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月をナイフに  作者: 倉永さな
《四》荒れる世界
34/67

06

 トゥングチャから逃走出来てほっとしたのも束の間。今度は集団のアンブアに追いかけられた。見た目は、地球にいる犬に似ている。


「……こんなに、追いかけ、られ、る、もの、なの?」


 真珠は息も切れ切れに、横を走るマリに聞く。


「いいえ」


 たった一言、返事が返ってきた。

 モリオンとルベウスはアンブアと戦っているが、動きが素早く、二人の剣戟から逃れた一匹が、真珠とマリを追いかけてくる。マリは短剣を構えて威嚇するが、かすりもしない。

 アンブアは攻撃してくるマリから丸腰の真珠に攻撃対象を変更して、襲ってきた。


「うわっ!」


 真珠はでたらめに腕を振り回すが、アンブアにはまったく効いていない。牙が手の甲に当たり、痛みとともに血が舞い散る。その匂いに、モリオンとルベウスが相手をしていたアンブアたちも真珠に群がってきた。

 グルルルと喉を鳴らし、アンブアたちは今にも飛びかかりそうな恰好で真珠を睨みつけている。下手に動けば、アンブアの餌食になってしまう。真珠は痛む手の甲を反対の手で押さえながら周りに視線を向けるが、どうやらどこにも逃げ場はないようだ。


「カッシー!」


 マリの悲鳴に、モリオンとルベウスもどうにかしようとするのだが、刺激をすれば真珠が危ない。手が出せずに苛立ちながら見守ることしか出来ない。

 真珠は身を縮こまらせ、恐ろしさのあまり、目を閉じた。


「カッシー! 目を閉じるな!」


 モリオンのその声と同時に、アンブアたちは一斉に真珠へと飛びかかろうとした。


「カッシー、いやああ!」


 マリの悲鳴に続き、ルベウスは剣をなぎ払ってアンブアを切ろうとしたが、それは失敗に終わった。

 真珠の身体から、またもや白い玉が飛び出し、それが破裂して霧のようなものに変わった。


「キャンッ」


 とアンブアは情けない声を上げて、耳を垂らし、尻尾を丸めて茂みへと戻っていく。


「…………?」


 痛みを覚悟していた真珠は、アンブアが引いていく気配に目を開けた。

 視界が若干、白い。また、あのよく分からない現象が起こったらしい。

 アンブアが茂みに消えていったのを確認して、マリは真珠に駆け寄った。


「カッシー、大丈夫ですかっ?」


 心配そうに眉尻を下げているマリを見て、真珠は顔を引きつらせながら安心させるために笑みを浮かべた。


「うん、どうにか」


 それを見て、マリは頬を赤らめて、肩から力を抜いた。


「それにしても」


 モリオンは剣についた血を拭って背中にしまいながら、マリと真珠に近寄ってくる。


「どうしてこんなに襲われるんだ?」


 ルベウスは剣を振り払い、鞘へと戻した。


「あの……この状況ってやっぱり、変なの?」


 真珠はうかがうように三人の顔を見た。真珠の質問に、三人は同時にうなずいた。


「おかしい。この道は、安全で安心。だからこそ、商業が発展してきたんだ」

「いつもなら、ひっきりなしに荷車が行き来しているのですが、今日は一台も見ませんね」


 言われてみれば、そうなのだ。

 昨日はたくさんのスアヴァーリが荷車を引っ張っていたのに、今日はまだ、見ていない。


「奥にこもっているトゥングチャといい、さっきのアンブアといい、遭遇することがほぼない生き物とこんなに遭うのは、おかしい」

「それに、どちらも大人しいはずなのに、襲ってくるなんて……」

「これもアメシストさまが関連しているのか?」


 ルベウスの一言に、静まり返る。


「それならば、一刻を急ぐだろう。遅くなればなるほど、きっと事態は悪くなるばかりだろう?」


 そう言うと、ルベウスは歩き始めた。

 一刻の猶予もないとみた方がいいのだろう。

 真珠は頭を振り、ルベウスの後ろを追いかけた。それを見て、マリとモリオンも歩き始めた。


┿─────────────┿


 警戒をしながら、四人は街道を歩いた。

 やはり、スアヴァーリをまったく見かけない。昨日の今日でこんなにも違うのかと愕然とした。

 相変わらず、見たこともない変な生き物たちが真珠たちを襲ってきたが、白い玉のおかげでどうにか撃退することが出来ていた。

 真珠も白い玉の扱いに慣れてきて、少しだけ余裕が出てきた。

 赤紫黒い空の下、四人はひたすら歩いた。


「今日はこの先に小さいけど顔なじみの村があるんだ。そこに泊めてもらおう」


 ルベウスの言葉に、真珠はほっとした。今日もまた、野宿は嫌だと思っていたところだったからだ。

 日が傾いてきた頃、ちょうど村にたどり着いた。

 ルベウスは村長に挨拶をしてくると言って、一人で村の中へと入っていった。残された真珠たちは村の入口で佇んでいた。

 村の中から、興味深そうに少年がこちらを見ている。恐る恐るといった様子で近づいて来たかと思ったら、モリオンの側に置いていた袋をあっという間に奪うと、村の中へと消え去った。


「ちょっと待て!」


 油断していたとはいえ、なんという素早さだろう。

 どうすればいいのかと真珠がおろおろしている間に、マリはすぐに少年を追いかけ始めた。それを見て、モリオンも慌てて追いかける。

 真珠はどうすればいいのか分からず、その場で唖然としていた。

 二人と入れ替わるようにルベウスが戻ってきた。浮かない表情をしているところを見ると、芳しくない状況なのだろう。


「マリちゃんとモリオンは?」

「少年に荷物を盗まれて、追いかけている」


 真珠の返事に、ルベウスは眉をひそめた。


「盗まれた……だって?」

「ああ。ここで待っていたら、少年が近寄ってきて、地面に置いていた袋をさっと盗って逃げた」


 ルベウスはまさか、と声を荒げた。


「そうは言っても、盗られたんだ」

「あり得ない。人の物を盗るなんて!」


 と言われても、通常のこの世界のことを知らない真珠は、首を振ることしかできなかった。


「いつもはとてもよくしてくれるのに、今日は村長の様子がおかしかったんだ」


 大人しい生き物たちが見境なく襲ってくる。村の人たちの様子もなにやらおかしい。


「……なにが起こっているんだ」


 ルベウスの悲壮な声に、真珠はなんと言えば分からない。


「ルベウス」


 真珠の呼びかけに、ルベウスは苛立たしげに視線を向けてきた。


「荷物を取り返そう」


 ここで違うと言っても、荷物の入った袋が盗まれた事実は変わりない。少年を捕まえて、どうしてそんなことをしたのか直接、聞くのが一番だ。

 ルベウスは頑なに首を振っていたが、真珠が何度かルベウスの名前を呼ぶうちに首を振ることを止め、大きく息を吐いた。


「その少年は、もしかしたら盗んだわけではないかもしれない。探し出して、理由を聞こう」


 どうあっても盗まれたと思いたくないらしいルベウスの言葉に、真珠は違和感を覚えたが、少年を追いかけていったマリとモリオンが気になる。

 ルベウスはこの村のことを知っているようなので、真珠は任せることにした。


「少年の特徴は?」


 質問されて真珠は必死になって思い出そうとしたが、さっぱりだ。髪の毛の色も、何色のどんな服だったのかさえも思い出せない。つい先ほどの出来事なのに、霞が掛かったかのようにはっきりとしない。


「えっと……」


 真珠は頭を抱えて思い出そうとするのだが、そうすればするほど、指の間からするりと抜けて行ってしまう。それを必死になって掴もうとしても、見当違いのところに手を伸ばしているかのような感覚に陥ってしまう。


「な……んだ、これ」


 頭の芯がしびれたような感覚。任せてしまえば楽だよとなにかが囁いている。

 ああ、そうだ。なんだかたくさんの出来事があって、疲れた。もう、なにも考えたくない。

 街道を歩けば、見たこともない変な生き物にたくさん追いかけられて、襲われる。もう、そんな目に遭いたくない。

 手放してしまえば、楽になる──。




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