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月をナイフに  作者: 倉永さな
《四》荒れる世界
33/67

05

┿─────────────┿


 真珠たちは今、必死に走っていた。

 少し後ろには、橙色と黒色の固い殻に覆われ、その横腹からはたくさんの足が生えた生き物が、ざわざわと地面を這って追いかけて来ている。マリはそれを「トゥングチャ」と呼んでいた。

 真珠は後ろを振り返るのも恐ろしいので必死になって足を動かしているが、油断したら恐怖で止まりそうだ。


 朝食を食べた後、真珠たちはすぐに楽園パラディッサに向かうために一番の近道と言われているアラレヒベに向かうため、街道をアツィームへと進んでいた。

 少ししてから真珠は、眼鏡を掛けていたら見えないし声も聞こえないはずの精霊ファナーヒのざわめきを感じ取ったのだ。慌てて眼鏡をずらした時には、すでに遅かった。

 真珠たちが歩いている真横から──ソレは大きな音を立て、近寄ってきた。


「いやああああっ!」


 それは、どう見たって地球のムカデ。見たことがないほどの巨大さで、腰が抜けるかと思った。

 真珠の悲鳴に前を歩いていたモリオンとルベウスはすぐに剣を抜いた。


「カッシー、こっちに走ってこい!」


 モリオンの叫びに、真珠は最高記録と思われる速さで走り寄った。


「マリとともにこの道をまっすぐに進め! マリ、頼んだぞ」

「はいっ! カッシー、こっち」


 その声に、真珠はマリとともに必死に走り出す。

 後ろでは、固い物がぶつかり合う音がしている。


「大丈夫……かな?」

「あの二人は強いです。大丈夫」


 振り返るのが怖い真珠は前を向いて走った。

 こっちの世界に来てから、嫌になるほど走らされているなと真珠はすでに嫌になっていた。


「もう走らなくても大丈夫だ」


 すぐに勝敗は付いたようだ。モリオンとルベウスは走り寄ってきて、声を掛けてきた。マリと真珠は足を止めて、振り返った。

 モリオンとルベウスの後ろには確かに、トゥングチャの身体が横たわっていた。……のだが。

 真珠は見間違いかと眼鏡の蔓を持ち上げ、トゥングチャの後ろをじっと見た。その様子をマリも見て、首を傾げて真珠の視線の先を見て……息を飲んだ。


「モリオンさま、ルベウス……うっ、後ろっ……」


 見間違いであって欲しいと思ったのは、一瞬だった。真珠は恐怖のあまり、じりじりと後退した。そして、モリオンとルベウスが振り返るのと同時に、真珠は身体を翻し、走り出した。


「うわあああっ、勘弁してくれ!」


 なんと、モリオンとルベウスが倒したトゥングチャの後ろに、三体ほど同じ影が見えたのだ。


「トゥングチャがこんなにいるとは……!」


 モリオンとルベウスは剣を持ち直し、身構えた。トゥングチャもすぐに頭を持ち上げ、上から踏みつぶすかのようにのしかかってきた。


「マリとカッシーは逃げろ!」


 マリは声を出すことも出来ず、きびすを返して真珠の後を追いかける。

 モリオンとルベウスはトゥングチャを頭から剣を打ち込み、真っ二つに裂いた。ほっとしたのも束の間、どこから湧いてきたのかトゥングチャが後から後からやってくる。


「……逃げるしかないな」

「そのようだな」


 モリオンとルベウスの意見は一致して、剣をおさめると真珠とマリの後を追いかけた。


 そして──。

 真珠たちはトゥングチャを振り切るため、必死になって走っているという状況に陥るはめになったのだ。


「これ……走り続ければ、振り、切れ、る?」


 息も絶え絶えでだれともなく質問をするのだが、見事なまでに沈黙が場を支配した。真珠の耳に聞こえてくるのは、自分の吐く荒い息と、残り三人の息。喉の奥から血の味を感じる。

 この沈黙の意味は、走っても振り切れるとは限らないということなのだろう。しかし、足を止めることは終わりを告げることになる。

 真珠は走っているうちにずれてきた眼鏡を外した。その途端、視界が精霊ファナーヒ一色に染まる。


──カッシー、頑張って。

──トゥングチャは普段、大人しいんだけど。

──なんだかおかしくなっちゃってるみたい。

──近寄りさえしなければ。

──尻尾の針で毒を吐いてきたりはしないから。


「いや、ちょぉーっと、待て!」


 精霊ファナーヒは今、さらっと恐ろしいことを言った。


──この道は今、カッシーたちしかいないから。

──いっぱーい暴れても。

──大丈夫だよ?


「そん、な、ことを……聞きたい……訳では」


 真珠の走る速度は徐々に遅くなり、早歩き状態になってきた。後ろからは、トゥングチャが地面を揺らして走ってきてきているのが分かる。


「はぁはぁ……や、もう……無理」


 最初に根を上げたのは、真珠だ。それを見て、マリも足を止めた。


「おまえら、走れ!」


 追いかけて来ていたモリオンはあっさりと二人を追い抜きながら、声を掛ける。あっという間にモリオンとルベウスは遠ざかっていった。

 その後ろから、トゥングチャが追ってきている。真珠は恐ろしくて頭を抱えて地面に伏せた。

 身体にすさまじい振動が伝わってくる。ここで終わりなのか……とガクブルと震えていたのだが、どんどんと遠ざかっていった。


「……あれ?」


 真珠は恐る恐る、頭を上げた。


──カッシー、良かったね。

──あれはみんな、ヴァーヴィみたいよ。


「……ヴァーヴィ?」


 あれの名前はトゥングチャだったのではないだろうか? 精霊ファナーヒの言っていることが分からず、真珠は混乱した。

 マリは真珠のつぶやきを聞いて、合点がいったようだ。


「カッシー、あのトゥングチャは、わたしたちは襲わないわ」

「……どういう、意味?」


 もう一歩も動きたくない真珠は、地面にべったりと座り込んでマリを見上げた。


──タマゴを産む前のヴァーヴィだから。


 精霊ファナーヒのその一言に、真珠は必死に今まで得た情報をつなぎ合わせてみる。

 トゥングチャは、真珠たちを襲ってきた。モリオンとルベウスが一体目は撃退してくれた。さらにはその後ろにいた三体も倒したが、それだけではなかったようでわき出てきた。追いかけて来たトゥングチャが何体いたのか分からないが、後ろを見ると、少し遠くに追いかけるのを諦めて脇道に戻っていっているトゥングチャが何体かいるようだった。トゥングチャが諦めてくれるまで二人には頑張ってもらわなくてはならないようだ。

 ヴァーヴィという単語がなんのことをさしているのか真珠にはさっぱり分からなかったが、真珠とマリは危機を逃れることが出来た、ということだけははっきりした。


「……モリオンさまとルベウスを追いかけましょうか」


 真珠はもう、歩きたくなかったが、そうは言っていられないようだ。


「あの……立つの、手伝ってくれる?」


 真珠は眼鏡を掛け直してマリに甘えてみたが、マリは真っ赤になり、思いっきり顔を逸らされた。


「じっ、自分で立ってくださいっ!」


 どうやら、甘えさせてくれないようだ。珊瑚みたいだなぁとのんきに真珠は思っていた。


 真珠とマリは並んで、モリオンとルベウスが走り去ったと思われる方向へと歩いた。トゥングチャが諦めたかのように、茂みの中へ巨体を移動させているのを何体も見かけたが、真珠とマリにはまったく興味がないのか、それとも気がついていないのか、反応している様子もない。

 あんなものにまた追いかけられるのは勘弁してほしい真珠としてはほっとしたのだが、どこに差があるのか分からず、首を傾げた。


 


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