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月をナイフに  作者: 倉永さな
《五》変わりゆく世界
42/67

04

┿─────────────┿


 真珠たちはたき火を囲み、少し話をすることになった。


「この先、またばらばらになってしまうかもしれない。だから、これだけは決めておこう」

「そういっておまえ、オレたちをばらばらに……!」

「モリオンさまっ!」


 どうやらまだ、モリオンはルベウスに対して不信感を抱いているようだ。


「その警戒心は大したものだね」


 ルベウスの皮肉に、モリオンは背負っている大剣の柄に手を掛ける。


「やりあおうっていうのかい? ボクは別にいいけど、ここでやるのはさすがに迷惑だと思うけど?」

「モリオンさま、とにかくやめてください!」


 真珠はただ、おろおろと見ていることしか出来ないでいる。


「ボクのことをそうやって敵対視するのは構わないんだけど、ばらばらになったら、とにかくなにがなんでもアラレヒベへ向かうことにしよう」

「なるほど、そこにオレたちを捕まえる部隊を待機させているわけだな」

「…………」


 マリは呆れて、モリオンを止めることをやめた。


「そういうあなたこそ、カッシーの仲間のフリをして実は、ということはないんですか? カッシーがあなたの大切なアメシストさまをやったのかもしれないですよ?」


 思いもよらなかったことを言われ、真珠はヒッと変な声を上げた。


「ぼっ、ぼくは……!」

「カッシーはなんでも、この国の者ではないらしいではないですか。いきなり喚びつけたアメシストさまに恨みを持っていても不思議はないですよね」

「そんな……!」


 ルベウスにそんなつもりで話した訳ではないのに、どうやら誤解をされてしまったようだ。


「カッシーは……!」


 マリは擁護をするために口を開いたようなのだが、しかし、マリは思い出す。

 あの妙な地面の揺れが起こった時、マリは真珠と一緒だった。しかしその後、アメシストが心配で、真珠と別れた。その間に真珠がアメシストになにかをしていたら……?

 すっかり忘れていた疑念を思い出し、マリは疑いの目を真珠に向けた。


「マリまでぼくを疑うの……?」


 真珠は信じられなくて、きつく頭を振った。


「どうして今更、そんなことを言うんだよ!」


 真珠はルベウスに抗議をするが、ルベウスはうっすらと笑みを浮かべているだけだった。真珠は悔しくて、手のひらを握りしめ、俯いた。


「『今が味方ならいい』と言ったのは、どこのだれだ?」


 ルベウスの薄ら笑いにマリは頬を強ばらせ、真珠を見た。


「それに、もしもカッシーがアメシストさまになにかをしたというのなら、ティグレの死体にのしかかられてあんなに泣きはしないだろう? それとも、あれは演技だったというのかい? もしもそうならば、大したものだけど?」


 真珠の脳裏に生々しい記憶と感触がよみがえる。

 少し前まで命が宿っていた、身体。それが力なく全体重を預けてきて……。


「いやぁっ!」


 極力、思い出さないようにしていたのに、ルベウスのその一言で恐怖がよみがえってきた。真珠は頭を抱え、うずくまる。


「だれが世界をこんなことにしたのかってのに興味がない訳ではないけど、ボクにとってこうなったのは、好都合なんだよ」


 だから、とルベウスは続ける。


「こんな世界に変えたのがカッシーであろうとなかろうと、カッシーが何者でも、ボクはルビーを救えるという楽園パラディッサにさえ行ければ、それでいいんだ」


 ルベウスは頭を抱えてうずくまっている真珠を一瞥して、マリとモリオンへと視線を向けた。


「キミたちが気がついているかどうか知らないけど」


 ルベウスは顔から笑みを消し、二人を見据える。


「この世界は、限界を迎えていたと思っていなかったかい?」

「……限界?」


 モリオンはルベウスをじっと睨み付けているだけだったので、マリが口を開いた。


「一見、平和に見えるこの世界。だけど光の当たらないところでは、腐敗が進んでいる」


 マリは小さく首を振った。


「マリちゃんは神様の屋根サンブフィアラにずっといたから分からないかもしれないけど」


 ルベウスはモリオンに視線を向け、あごでしゃくった。モリオンは不快な表情を浮かべたが、おもむろに口を開いた。


「言いたいことは、なんとなく分かる」

「そもそも、本当に平和な世界なら、ボクみたいな人間は必要ではないよね?」


 皮肉な笑みを浮かべて、ルベウスはマリに視線を向ける。


「でも……その」

「ルビーのためっていう大義名分があるけど、そうじゃなければ別の理由を見つけて、ボクは今と変わらない暮らしをしていたと思うよ」


 真珠は頭に手を当てたまま、ゆっくりと顔を上げた。

 炎がゆらゆらと揺れて、周りの輪郭を浮かび上がらせている。

 たき火の側の温かさに、ティグレにのしかかられたのは過去のことで、今は安全だと分かり、小さく息を吐いた。


「アメシストさまのおかげで、どんなに貧しくとも、屋根のある場所で眠ることが出来るし、お腹いっぱいとまではいかないまでも、食べる物にも困らない。気候も穏やかで、生きていくには申し分のない、それこそ『楽園パラディッサ』と言っても遜色ない世界だ」


 それなのに、とルベウスは続ける。


「ボクたちはそれに飽き足らず、さらに上を希求する。もっと豊かに、隣のあいつより上の生活を手に入れたい」


 マリとモリオンは無言だ。ルベウスの言葉に、思い当たる部分があるのだろう。


「村の人たちがおかしくなったのも、偶然でもなにかの異変でもない。だれしもが抱えていた不安がこうして形になって表れ、感情を制御できなくなって暴走しているのだろう」


 そう言われ、真珠もぼんやりとそんな感情を抱いていることに気がついた。

 地球での生活は、不満はなかったけど、将来の不安は抱えていた。

 将来の不安……それは、進学のことであったり、就職に結婚といった、まだ先だけど、必ずやってくる出来事に対してだ。

 漠然と抱いていた、『明日が必ずやってくるとは限らない』という妄想が、この世界では現実になってしまった。

 時計の針のようにぐるりと一周すれば、必ず同じ場所に戻ってくるのが当たり前だと思っていた。

 その一方で、心のどこかで思っていた、本当はそうではないのかもという不安が、現実になってしまった。

 真珠にとってはこの世界は自分の世界とは違うけれど、それでも、地球にいても、今日と同じ明日が来るとは限らないということを、知ってしまった。

 だけど、ルベウスの言うようにこの世界は真珠が想像した楽園パラディッサそのものの世界だ。この世界の人たちは、真珠と同じように不安を抱いていたというのだろうか。


「いくら平和でも、明日の保障はだれもしてくれない。無意識のうちに抱えてしまった不安が、今回の異変で爆発した」

「でもっ!」


 真珠は眉尻を下げ、不安をあおり続けるルベウスを止めようとしたが、止める言葉を思いつかない。ぐっと唇をかみしめた。

 だれもなにも言わない。身じろぎする音も聞こえない。ぱちぱちと火がはぜる音だけが響いた。

 琥珀を思い出したことで溶けていた頭の芯の冷たさがまた甦ってきたような気がした。その冷たさが嫌で、真珠は身体をじりじりと前に動かした。火との距離が少し縮まったことで、熱を身体により受けることになり、冷たさが遠のいたような気がして、安堵した。


「ま、これをこの世の終わりとみるか、世界を変えることができるきっかけとするか」


 ルベウスは笑みを浮かべ、三人に視線を向ける。それまで不安を煽り続けた者の言葉とは思えず、真珠は思わず、睨みつけた。


「カッシーは強いな」


 ルベウスは真珠の強い視線を受け、眩しそうに目を細めた。


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