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月をナイフに  作者: 倉永さな
《四》荒れる世界
30/67

02

 モリオンは鍋から真珠へと視線を向けた。

 湯を浴びてさっぱりした真珠が立っていて、髪の毛も洗ってきたのか、頭に巻いた布をごしごしとこすりつけて乾かしている。


「こすりすぎたら、髪が傷むぞ」


 モリオンは何気なく放った一言だったが、真珠は驚いて手を止めて、じっとこちらを見ている。

 頭を拭いていた布が肩に落ち、髪の毛があらわになった。


「おい……」


 辺りはだいぶ暗くなってきたとはいっても、モリオンが立っているところは火の側。炎が真珠の顔を明るく照らしていて、そしてモリオンの目にも見えるほどの精霊ファナーヒが集まっているため、鮮やかだ。

 真珠の髪の毛は……この世界には稀少と言える黒色をしているように見えた。

 黒髪……モリオンは幼い頃、母のシトリンに聞かされた話を思い出した。

 この世界は、ハザヴァーナアイジナという、二つで一組の神聖なるなにかによって生み出された。それは初めにダイアンとディーナという二神を生み出し、それから二神の力も借りて、次々と創造した。

 しかし、誕生の爆発のどさくさに紛れ、もっとも昏いところからラーツィがにじみ出てきたという。

 ハザヴァーナアイジナはすぐに気がついてつかまえようとしたが失敗して、取り逃がしてしまった。ラーツィが増えないように、象徴である黒色を持つ者が生まれないようにハザヴァーナアイジナはこの世界に生まれてきた生きとし生けるものに祝福をかけたが、一気に新しい物を生み出して少しだけ力が衰えていたため、完全にはかけられなかったという。

 そのため、稀にハザヴァーナアイジナの祝福をもらえずに生まれてくる生物がいて、世界を混沌に陥れると言われている。

 そんなおとぎ話、あるわけないと思って聞いていたモリオンだが、目の前にいる真珠の髪の毛は明らかに黒い。

 精霊ファナーヒが戯れるように毛先をもてあそび、真珠はそのことに気がついて慌てて振り払って肩に落ちた布を頭に巻き直していた。


「カッシー……おまえ、まさか」


 真珠はびくりと身体を引きつらせ、引きつった表情をモリオンへと向けてきた。


「ぼくは、いつもの干してある肉でいいから!」


 真珠はそれだけ言うと、細い通路に戻っていった。


 黒髪。アメシストの補佐をしているアレクが追えと言っていた人物。そして、世界の異変。


「おい、カッシー! 説明しろっ!」


 追いかけようとしたところに、ルベウスが戻ってきた。


「火の番を放置して、どこに行こうとしている?」


 ルベウスの冷たい声に、モリオンは舌打ちをして、踏みとどまった。


「ルベウス、おまえはラーツィ・マギエの話を知っているか?」


 ルベウスは突然、話を振られて面喰らったが、答えた。


「おとぎ話程度には」

「おまえはアレクからなんと言われて、カッシーを追うことにした?」


 ルベウスは少し考えて、口を開いた。


「世界を混沌に陥れようとしている人物をつかまえてきて欲しいと」

「他には?」

「特徴は黒髪。赤い髪の女と一緒に逃げていると」


 ずいぶんと簡単な説明だなとモリオンは思ったが、しかし、マリのあの赤い髪は目立つし、真珠が本当に黒髪であるのなら、これ以上の詳しい特徴はない。


「オレたちは、カッシーの髪の毛の色を確認していない」

「してはいないが、おまえが一緒にいて、さらにアレクに言われた赤い髪の女がいれば、残りが該当の人物と普通は思うだろう? それとも、違ったのか?」


 モリオンは首を振り、ルベウスの言葉を否定した。


「カッシーは間違いなく、アレクの言っていた人物だ」


 ルベウスは急に感心が薄れたように視線を外し、空を見上げた。


「ボクはカッシーが何者でも別にいいんだ。善人でも、悪人でも、なんだっていい」

「…………」

「ボクを確実に楽園パラディッサに連れて行ってくれるのなら、いいんだ」


 その視線は、思ったよりも遠かった。


「ルビーの身体が治ってくれさえすれば、どうでもいい」


 とルベウスは言うが、モリオンの胸中はかなり複雑だ。

 神様の屋根サンブフィアラにある巨大水晶が粉々に砕け、さらにはアメシストは身を守るために巨大な紫水晶になったという。

 神様の屋根サンブフィアラは盛大に燃え、灰と化してしまった。

 アレクがどうにかアメシストの身体を炎の中から運び出したようで、無事とは聞いたが、アメシストの状態を聞いて動揺してしまったモリオンは確認もしないで飛び出してきたことを思い出した。

 戻って確かめることも出来ず、アメシストは無事だという言葉を信じることにした。


┿─────────────┿


 食事は、予想以上に豪勢な物となった。

 ルベウスがどこからか焼きたてのムーフを調達してきてくれたし、ティグレを煮込んだハツェンブーハナも美味しい。

 真珠はムーフと肉の干物だけでいいとハツェンブーハナを食べることを拒否した。


「おまえな、限りある食い物なんだぞ? 食わないとは、どういうことだ!」


 とモリオンは怒ったが、マリとルベウスは真珠をかばった。

 真珠の上で絶命してしまった生き物を食べさせるのは、コクだろうと。


「なになまっちょろいことを言ってるんだ」


 モリオンとしては、マリとルベウスが結託して真珠をかばうのが面白くない。


「モリオンさま、おっしゃっていることは分かりますけど、無理強いするのはいかがなものかと」


 ハツェンブーハナに入っているティグレの肉をかみ切りながら、モリオンはしかめっ面をした。

 真珠はうつむいたまま、もそもそと食べている。モリオンにはそれも気にくわない。


「ったく、いつまでもめそめそしてるなよ」

「そんなだから、女にもてないんだよ」

「なぬぅ!」


 どうやらルベウスは、触れてはいけない部分に思いっきり触ったようだ。モリオンは立ち上がり、背負っていた剣を抜くと、ルベウスへ向けた。


「図星ですか。そういう短気なところも女性は嫌いますからね」


 ルベウスはしれっとした表情で、ムーフをハツェンブーハナにつけて食べている。


「そういうおまえこそ!」

「残念ながら、ボクは女性に困ったことはありません。むしろ逆で、女性が周りにいすぎて、困るほどです」


 モリオンが一方的にルベウスを敵視している。ルベウスはそれが面白くて仕方がないようで、からかっている。

 マリは呆れ、真珠はどうすればいいのか分からず、おろおろしている。


「どっちでもいいですから、早く食べてしまってください!」


 いつまでも続きそうな二人の言い合いにマリはしびれを切らし、怒鳴った。


「マリちゃんはいいお嫁さんになりそうだね」

「お褒めくださいまして、ありがとうございます」


 つんけんとした態度に、ルベウスは笑う。


「同じ種族だったら、是非とも伴侶にといいたいところだけど、マリちゃんは同じ赤でも、ボクたちとは違うんだろう?」

「……わたしは、ガーネット族ですから」


 真珠はとっくに食べ終わり、あの甘ったるい液体を少しずつ飲んでいるところだった。

 マリとルベウスの会話に聞き耳を立てる。


「あー、残念だなぁ」

「わたしはアメシストさまにずっとお仕えすると決めていますから」

「つれないなぁ」


 真珠は二人の会話に、首をひねった。

 そういえば、ちょくちょくとなんとか族という言葉を聞くのだが、どういう意味なのか聞いたことがなかった。


「コランダム族とガーネット族って、どういう意味なの?」


 真珠の質問に、残りの三人が目を丸くした。


「どういうって……そのまんま、だけど?」


 ルベウスの説明になってない答えに、真珠は眉間にしわを寄せ、マリを見た。


「フィラー国は、宝石フィラーを抱いた者が住む国と前に説明をしましたよね?」


 マリに言われ、思い出したので、真珠はうなずいた。


「わたしたちは、それぞれの宝石を『核』として持って生まれてきます。同じ種族同士でしか、婚姻を結べないのです」


 真珠は分かったという代わりにうなずいた。


「ただし、神様の屋根サンブフィアラで祈りを捧げる水晶族だけは別でして……」


 そう言って、マリはちらりとモリオンに視線を送った。


「ああ。本来なら、水晶族は女しか生まれて来ない。まれにオレのように男も生まれてくるんだが、どっちみち、水晶族を守るという生涯になる」

「水晶族は極端に個体数が少ないのです」


 マリは切なそうにつぶやく。


「シトリンさまとアメシストさま、そしてモリオンさまの三人だけなのです」

「え……?」


 今までの中の説明で、真珠は不思議に思う。

 同じ種族同士でないと婚姻が結べない。しかし、水晶族は三人しかいないという。


「それじゃあ、どうやって子孫を作るの……?」


 真珠の疑問に、モリオンは辛そうに口を開いた。


 




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