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月をナイフに  作者: 倉永さな
《四》荒れる世界
32/67

04

 モリオンは掛けられた疑いを晴らそうと口を開いたが、なにを言っても無駄なような気がして、口を閉じた。


「ぼくはこの世界のことがまったく分からないんだけど」


 と真珠は前置きをして、マリに視線を向けた。


「アレクはアメシストさまのなんなの?」


 真珠はずっと、アレクの存在が気になっていた。

 ここまで来て、聞いてきた話を総合すると、アメシストがここで一番偉い人というのは分かった。アメシストとモリオンの母であるシトリンが本来は最高位なのだろうが、今は不在だから、アメシストが暫定でも頂点に立っているという解釈で間違っていないだろう。

 高校生の真珠は身分だとか階級といったものにはあまりなじみはないが、身近な例で言えば、学校での上下関係が一番分かりやすい。

 校長がアメシストで、モリオンはその親族だが、学校経営には関われないため、部外者扱いで口出しが出来ない? アレクはそうすると、教頭という立場……なのだろうか?


「アレクは本来、シトリンさまの補佐をされていたのです。でも、シトリンさまが現在、いらっしゃらないので……」


 マリのその一言に、モリオンは顔色を変えた。


「マリ、シトリンがどうしたって?」


 てっきりマリは、モリオンがシトリンがどうしているのかを知っていると思っていたので、目を見開き、凝視した。


「あの……シトリンさまは楽園パラディッサへ立たれたと……」

楽園パラディッサへっ? オレは聞いてないぞ!」


 モリオンは立ち上がり、苛立たしげに何度も地面を蹴っている。


「シトリンさまが神様の屋根サンブフィアラから楽園パラディッサに出かけたのは、いつなの?」

「一年……ほど前、かしら?」


 マリは首を傾げて自分の記憶を探るような遠い目をして、答えた。


「わたしがアメシストさま付きになったのは、ここ半年くらいなの。その前は神様の屋根サンブフィアラの護衛をやっていたから」

「ご、護衛?」


 マリはずっとアメシストの側に仕えていると思っていたので、真珠は意外に思った。


神様の屋根サンブフィアラは、男子禁制なのよ」

「え……でも、アレクは?」


 アレクは男だと思っていたのだが、実は女だった……のか?

 真珠はアレクのことを思い出してみるのだが、どう見ても男にしか見えない。男装していた?

 真珠が目を白黒させながら悩んでいるのを見て、マリはくすくすと笑った。


「アレクは特例なのよ」

「……特例?」

「そう。彼は補佐役だから、入れるの。でも、祈りの時間は出ていないとダメだから、その間にわたしが代わりにアメシストさまの護衛をしていたの」


 護衛……と真珠はもう一度、その単語だけ口の中でつぶやいた。


「モリオンもアメシストさまの護衛、だよね?」

「ああ、そうだ。でも、オレは神様の屋根サンブフィアラには入れないからな。アメシストが外に出るときの護衛だ」


 なんとなく真珠にも仕組みが分かってきたような気がする。

 シトリンは一年ほど前になんらかの理由で、ひっそりと楽園パラディッサへ旅立った……らしい。これはモリオンも知らなかった出来事のようで、マリの証言のみだ。

 そしてそのマリは、アメシストの側付きになったのは、半年前だという。前任者がいたのか、なにか理由があってマリが採用されたのかまでは分からない。


「アメシストさまはずっと、シトリンさまの側でお手伝いをされていましたから、シトリンさまが旅立たれても混乱もなかったみたいなんです」


 それにしても、やはりなにかがおかしいと真珠は感じていたのだが、どこがどうおかしいのか、なにが変なのかまでは分からない。


「明日もありますし、片付けて寝ましょうか」


 マリのその言葉に、真珠は持っていた筒の中身を全部、飲み干した。

 率先して片付けを手伝おうとしたが、マリにやんわりと断られた。なにも出来ないと思われているのだろうかとむっとしたが、そうではなかったようだ。


「カッシーは慣れない旅で疲れているでしょうから、今日はとにかく、寝てください。ご飯を作れるというのなら、やってもらいますから」


 疲れているのは確かだった。真珠はその言葉をありがたく思い、寝ようとしたのだが。

 当たり前だが、屋根もなければ、布団もない。どうすればいいのかと途方に暮れていると、モリオンが手招きをしてくれた。真珠は素直に近づく。


「ほら、これにくるまって寝ろ」


 それはマントにするために分けてもらった、荷車の荷台に掛けられていた残り布。真珠は受け取ったまではいいが、広げて、首を傾げた。


「なんだ、使い方も分からないのか?」

「ああ……」

「どんな坊ちゃんだよ」


 呆れたような声に、真珠は


「だって……」


と小さくつぶやいた。モリオンの耳には届かなかったようだ。


「これをこう身体に巻いて! 地面に転がって寝る! 以上!」

「巻いて地面に寝る?」


 地面って、この固い上に? と真珠は絶句してしまった。


「ほれ、あいつを見ろよ」


 と少し先に、すでに横になっているルベウスを示した。こちらに背を向けて、すでに眠っている。


「オレとあいつで火の番をするから、カッシーとマリは遠慮せずに寝ろ」

「え……や、でも」

「いいから、寝ろっ!」


 モリオンは上から威嚇するような表情で、真珠をのぞき込んだ。真珠は身体を縮こまらせ、背中を向けた。


「寝ないなら、紐で縛って地面に転がすぞ」


 とんでもない脅しに、真珠は慌てて渡された布を身体に巻いて、地面に恐る恐る、横になった。


「火に背中を向けた方が眠れるぞ」


 というアドバイスを素直に受け、真珠は火に背を向けた。

 背中が火の熱でちょうどよく温められ、疲れも手伝って、一瞬にして深い眠りに誘われた。


┿─────────────┿


 真珠は身体の痛みに目が覚めた。

 うっすらと目を開けると、目の前はぼんやりと煙っている。隙間から入り込んでくる空気の冷たさにぶるりと身体が震えた。

 ゆっくりと身体を起こし、伸びをする。


「お、カッシー。目が覚めたか?」


 その声に真珠は振り向くと、眠そうな表情をしたモリオンが火に木をくべているところだった。


「おはよう……」


 こうやってずっと、火の番をしていたのだろうか。

 周りを見渡すと、ほぼ隣にマリが寝ていて、ルベウスの姿は見当たらなかった。


「ルベウスは?」

「ああ、あいつなら湯を浴びに行ったぞ。なんなら、入ってくるか?」


 なにを言うのかと真珠は真っ赤になり、慌てて手を振った。


「ぼぼぼぼ、ぼくはっ!」

「それなら、オレも入ってくるから、火の番をよろしく」


 モリオンは立ち上がって伸びをすると、のんびりと小路に向かっていった。

 その背中を見送り、真珠はほっとした。モリオンなら一緒に入ろうぜと言いかねないと思ったからだ。

 真珠は身体に羽織っていた布をたたむと、火の側へと行った。その温かさに、思わず安堵の息がこぼれる。

 今が何時なんだろう、それにお腹が空いたなと思っているとルベウスが小路から現れた。すっきりしたからか、すがすがしい表情をしている。


「お、カッシーは起きたのか。おはよう」

「おはよう」


 声と気配で、マリも目を覚ましたようだ。


「おはようございます」


 マリが眠そうに目をこすりながら起き上がり、布を片付けているのを真珠はぼんやりと見つめていた。


「マリちゃん、朝ごはんはどうする?」


 布をたたみ、他の人の布と合わせて袋に詰めていたマリに、ルベウスがそう聞いていた。

 真珠のお腹が端から聞いても分かるほど、盛大な音を立てた。


「……今のは?」

「ぼ……ぼくのお腹の音」


 恥ずかしそうに真っ赤になって俯いている真珠を見て、マリとルベウスは声を上げて笑った。そうなるとますます恥ずかしい。


「すぐに食べられるように用意しますわ」


 マリはおかしそうに笑いながら、朝食の支度に取りかかってくれた。


 




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