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月をナイフに  作者: 倉永さな
《四》荒れる世界
37/67

09

 真珠と別れたマリとモリオンはどうしていたかというと……。

 袋が盗まれ、マリがすぐにその後を追いかけ、モリオンも慌ててついていった。

 村に足を踏み入れた二人は驚き、立ち止まった。

 村の中が、荒れていたのだ。

 二人は外からちらりとは中を見てはいた。そこからだと別段、他の村と変わりがあるようには見えなかったのだ。しかし、一歩中に入ると……たったいま、壊されたかのような生々しい状態の村が、そこにあったのだ。


「モリオンさま、これは」

「マリ、なんだか嫌な予感がする。オレの側から離れるな」

「はい」


 モリオンは背中の大剣の柄に手をかけ、いつでも抜けるようにしている。マリは妨げにならない場所である左後ろに立ち、ぎゅっとマントの端を握った。


「なにが……起こっているのでしょうか」


 二人は警戒しながら、村の中へと入り込んでいく。

 だれかの家だと思われる入口は壊され、扉が斜めに傾いでいる。その隙間から部屋の様子が見えるが、嵐にでも遭ったかのようにぐちゃぐちゃに乱されていた。それはどこの家も同じようで、酷いところは壁が壊されていたり、中から引きずり出された物が道に散乱していたりするのだ。

 ちょっと前だと、考えられない風景。今だって、二人は目の当たりにしていても、夢でも見ているかのような気がしているほどだ。とても現実だとは思えない。

 普段ならきっと、日が沈み始めるこの時間、家々に明かりが灯りはじめ、柔らかな光が隙間からこぼれてきて道をほんのりと照らしていただろう。しかし今は、住人たちはどこに消えたのか、明かりが見えない。暗い上に足下が悪く、マリはモリオンを頼りながら道を進んでいた。


「……袋は諦めよう」


 モリオンはなにかを感じたようだ。そう言葉にして、柄に掛けていた手を下ろした。

 マリは驚き、モリオンの顔を見上げる。


「この様子だと、関わるのはまずい。盗られたのがあの袋だけだったことに、逆に感謝しよう」


 そうは言っても、あの中には旅を続けて行くのに重要な物が色々と入っていた。なくなったら困るというより、不便になる。なによりも旅に不慣れな真珠のことを思うと、どうあっても取り返したいとマリは思う。


「しかし」


 マリの反論に、モリオンは首を振った。


「不便になるのは分かっている。しかし、置いてきたカッシーも気になるし、ルベウスも本当に気を許していいのか、オレはまだ、判断しかねている」


 言われてみれば、真珠を放置してきている。


「……そう、ですね」


 モリオンとマリは袋を取り返すのを諦めて、来た道を戻ろうと振り返った途端。


「!」


 今の今まで、気がつかなかった。そこには、袋を盗んで行ったと思われる少年が無言で立っていた。


「あなたは……」


 その手には、袋が握られている。


「それを、返して!」


 マリはそう口にして、走り出そうとした。しかしモリオンが手を伸ばし、マリの肩を捕まえた。


「待て。なにか様子がおかしい」


 そう言われて踏みとどまったマリは、少年をじっと見た。

 少年は口を弛緩させ、肩をだらりと下げて宙をぼんやりと見つめている。右手には茶色の粗い目の布で出来た袋を持っている。

 少年の右手の平がゆっくりと開かれた。

 どさり、と少し重たくて鈍い音がして、地面へと落ちた。マリは走り寄って取り返そうとしたが、モリオンの手は緩まない。


「モリオンさまっ!」


 マリの抗議の声に、モリオンは首を振る。


「不用意に近づくな」


 そう言われても、少年は危害を加えてきそうに見えないし、そしてなによりも求めていた袋が目の前にある。手を伸ばせば届く場所にあるのに、それをしたらいけないとモリオンは言う。


「モリオンさま!」


 マリは再度、抗議の声を上げた。それでもモリオンはうなずかない。

 少年の上体がゆらりと揺れた。モリオンはマリを背後に隠し、柄に手を掛ける。もしも襲ってきたら、迎え撃つつもりだ。

 少年の身体はなにかに取り憑かれたかのようにゆらゆらと左右に揺れている。それが徐々に大きくなり、弛緩していた口元が大きく開いた。


「シギャアアア」


 とても人が出すとは思えない声が喉の奥から絞り出すかのように出てきた。そしていつの間にか、少年の手には棒が握られている。

 モリオンは鞘から大剣を抜き、構えた。本来ならば素手で相手をするところだが、非常事態だ。なにが起こるか分からない。念には念をということで、大剣を抜いて構えた。

 マリの視線は、少年と袋に向けられている。モリオンが少しずつ後退するのに合わせて、マリも下がる。

 揺れていた少年は動きを止め、棒を構えるやいなや、モリオンへ上段から振りかぶって打ってきた。モリオンは軽々と大剣で受け止めた……つもり、だった。


「つっ」


 大剣は少年の棒をあっさりと切った。それにも関わらず、モリオンの手に妙なしびれが走った。少年が強く打ってきた様子もない。


「な、んだ、これは」


 じんじんと腕が痛む。モリオンの中で危険だとなにかが告げている。


「マリ、とにかく袋は諦めろ。そして、ここから逃げないとなにかがまずい」


 それは、モリオンの勘なのか。マリはまだ、袋を諦めきれずに視線を外せないでいる。


「縁があれば、戻ってくる」


 そう言われても、マリは諦めきれない。


「いったん引いて、カッシーとルベウスと合流して、体勢を整えてからにしよう」


 そう言われたら、マリも諦めるしかない。唇をかみしめ、悔しい思いをしながらマリは袋から目を離した。


「いいか、マリ。三つ数えるから、一と言ったら振り返らずにこちら側に走れ」


 モリオンが視線を向けたのは、村の外に出るのに近いと思われる家と家の隙間だった。マリはうなずいた。

 少年はゆるゆると近づいて来た。モリオンに再び、棒を振りかざしてきた。


「三……二……」


 モリオンの合図に、マリは走り出そうとした。しかし、マリが向かおうとしたところから小さいけれど毛むくじゃらの生き物が飛び出してきた。


「あっ!」


 それはあっという間にあの茶色の袋をくわえ、地面を蹴ると元来た道へと戻っていった。


「袋が……!」

「一っ! マリ、走るぞ!」


 モリオンの合図に、マリは袋を気にしつつ、つられて走り出す。

 モリオンは走りながら大剣を鞘にしまい、マリの腕をつかむと家と家の間の通路にマリを押し込め、後ろから守るように走る。

 通路を抜け出るときにマリは緊張したが、だれかが待ち構えている様子もなかった。


「とにかく、街道に出よう。カッシーとルベウスもまずいことに気がついて、出てくれることを祈ろう」


 別れた場所に戻りたかったが、この様子だともういないかもしれない。それに、闇雲に村の中を探すのも大変危険だ。

 街道も危ないと言えば危ないが、村人に襲われるよりはまだマシ……と思いたい。


「合流できることを、ダイアンとディーナに祈りましょう」


 マリのその言葉に、モリオンは苦笑した。


「ダイアンとディーナ……ね」


 神様の屋根サンブフィアラでアメシストに仕えていただけあり、マリはとても熱心だ。とっくの昔に神なんてこの世にいないのを知っているモリオンは、皮肉な笑みを浮かべ、祈りを捧げながら走っているマリを見ていた。

 本当にこの世にまだ神がいるのなら──。

 モリオンはふと、考える。

 アメシストが危機に陥ることもなかったし、きっと自分もこの世に生を受けていなかっただろう。


「神なんて、皮肉なものだよな」


 ぼそりとつぶやいた言葉に、マリは聞き返す。


「いや、なんでもない。独り言だ」


 神がいないのなら、自分がアメシストを救うまでだ。それがきっと、自分がこの世に生を受けた、理由。

 モリオンは周りを気にしながら、街道に向かって暗闇の中、走った。


 





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