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月をナイフに  作者: 倉永さな
《四》荒れる世界
31/67

03

 同じ種族同士ではないと婚姻を結べない。だが、水晶族はシトリン、アメシスト、モリオンの三人のみで、しかも血が繋がっているという。

 それでどうやって子孫を増やすというのだろうか。

 真珠の疑問に、モリオンがおもむろに口を開いた。


「祈るんだよ」

「……祈る?」


 思ってもいなかったことを言われ、真珠はさらに首を傾げた。


「ダイアンとディーナに、祈るんだよ」

「……はぁ」


 なんだろう、その非現実な状況は。


神様の屋根サンブフィアラ神の乙女イジレウたちと毎日、祈るんだ。そうすればある日、あの巨大水晶の中から生まれてくるんだよ」


 なんとなく真珠は、親に「どうやったら子どもが出来るの?」と聞いて、「コウノトリが連れてきてくれるのよ」と返されたような気分になった。この年になれば、どうすれば子どもが出来るのかは知識だけは知っている。

 その先を想像しそうになって、真珠は恥ずかしくなったため、首を振った。


「オレの母であるシトリンは、毎日、この世界の平穏と次を担う子どもを願った。……で、なぜかオレが生まれてきた、と。水晶族に男が生まれるのは昔から良くないことの前兆だからとずいぶん、色々と言われてきた。アメシストが生まれてくるまで、オレも肩身が狭くってなぁ」


 そう言って、モリオンは苦笑している。

 モリオンは意外にも苦労をしてきたらしい。


「だから! アメシストはオレにとって、救いの女神さまなのだよ!」


 モリオンがアメシストを大切にする理由が分かったが、それにしてもちょっと行きすぎのような気がしないでもない。


「思いが強ければ強いだけ、力を持った娘が水晶から産まれるんだ。オレが産まれてしまったばかりにシトリンは強く祈りを捧げ、歴代で一番力を持つと言われるアメシストが産まれたんだ」

「でも……」


 酷く暗い顔をしたマリが、言葉を引き継ぐ。


「アメシストさまは……」


 歴代で一番の力の持ち主と言われたアメシストは、倒れてしまった。


「それに、あの巨大水晶も、粉々に」

「……なんだって?」


 モリオンは目を見開き、マリにつかみかかりそうな勢いで身体を乗り出してきた。


「あの水晶が、どうなったって?」


 モリオンの詰問するような口調にマリは顔を引きつらせて、説明をした。


「わたしが見つけた時はすでに元の形が分からないほど、粉々になっていました」

「粉々に?」


 真珠も思い出す。乳白色だった空間は妙にどんよりと空気が澱み、白い粉が山のようになっていた光景を。


「ぼくも見たよ」


 モリオンは眉間にしわを寄せて、頭をかきむしった。


「そんなことが……あるわけないだろう!」

「あるわけないと言われても、ぼくは見たんだ!」


 モリオンはさらに激しく頭をかきむしり、目を見開いて真珠に向かって身を乗り出してきた。


「少し前に、神様の屋根サンブフィアラからとても強い力を感じたんだが……」

「それは、いつですか?」


 マリの質問に、モリオンは腕を組んで宙を睨んでいる。

 真珠はころころと表情が変わるモリオンを見て、琥珀とは正反対だなと考えていた。


「たぶんだが……十日ほど前くらいか?」


 十日……ですか、とマリはつぶやいてこちらもモリオンと同じように腕を組み、悩んでいる。

 真珠はそれまでずっと黙っていたルベウスと目が合い、同時に首を傾げた。


「……ぷっ」


 真珠はそれがおかしくて思わず吹き出した。そうなると止まらずに、おかしくてお腹を抱えて笑い出した。それを見たルベウスは最初、少し不快そうな表情をしていたが、真珠が笑っている姿を見ているとだんだんと愉快になってきたようで、つられて笑い始めた。

 横で真剣な表情で悩んでいたマリとモリオンは、笑い声に片眉を上げて真珠とルベウスを見た。


「なにがおかしいんだ」


 モリオンの不機嫌な声に、しかし、真珠は笑いが止まらなくておかしすぎて涙がにじんだ目尻を拭いながら、口を開いた。


「いや、ルベウスと変に気が合ったのがおかしくて」

「失礼だな。ボクはマリとこいつがなにを悩んでいるのか分からなかったから、首を傾げただけだ!」


 ルベウスは口を結び、不機嫌な表情になった。


「で、ボクはまったく話が見えないんだが」


 マリとモリオンは顔を見合わせた。二人は渋面になったが、マリが渋々といった感じでルベウスに簡単に経緯を話して聞かせた。


「……なるほど。この異変は、アメシストさまに原因がある、と」


 ルベウスの単刀直入な一言にマリは顔をしかめて抗議しようとしたが、モリオンが先に口を開いた。


「そう……だな」


 てっきりルベウスにつかみかかってけんかでもするのかと思っていた真珠は、肩すかしを食らった。


「アメシストの護衛なのに、あの憎たらしいアレクのせいでオレはまったく近寄ることも出来ず、守ることが出来なかった! アメシストが倒れたら、異変が起きるというのにだ」


 オレのせいでもあるんだ……とモリオンはつぶやいた。

 それを聞いたルベウスは、ふんと鼻で笑った。


「なぁに悲劇の英雄ぶってるんだ? おまえなんて大したことないのに、『オレのせい』だぁ? 馬鹿馬鹿しい」


 モリオンを挑発するかのような言い方に、真珠ははらはらした。

 しかしモリオンはさらにうなだれた。


「オレはアメシストがいなければ、用のない男だからな。アメシストを守ることはすなわち、自分を肯定すること」

「やだやだ、自己愛が強すぎて気持ちが悪いね」

「ルベウス、言い過ぎだよ!」


 止めなければと真珠は制止の声を上げたが、ルベウスはさらに言い募る。


「こんなだから、もてないんだよ。めそめそして、やだね」


 まだ続けようとしたルベウスを、マリが止めた。


「モリオンさまを責めたって、仕方がないでしょう? 彼はこうして、アメシストさまを救うために楽園パラディッサに行こうとしているのですから」


 ルベウスは言い足りないという表情をしていたが、口を引き結び、顔を背けた。


「モリオンさま。他になにか気になったことはありませんか?」


 悔しそうに唇をかみしめていたモリオンは、マリの質問にゆるゆると顔を上げると、逡巡した。


「ああ……そういえば」


 なにかを思い出したのか、モリオンはあごに手を当てた。


「二・三日前もいつもより少しだけ強い力を感じたな」

「二・三日前?」


 真珠がこの世界に呼ばれた辺りの頃だろうか?


「十日前はすごく長い時間、今までにないほどの力を感じたんだ。なにか神様の屋根サンブフィアラであったのかと思って近寄ったのだが、アレクがオレを近寄らせないようにしていたようで、外からしか見ることが出来なかった」


 アレクはどうやら、モリオンがアメシストに近寄らないようにしていたらしい。


「十日前……ああ! 分かりました!」


 マリは引っかかっていたなにかを思い出したようだ。


「厳戒態勢になった日ですね! もしかしてあれは、モリオンさまがいらっしゃったから?」

「たぶん」


 モリオンとアメシストは実の兄妹なのに、どうしてそんなに警戒されているのだろうか。


「まさかモリオン……。アメシストさまを襲うとしていた?」

「んな馬鹿なことっ!」


 アメシスト一筋だと言い切ったモリオンなら、あり得そうな話だ。真珠は疑いの目でモリオンを見たが、必死に否定している。


「確かにアメシスト一筋だが、それは肉親としての愛であって!」

「……本当に?」

「本当だ!」

「じゃあ、どうしてアレクは警戒していたんだよ」

「そんなこと、知るかよ!」


 モリオンは必死になって疑いを晴らそうとしていた。


 

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