すぐ側では珊瑚がキッチンに立ち、夕飯の準備をしていた。


『もー、お兄ちゃんったらほんと、勝手なんだからっ!』


 ダンっと鈍い音がしたが、珊瑚が怒りにまかせてまな板に包丁を叩きつけたためだった。


『なんでわたしが作らないといけないのよ。面っ倒っ!』


 真珠はそっとキッチンを覗き込んだ。

 珊瑚は制服の上にエプロンをつけ、キッチンに立っていた。まな板に叩きつけた包丁はまな板の上に投げつけられていて、切っていたと思われるピーマンが散乱していた。


『……作るの、やーめたっ!』


 珊瑚は面倒になったようで、引き出しから新しいビニール袋を取り出すと切っていたピーマンを無造作に突っ込み、冷蔵庫へと入れていた。

 包丁とまな板も洗って片付け、冷凍庫から市販の冷凍食品を取り出し、レンジに入れて温めはじめていた。

 それを見て、真珠は予想通りの光景に、思わず大きくため息を吐いた。呆れると同時に、真珠の居場所を見つけ、安堵したのもあった。

 やはり、この世界には真珠の居場所がある。

 だが、よく分からないけど、本来は真珠がいるものの、今はいないことになっている。

 ということは、真珠になんらかの力が働き、いない人間にさせられているのだろう。真珠だけが抜き出され、抜けたことによる矛盾は埋められないままであるので、妙な歪みが現れているのだろう。

 これがラーツィ・マギエの力、なのだろうか。

 とにかく、どこかにこの世界に真珠がいるということの小さなかけらでも発見できれば……。と思うのだが、貝守家にはなにもないようだ。

 それならば、と真珠はぶつぶつと文句をいいながら栄養バランスが偏った食事を食べ始めた珊瑚を横目に見つつ、後ろ髪が引かれつつも貝守家から出た。

 隣の本来ならば香椎家がある場所へ向かうために真珠は廊下に視線を向けた。行き当たりの角に人影を見つけ、どきりとした。

 彼女に呼ばれていた琥珀が思ったより早く戻ってきたのだろうか。

 逸る鼓動を押さえ、真珠はじっと影になってよく見えない場所を見つめた。

 現れた人物を見て、真珠はがっかりした。


「なんだ、ルベウスか」

「なんだとはなんだ」


 ルベウスからは不機嫌な返事が返ってきたが、その一言はいつも通りで、真珠はほっとした。


「ここはなんだ? ただの箱を並べて重ねているだけじゃないか」


 真珠は確かにマンションの説明をそういう感じでしたが、箱の中には生活空間があると説明をした。箱の中身は家具や間取りの違いがあるものの、基本は貝守家のような造りになっている。


「箱? 中に仕切りが合ったり、寝室や風呂なんかもあっただろう?」

「いや。中身はなんにもなかった。おまえたちはあんななんにもないところで暮らしているのか?」


 そんなはずない。

 今、貝守家の中は真珠の記憶通りだった。他の部屋も同じように生活空間が広がっているはずで……。

 それともここが真珠の記憶を元にラーツィ・マギエが作り出した空間ならば、真珠の記憶にない場所が再現されていないという可能性は高いわけで……。


「まさか」


 もしもこの仮説が合っているのなら、辻褄が合う。

 本来、真珠がいたところをラーツィ・マギエによって強制的に排除され、真珠の記憶を元に真珠がいないという世界が再構築された。しかし、その欠けた部分は補われておらず、歪な形のままだ。

 だから真珠の記憶のままの世界が目の前にあり、しかし、真珠がいたという痕跡は妙に消されてしまっている。しかし、やはり作られた世界であるのでどこか破たんしていて、真珠の役割はだれかによってとって変わられているということはない。

 となると、やはり、隣の香椎家のはずの場所になにかが隠されているとしか思えない。

 真珠はそのなにかを探るために隣の部屋へ行こうとした。


「カッシー、どこにいますか?」


 下からマリの声が聞こえてきた。真珠は外廊下の外壁から下を見た。

 そこには、マリと渋い表情をしたモリオンが立っていた。


「上だよ、上!」


 真珠の声にマリはきょろきょろとあたりを見回し、大きく手を振っている真珠を発見した。


「カッシー、そんなところにいたんですね」

「上がっておいでよ」

「ラーツィ・マギエの言葉など、信じるものか!」

「モリオンさま、まだそんなことをおっしゃって」


 モリオンはまだ、真珠のことをラーツィ・マギエと思っているようだが、真珠はモリオンの言葉を今度は正面から否定することが出来た。


「モリオン、違うんだ。ぼくはラーツィ・マギエなんかじゃない!」

「どこに違うという証拠があるんだ」

「ここはラーツィ・マギエがぼくの記憶を元に作った世界なんだ」

「オレは信じないぞ」


 かたくなに拒否を続けるモリオンに、真珠は内心では呆れつつ、言葉を返した。


「証拠を見せたら、ぼくがラーツィ・マギエではないと信じてくれるのか?」


 真珠の質問に、モリオンからの返答はない。


「とにかく、ここまで上がってきてくれないか」

「分かりました。今からそちらへと向かいます。モリオンさま、行きましょう」


 マリはモリオンを促し、歩き始めた。モリオンはその場にたたずみ、動かない。


「モリオンさま!」

「…………」


 マリは動こうとしないモリオンにいらだちを覚えたが、どうすればいいのか分からず、歩みを止めた。


「あのバカが」


 真珠の後ろから様子を見ていたルベウスは、ぽつりと一言、毒づいた。


「カッシー、ボクがモリオンをここに連れてくるよ」

「あ……ああ」


 ルベウスはそういうと、外廊下をまっすぐに進み、階段を降りて行った。

 ルベウスが降りて行っている間、マリはモリオンになにか話しかけているようだったが、真珠の元まで声は聞こえてこない。

 それほどせず、ルベウスは下に到達したようだ。エントランスから抜けて、マリとモリオンへと近寄った。

 ルベウスは二人になにか説明をしている。ルベウスの説得がきいたのか、モリオンはようやく動き出してくれた。


「カッシー、すぐにそちらに戻る」

「分かった」


 真珠の視界から、三人が消えた。

 真珠はくるりと身体を回し、貝守家の横の香椎家のはずの玄関をじっと見つめた。

 扉は真珠の記憶にある通りだ。それなのに、ここは香椎家ではないというのだ。

 もしも真珠が琥珀と珊瑚と会っていなかったら……。

 そんなことがふと脳裏をかすめた。

 会っていなかったら、どうなっていたのだろうか。

 地球にいたころもそんな『もしも』を考えなかったわけではないが、本気で思ったことはなかった。

 会えなかったら、別の人生が待っていただろう。それがどんなものになっていたか、真珠には想像できなかった。


『会ッテナカッタラ ドウナッテイタノカ 知リタイノカ?』


 ぞわりと真珠の背筋が凍りついた。忘れもしない、真珠がアメシストに呼ばれたときに聞いた、禍々しい声。


『ソウカ ソチラガ 面白イ』


 目の前の風景がぐにゃりと歪んだ。


『絶望ハ ワレノ 糧……』


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