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月をナイフに  作者: 倉永さな
《五》変わりゆく世界
43/67

05

┿─────────────┿


 真珠はルベウスをじっと見た。

 うっすらと笑みを浮かべているルベウスの真意が分からず、真珠はさぐるように瞳をじっと見つめた。

 赤っぽい瞳はたき火を受け、いつもより赤く見える。なにを考えているのか。瞳を見ただけで分かるわけもなく、しかし、目をそらすことが悔しくて、真珠はずっとルベウスの瞳を睨み付けていた。

 視線を逸らしたのは、ルベウスだった。


「そんなに見つめられると、照れるだろ?」


 まったく照れている様子もないのに、ルベウスはそう言って苦笑した。


「村の人たちの暴走は、早くて明日、遅くとも数日中には落ち着くよ」

「どこにそんな保証があるというんだ」


 ずっと黙っていたモリオンが口を開いた。ルベウスはちらりとモリオンを見やり、肩をすくめてみせた。


「さっきも言っただろう? いきなりの出来事で混乱しているだけだと。冷静になれば、そんなことをしている場合ではないってことにすぐに気がつくさ」

「本当に……そうでしょうか」


 マリが疑い深く、聞いてきた。


「マリちゃんらしくないね」


 ルベウスはくすりと笑い、マリに視線を向けた。


「この国の人たちは、善良で慎ましく、分別のある人たちが多いとボクは思っているよ。だからすぐに普段のように戻る」


 マリはうつむき、ルベウスから言われた言葉をかみしめているようだった。

 結局、ルベウスはどうしたかったのだろうか。

 真珠たちを煽り、そして、自ら鎮火させる。

 真珠は首をひねったが、すぐに思い当たった。

 ルベウスも不安なのだ。なんともないと平気そうなことを言っていたし、そういう態度を取っているが、本心では経験したことのない出来事に、どうすればいいのか分からなかったのだろう。自分の中でくすぶっていた思いを代弁させ、気持ちを整理していたのかもしれない。

 ルベウスは希望をまだ、抱いている。だからその小さな希望という光を見失わないためにも、そして、真珠たちにもそれに気がついて欲しくて、悪役を買って出たのだろう。


「今の目標は、アラレヒベへどうにかしてたどり着くことだ」

「そこから先は……?」

「道は自ずから開ける」


 どうやら、ルベウスもそこから先のことは分からないということのようだ。


「さて。明日はもっとアラレヒベに近づけるように、頑張って歩くぞ」


 ルベウスはそういうと、もうマントと残り布にくるまり、横になっている。


「モリオン、火の番を頼んだぞ」

「おいっ!」


 モリオンが止める間もなく、ルベウスはもう眠ってしまったようだ。

 自分勝手なルベウスに呆れたようだが、一晩分の薪の横に移動して、火の番をすることにしたようだ。


「カッシーとマリは早いところ、寝てくれ」


 今日も一日、色々あった。疲れていたが、なんだか妙に興奮して眠れそうにない。それに、いつもモリオンとルベウスに火の番をさせて申し訳ないと思っている真珠は、寝る準備を始めたマリを横目で見つつ、モリオンに近寄った。


「あの……」

「なんだ、カッシー」

「いつも火の番をさせて悪いから」


 ぼくもするよと口にしようとしたところ、モリオンは真珠の肩をばしばしと叩いた。


「気にするな! そんな気遣いが出来るくらいなら、とっとと寝てくれ」

「でも……」


 申し訳なさが一杯の真珠は、食いついた。


「おまえ、まだちっこいんだから、寝ろ。子どもはたくさん寝ないと大きくなれないぞ?」


 小さい、子どもと言われ、真珠は反論しようとしたが、モリオンとルベウスの二人に比べれば、小さい。大きな人に身長のことを言われると、反論はできない。


「確かに小さいけど……」

「ほら、いいから、寝ろ。男は大きい方が何事もいいんだぞ」


 なんだかよく分からない持論を述べられ、真珠は背中を押されたため、言われるがままに横になった。

 予想以上に疲れていたようで、真珠はやはり、今日もすぐに眠りに就いた。


┿─────────────┿


 ぼそぼそとした声が聞こえてくる。だけどそれは、聞き覚えのある声で、ずっと聞きたいと思っていたものだった。

 真珠は一気に目が覚め、飛び起きた。のだが……。


「ったぁ」


 勢いよく起きたせいなのか、どこかに頭をぶつけたようだ。すごい音がした上、激しく痛い。真珠はぶつけたところを押さえて、痛いのを我慢した。少し遠くに、だれかの気配を感じる。


「ねぇ、なにか音がしなかった?」

「音? しないよ」


 聞いたことのない女性の声と、その後に続く……。


(琥珀っ!)


 そう。ずっと会いたいと願っていた、琥珀の声が聞こえる。


「そんなことより。君のことが好きなんだ」

「え……そんな……あっ」


 真珠は今、どこにいるのか分からない。辺りを見回すと、暗いが、どこからか明かりが洩れて来ている。真珠は音を立てないように慎重に、そちらへと向かった。

 それにしても、ここはどこだろう。

 なんで妙に広い空間に真珠はいるのか。

 疑問に思いつつも、琥珀の口から出てきた告白らしき言葉が気になり、とにかく明かりへと近寄った。

 明かりがこぼれているところから、向こう側を見る。


「!」


 そこには、見知らぬ女性を抱きしめた琥珀が立っていた。

 癖のない固めの茶色の髪、いつもは冷ややかな光を宿している茶色の瞳は、今は熱情をこもらせ、ぎらぎらという表現が適切なほど、妖しく光っている。その視線は、一人の女性を見つめていた。


「好きだ」


 女性は琥珀に抱きしめられているからなのか、身動き一つ、しない。


「だって……あなたには幼なじみの想い人がいるって聞いたんだけど」

「幼なじみ? それはだれのことだ?」


 水をさされ、不機嫌な様子を隠さない琥珀の声に、真珠は思わず、身悶える。


(この声っ! 不機嫌になると低音がさらに低くなって、あー、もうっ!)


「香椎真珠って子」

「……かしい? だれだ、それは」


 さらに不機嫌になる琥珀の返答に、真珠はようやく、この状況を理解した。


(やっ、ちょっと待って! 琥珀を見られたことで喜んでいたけど、ちょっとこれって、なんかよくわかんないけど、すっごく嫌な場面じゃない?)


 今になってそのことに気がついた真珠だが、それでも、視界に琥珀が映っていることがうれしいらしい。頬を染め、表情筋が緩みまくっている。


(はー、やっぱり、琥珀はかっこいいなぁ)


 どうやら、真珠の視界には女性の姿はないものとして処理をされてしまっているようだ。


「君のことが好きなんだ」


 琥珀はさらに女性を抱きしめ、肩口に顔を埋めた。すると、真珠の視界から顔が見えなくなってしまった。


(ちょっとぉ! 琥珀ったら、あたしに顔を見せなさいって!)


 真珠はもっと琥珀の顔を見たくて、隙間に顔を寄せた。それでも見えない。


(もーっ! この壁、うっとうしいっ!)


 すっかり真珠は自分の置かれている状況を忘れ、目の前に琥珀と隔てている壁に手をかけ、押した。

 それは思った以上に頑丈で、動かない。


「あーっ! もうっ!」


 もっと琥珀を見たい。近寄りたい。

 真珠はその一心で、腕を思いっきり押し出した。




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